ノクターン 1





「これも死神の修行だと思って。ね?キッドくん♪」
ふざけたいでたち、ふざけた口調はいつもの事。
けれどどこか憎めないこの死神は。
キッドに精神崩壊を予感させるほどの指令を言い渡してきた。



曰く。
どんな状況においても死神は秩序・魂を守るため武器を取らねばならない。
曰く。
いつも気に入った武器が使えるとは限らない。
よって。
死神は複数の武器を職人以上に使いこなす必要がある。



「…だからと言って…何故…」
キッドは隣を歩くソウルを恨めしげに見上げる。
「…んだよ…オレのせいかよ。文句なら死神様に言えよな。」
背を丸め、両手をパンツのポケットに突っ込んだままだらだらと歩くソウルに対し、
キッドは背筋を伸ばしてシャキっと歩いているが、その頬は先刻から膨らんだままだ。
ソウルとしても複雑な心境だ。
死神の命令でこうして指令をこなそうとしているのに、今回パートナーであるキッドは不貞腐れてしまっている。
はっきり言ってソウルはキッドの事が好きだ。
キッドもソウルの事は嫌っていないと思う。むしろ好いてくれていると自負している。
それが、恋愛感情ではなく友情であることは理解しているが。
ここまでハッキリと非左右対称であるがゆえに拒否されるのも凹むというものだ。

ゴーレム退治の課外授業でアラクネの糸が絡まったマカがいまだ動けず。
ブラック☆スターと椿は別の課外授業へ。
そしてキッドのパートナーであるトンプソン姉妹のうちリズが風邪でダウン。
…となれば。今回手が空いているのはキッド、パティ、ソウル。
職人一人に武器二人だ。
しかしながらその職人は極度の完璧主義者かつ左右対称愛好者。

「言っておくが、ソウルが嫌いとかそういう訳じゃないんだ。
ただ…オレはシンメトリーの武器しか使わない主義で…」
流石にソウルに申し訳ないと思ったのか、キッドがうつむきながらごにょごにょと告げる。
そんな様子を見ながら、かわいいなぁと思ってしまっているソウルも相当末期なのだが、
まだ本人は気づいていない。

「…わかってるよ。でも、死神様の命令だし、使わなきゃ仕方ないじゃん?」
「なるべく使わない方向で魂を狩りたい。」
「…っおまえなぁ!……ったく。死ぬことになったって知らねーぞ。」
「オレは死神だ。めったな事では死なん。」
(オレが死んだらどうすんだよ…)

心の中で呟いてぐっとこらえる。
キッドの言葉は事実にも実力にも裏づけられていると理解していても多少は頼ってくれたら、とソウルは思う。
思うだけで決して言葉にはしないが。キッドの主義を否定するのはCOOLでは無い気がするから。
キッドが大丈夫だと言っているのだから、ギリギリまではキッドの好きにさせてやろうと思う。
どうせ、この指令からは逃げられないのだ。
なにせキッドの敬愛する死神様直々のお達しなのだから。



「さて、ソウル。オレは目的地まで"バイク"というのに乗ってみたいのだが♪」
目を輝かせて、明らかに期待している顔。
こういうときキッドは素直に感情を表現する。
否、基本的に自由奔放・純真無垢・天真爛漫・我儘なだけなのだけど。
子供のように目を輝かせるキッドは非常に可愛く、
ソウルは初孫を愛でる祖父のように無条件でキッドの我儘を受け入れてしまうのだ。
「何とかっていうスケボーは良いのかよ?」
見ていて明らかにワクワクしているキッドの表情。
「ベルゼブブはいいんだ。長距離には向かんからな♪」
ポケットに入れっぱなしだったソウルの袖をくいくいと引いて、キッドはおねだりする。
本人にそのつもりは無いのだろうが、ソウルにとって見れば立派な"おねだり"だ。
下から覗き込むようにソウルを見上げるキッド。
「頼む!今度素晴しいシンメトリーのビルが見える特別な場所に連れて行ってやるから!」
バイクに乗せてくれ、と。お願い、と続けられたらこの"お願い"を断わる存在はいないだろう。
それはたとえ彼の父、死神様といえど同じだと思う。
だからきっとキッドはこんなにも我儘に育ったんだ、と考えながら、ソウルは了承した。
「分かった。分かったから袖ひっぱんな」
照れ隠しも含めて、ポケットから手をだしてキッドの手をやんわりと払う。
やったー!と飛び跳ねんばかりに喜ぶこの姿はなんだろう。
とても同い年(…かどうかは定かではないが。)の男がとる行動では無いと思う。
COOLじゃないが、キッドならなぜか許せる。
一体この死神様の息子はどんな教育を受けてきたのか。

