草津の湯 後編





死刑台屋敷へ戻った…もとい、シュタインに抱きかかえられて戻ってきたキッドを、
トンプソン姉妹が迎えた。
もちろん、キッドに対して邪な思いを抱いているシュタインを、無事に帰す姉妹ではなかったが。

「今日はキッドくんも居ることだし、止めない?」

一応、君達の教師でもあるしね、と笑って、シュタインはキッドの身体をリズに預けた。
すかさずパティがシュタインとリズの間に立ちふさがる。

「キッド君に何をした?」

キツイ視線でパティが長身のシュタインを睨みつける。
けれどそれを気にする風でもなく、空いた両手でツギハギの白衣からタバコの箱を取り出すと、
ゆっくりと1本取り出してくわえた。

「僕の事より、別の人物を気にした方が良い。」
「…別の…?」

別の人物など思い当たりすぎて、誰のことだか分からない。
キッドに邪な想いを抱く者、それすなわちトンプソン姉妹の敵なのだ。

「キッド君、どうやらソウル君に恋しちゃってるみたいなんだよねぇ…」
「ソウルに!」
「恋っ?!」

へらへらと笑いながら、頭のネジをぎりっと回し、シュタインは底知れぬ低い声で伝えた。

「気のせいであってくれれば良いと思ったんだけど。
どうやら無自覚ながら、ソウル君が好きみたいなんだよ、キッド君は。」

リズは唸り、パティは表情は変わらないが、顔面の気色が失われている。
よりにもよって何故、ソウルなのだろう。
トンプソン姉妹の要注意人物リストの中で、最も上位に名を連ねるのがソウルなのに。
めまいを覚え、リズはキッドを抱えなおすと、パティを伴って部屋へと下がる。
シュタインには勝手に帰れ、と言わんばかりの態度だ。

「共闘しようよ。ソウル君と。」
「……もし、本当にキッドがソウルを好きなら、あたしらは邪魔しない。」
「キッド君の幸せが、あたしたちの幸せだもん。」

シュタインの提案に、姉妹は力なく首を横に振った。
キッドの幸せが姉妹の幸せ。
だから、もしキッドが本当にソウルを好きであるなら、二人は全力でキッドを応援するつもりだ。
…ソウルがキッドに無理を強かない限りは。
そして、キッドが本当にソウルを望むのなら。
残念、と呟き去って行くシュタインを見送り、リズとパティはキッドを運んだ。





目を覚ますと、見慣れた天井が視界に入った。
シュタインの研究所から、どうやって帰ったのだろうか。
記憶が無いが、キッドはゆっくりと身体を起こした。

「気がついたか?」
「キッド君ずっと寝っぱなしで心配しちゃったよ。」

姉妹から掛けられる声に、キッドが首を巡らせる。
そしてとても寂しそうな表情をした。

「リズ、パティ…。どうやら俺は不治の病らしい…」
「…不治の、病?」
「医者でも治せないらしいのだ。」

膝を抱えて丸まってしまうキッドに、どう声を掛けて良いやら分からない。
別にそう深刻に考えることではない。
ただ単に、ソウルが好きなだけなのだから、病気な訳ではない。
シュタインはなんといってキッドに説明したのか、今更ながら姉妹はシュタインを帰した事を後悔した。
具合が悪いから診てもらうと出て行ったキッドが、目の前で"不治の病"だと言う。
しかし、シュタインは"ソウルに恋をしている"と言ってはいなかったか。
まさか、"恋の病"とでも伝えたのか?
リズとパティは顔には出さないまでもいろいろと考えた。

「大丈夫だよキッド!誰でも掛かる病気なんだからさ!」
「…そう、なのか?」
「そうそう!そうだよキッドくん♪」

努めて明るく返す。

「リズもパティも…か?」
「あたしは多分、まだ…だけど…おねーちゃんはもう掛かったよね?」
「パティ…その傷には触れないで…おねーちゃん、倒れそう…」

よっぽど辛い経験だったのか、リズは涙目になりながら後方に倒れそうになった。
その様子を見て、幾分キッドは元気を取り戻したように見える。

「リズもかかったのか。…完治はしたのか?」
「じ…時間はかかったけど、治るもんだよ!大丈夫。」
「うんうん、大丈夫大丈夫♪」
「そうか…」

なら、良い。と続け、キッドは小さく溜息をついた。

「無様だな…死神が病などと…」
「いやいやキッド、大丈夫だって!それに、その病気、治す方法だってあるんだからさ。」
「おねーちゃん!」
「なにっ?!」

リズの言葉に、パティとキッドがほぼ同時に反応した。
パティは明らかに、"余計な事を"と顔に出ているし、
キッドは治るのであればなんでもする!といわんばかりの表情だ。
リズは己の失言を悔いた。
が、もう時既に遅し。

「教えてくれリズ!どうすれば治る?!」

一刻も早く治したい。
体調を万全にして、父上の役に立ちたい、と願うキッドにリズが折れるのは当然で。
仕方なく。本当に、仕方なく。
パティの鋭い視線に曝されながら、リズは泣く泣くキッドに告げた。

