草津の湯 前編 体調の変化に気づいたのは、一ヶ月ほど前だった。 症状は、動悸・息切れ・めまいに胸痛、そしてイライラ。 全てにおいて万全でなければ気がすまないキッドは、体調不良を感じてすぐにシュタインの元へ訪れた。 「…一応、内科的には悪いところはどこもないですけどねぇ…」 「そうなのか?心臓病の一種かと思っていたが…」 「んー、綺麗な心臓してますよぉ」 レントゲン写真を見ながら、薄暗い部屋でボールペンを心臓の形に添って這わせる。 この綺麗な心臓を解剖したいなぁ、とヘラヘラ続ける目の前の男は、 マッドサイエンティストではあるが、腕は確かだ。 現死神の健康診断も行っているほどだから、キッドも全幅の信頼を寄せている。 「外科的検査もするかい?キッドくん♪」 「…いや、遠慮しておきます。」 やけに楽しそうなシュタインから離れ、キッドは聴音してもらうために肌蹴ていたシャツを着なおす。 「ちなみに、どういったときにその症状は出るの? いつも?それとも特定の状況だけ?」 「おそらく、特定条件が揃った場合だと思うが…。」 「ふーん…。どんな時?」 一応、カルテに何事か書き込んでいるシュタインに、 キッドは白い指を顎に当てて思い出しながらぽつりぽつりと語り始めた。 「主に、マカとソウルと居る時に起こるな。 始めは二人の無茶振りにハラハラしてる、という感じだったのだが…。 怪我をしたり、血を見る度に胸が締め付けられたり、ぎゅっと苦しくなって。」 「…へぇ…それはマカちゃんに?ソウルくんに?」 「マカが、しょっちゅうそんなヘマをする訳あるまい。 弱いくせに、身を呈してマカを守ろうとしたりするソウルに、だ。 その姿を見て俺は苦しくなる。 弱いくせにしゃしゃり出るわ、マカを守るわ、斜に構えるくせに結構熱いわ。 アイツは手に負えん。稀に見る大莫迦者だ。」 言い出したら腹が立ってきたのか、キッドはぎゅっと拳を握り締めて肩を震わせる。 おそらく、いろいろと思い出しているのだろう。 そして、シュタインはそんなキッドの言葉に、カルテに書きとめる手を止めて、 眼鏡の奥から小さい死神を見つめた。 「だが、不思議と嫌悪感はない。 むしろ苦しくなったり、動悸がしたり、他の仲間が笑うと嬉しいはずなのに、 ソウルが笑うのを見ると、何故だか苦しい。」 握り締めていた拳を開いて、今度は心臓の辺りをぎゅっと掴む。 その姿を見て、へぇ、と面白そうに口元を歪めるシュタインはこの病気の正体が分かったのだろう。 口角の角度が気に入らないが、キッド自身、その技量を認める男の言葉をじっと待った。 「キッドくん。君は確かに病気ですねぇ…」 「…なにっ!やはりそうか。 どうしたら治る?病名は…?!と、いうか、死神が掛かる病気ってどんなに強力なんだ…」 感染症だったら、一般人に感染してしまったら… 死神のキッドであってもこんなに苦しいのだ。 一般人に取っては致死率の高い病気なのではないか、と不安になる。 「感染症か?隔離は…必要なのか?」 おろおろと、らしくなく取り乱すキッドに、シュタインは面白そうに答えた。 「んー…この病気はですねぇ、誰でも掛かる病気なので、 一般人とか死神とかは気にしなくて良いですよ。まぁ症状は個人差があるので…なんとも言えないですが。」 「誰でも掛かる病気…」 「でも、治療薬はないんですよねぇ。治る保証もない。」 「え…」 シュタインの言葉に、キッドは頭が真っ白になる。 「お医者様でも草津の湯でも…って知りませんか?」 デスクに頬杖をついて、面白そうにタバコに火をつけるが、 目の前には心ここにあらず、のキッドが座っている。 「おーい…キッドくん?」 キッドの目の前でヒラヒラと手をひらめかせるが、反応は、ない。 「やれやれ、困ったなぁ」 大して困ってもいない様子で、シュタインはツギハギの白衣からケータイを取り出した。 繋いだ先はデスルーム。 (一応、死神様に報告はしないと…ね) 何のかんのと言いながら、あの死神様の息子への愛情の注ぎっぷりは半端ではない。 この事実を聞いて、彼がどういう行動を取るのか、興味も手伝って報告をしたわけだが。 案の定、電話の向こうではちょっとした騒動が起こっていた。 『シュタイン!お前死神様に何言ったんだ?! こっちは大変で…って…んぎゃーーーっ!!!!』 電話口から聞こえるのは派手な物音と、スピリットの悲鳴。 デスルームの惨状を想像して、シュタインはくつくつと腹の底からこみ上げる笑いが止まらない。 「あはは。別に、どうって事ない内容ですよ。 誰しも経験ある事だし、キッド君だけ特別って訳でもない。」 『訳わかんないけど!責任取れよお前っ…ちょっ…死神様落ち着いて…』 懸命なスピリットの声。 傍観は面白いが、責任を取れとか、面倒な事は御免こうむりたい。 「あ、電波が乱れてる…悪いけど先輩、あとヨロシク〜。」 一方的に通話を切って、シュタインは未だ呆けているキッドに向き直った。 (でも、この子がよもやソウル君を…ねぇ。 なんだかちょっと…悔しい気が…する。) だから、これくらいは許されるだろう。 色恋沙汰に疎いこの子に、何度となくアプローチしたのにちっとも気づかない。 自分の中に初めて芽生えた庇護欲が、 いろいろな経路を辿って、さまざまな感情を綯交ぜにした愛情に変わるには、あまり時間も掛からなかった。 「可笑しいな…。君の幸せを願ってるのに、 この恋が、成就しなければ良いだなんて思ってるんですよ、僕は。」 白いふっくらした頬を指で軽く撫で、シュタインはそのままキッドに口付けた。 「診察料として、もらっておきます。せめて、初めてのキスくらいは、ね。」 羽根が触れるようなキスをした後、シュタインはちょっとだけ考えて、もう一度口付けた。 「もし、傷つくような事があったら、また来てくださいね。 その時は、優しく癒してあげます。ゆっくりと、時間をかけて。」 恋に敗れた時は、新しい恋に走るのも良い。 シュタインは指先をキッドの唇に移動させて、軽く押した。 そしてゆっくり微笑む。 「さて、そろそろこの子の目を醒まさせてあげないと…」 方針状態のままのキッドを揺すってみたが、まったく反応を返さない。 シュタインは"仕方ない"と理由付けて、軽々と抱き上げると、そのまま死刑台屋敷へ足を向けた。 next |
キッドくん初恋話。 最近シュタキド(教師×教え子)ムーブメントでして。 ソウキドベースのシュタキド(見守る愛)的な感じが好きかもしれません。 次はキッドの初恋は成就するか?! 周囲をいろいろと巻き込みながら、キッド君の初恋は果たして成就するのでしょうか?! 乞うご期待!(誰も期待してません) |