「んじゃ、行きますか。」
ソウルはありったけの勇気を振り絞って、喜び飛び跳ねるキッドの手を取ってアパートのガレージへ向かった。





死神様からもらった悪人の魂の情報。
古びた屋敷に住むという女の幽霊。
若い男を引き込んで魂を抜くのだという。どっかの怪談のようだ。
目的地に着いたソウルとキッドは早速屋敷の中に足を踏み入れた。
「…埃っぽい。」
さっきまではバイクに乗ってご機嫌だったキッドだが、
屋敷に足を踏み入れるなりポケットからハンカチを取り出し、その真っ白なハンカチを口元にあてる。

初めて乗ったバイクに感動しながらも、
振り落とされそうになって必死にソウルにしがみつくキッドは凶悪的に可愛かった。
ソウルがワザとスピードを上げるくらいに。

「マスクでもするか?」
「戯けが。軽口言ってないで、早く女の幽霊とやらを捜さんか。」
茶化すように言えば、キッドからは厳しい言葉が返ってくる。
リズとパティはいつもこんなやり取りをしているのだろうか。
ソウルには想像がつかなかったが、キッドとパートナーを組むのも楽しいかも知れない。
そんな妄想に取り付かれていると、さっさと歩みを進めてしまったキッドが遠くで叫ぶのが聞こえた。
「キッド!!どうしたっ?!」
はっと我に返ってソウルは声のした方向に走りだした。

ところどころ底が抜けている廊下を器用に走りぬけ、声の発生源を捜す。
単独では魂感知能力の低いソウルには、現在キッドの魂を感じ取ることは難しい。
まさしく五感を頼りに暗闇を走り抜けた。
そしてたどり着く。
とある部屋にキッドは居た。
「キッド!無事か?」
慌てて駆け寄ると、キッドは恍惚とした表情である一点を見つめていた。
「見ろソウル!素晴しいシンメトリーではないか!!」

キッドが見つめている壁には、確かに左右対称の図柄が描かれたタペストリーが飾ってあった。
何かの紋章なのだろうか。
中央に盾が描かれ、盾の後ろには交差するように二本の槍が描かれている。
そして、盾の左右にはおそらく獅子…を模した動物がそれぞれ外向きに配置されていた。
色あせてはいるが、上質な深緑のベルベット地に金糸と銀糸で施された刺繍は
以前この屋敷に住んでいた者の財力と権力を窺わせた。

「…確かに左右対称だけど…こんなことくらいであんま騒ぐなよ。」
魂に襲われたのかと思ってビックリするだろ、と続けてキッドの頭を人差し指で軽く小突いた。
キッドは、小突かれた場所に手を当て、むっとしたように頬を膨らませた。
「美しいシンメトリーを見れば誰でも感嘆するだろうが。」
ぷりぷりと怒り出してしまったキッドを宥めるように、ソウルはその背を押して
魂の探索を続けた。
「ほら、さっさと片付けて帰ろう。この辺りに悪人の魂の気配はないのか?」
「ソウルのクセに仕切るとは…!」
文句を言いつつも1Fには魂の存在は感じられない、と律儀に返すキッドを連れて、
2Fを捜索すべくソウルは階段を捜した。



(手のかかるお坊ちゃんだなぁ…)



そう思いながらも、くるくると変わるキッドの表情や仕草に参ってしまっているのだけど。



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だんだん、キッドが好きすぎてソウルがソウルじゃなくなってきてる気がします。
気障でクールなソウルが書きたい…。orz
キッドはお坊ちゃまで世間知らずなせいか、世間一般とは少しずれていて、
そんなキッド相手にソウルは手を拱いているって感じでしょうか。
こう、理想のソウキドに辿りつく日はまだまだ先になりそうです。