「ソウルのとこ行って、今の状態言ってみれば…治る…かも…」
「…何故ソウルなんだ?」

小首をかしげて問うキッドに困り果てながら、リズは曖昧に笑ってごまかした。

「まぁ行ってみれば分かる。」
「…うむ…まぁ、そうか。よし!では早速行ってくるとしよう。」

思い立ったが即行動、キッドは上掛けを跳ね上げ、ベルゼブブを取り出すと窓から飛び出してしまった。

「おねーちゃん…いっくらキッド君の幸せがあたしたちの幸せでも…もうちょっと…。
キッド君の勘違いって事もあるかも知れないし…」
「うぅっ…ごめんよパティ〜…」

しくしくと泣き崩れるリズの頭を撫でながら、パティは小さく溜息をついた。
キッドの幸せが姉妹の幸せでも、叶って欲しくない幸せもある。
目をつぶって通り過ぎるのを待って済むのなら、それに越したことはないのだ。
特に、今回のような騒動では。





(…リズの嘘つき…ちっとも治らんではないか…っ)

ところ変わってマカのアパート。
常日頃礼儀正しいキッドに似合わず、ベルゼブブでそのままソウルの部屋の窓を直撃した。
頭には"病の完治"しかなかったからだ。

ベッドヘッドに背を預け、だらしなく足を伸ばし、雑誌を読んでいたソウルが呆然とキッドを見上げている。
当然だ。
不法侵入の上に、窓からの出入りなのだから。
そして、そんなソウルの姿に件の動悸で激しく動揺するキッド。
チラリとソウルを見て、激しい動悸に襲われ、息切れがして苦しい。
けれど見ていないとソウルの視線に曝されて、動悸は激しくなるし、苦しさは増す一方だ。
一体この状況でどのように説明すれば良いのか。

「よ…よぉ…珍しいな…つーか…窓からかよ」
「う…うむ…。すまない…」

呆然としていたソウルが、漸く口を開いた。
所在無さ気に視線をよこしたり、かと思えばふっと逸らすキッドに違和感を覚えながらも、
ソウルは努めて冷静に声を掛けた。

「まぁいいや。で、どうしたんだ?」
「…ぁ……うぅ…いや、…大した用事ではないんだ…」

珍しく言いよどむキッドにソウルは眉を寄せてベッドから起き上がった。

「マジでどうした?」

只ならぬ様子のキッドに不審さを感じ、ベッドから立ち上がって歩み寄ろうとした。
が。
それを鋭い口調でキッドが静止した。

「くるなっ!!」
「なっ?!」

強い口調と拒絶の態度に、逆に驚く。
どうしたんだ、ともう一度呟いて、ゆっくりとキッドに指を伸ばすと、
怯えたようにキッドは自らの身を抱くようにその指をかわす。

「さ…っ触るなっ!俺に触るんじゃない!この病原菌め!!」
「……はぁ?!」

キッドの物言いに、今度こそソウルはガックリと頭を垂れた。
そして…

「なんだ…?今度はなんなんだ?今度は、誰の、影響を受けてそんな事言い出した?」

頭をガリガリとかきながら、ソウルは辟易したように言い募った。
キッドから酷いことを言われるのは、実はコレが初めてではない。
いろんな輩が、キッドにいろいろ吹き込むのだ。ソウルについてある事ない事さまざまと。
そして理不尽に、ソウルはキッドからなじられるのだ。

「お前のせいで、俺は病気なんだ。
お前と居ると、動悸がして、苦しくて…。でも一緒に居ないと辛い。
いや、一緒に居ても辛いかもしれん…」
「キッド…?」
「お前に症状を言えば、この病気が治る、と。リズが言っていた。
それなのに、ちっとも治らないではないか!それどころか一緒に居るだけで悪化する!
だからそれ以上俺に近づくな!触れるな!俺の心臓が…魂が持たん!!」

涙目になりながら訴えるキッドに、ソウルは本日二度目の茫然自失を喰らった。
けれど、それもすぐに復活してゆっくりと微笑んだ。

「キッド…こっち向けよ」
「…無理だ。今お前を見たら、きっと死んでしまう。」
「大丈夫だって。良いから、こっち向けよ。」

ソウルが再び指を伸ばす。
キッドが逃れようとするのを、強引に引き寄せてその腕に抱きこんでしまう。

「!っよせっ…!戯けが…放せっ」
「ダメ。」
「ソウル、お前俺が死んでも良いと言うのかっ!」
「死なねーって。俺が死なせないし。今、辛いか?苦しいか?」

問われて、冷静に自身を振り返る。
言われてみれば、辛くも苦しくもない。
相変わらず動悸は激しいが、それは苦しいものではなく、心地よいものになっていた。

「…いや…辛くない…。むしろ、心地良い…」
「だろ?」
「じゃあ、俺の病気は治ったのか?」
「病気?何のことだよ。」
「医者では治せない、と言われた。何故医者ではないソウルに治せる?」

腕の中で、キッドが身じろいだのが分かった。
おそらく不思議そうに首をかしげている事だろう。
無意識なのだろうが、いつもどこかキッドは仕草が幼い。

「あー…もしかして、"お医者様でも草津の湯でも"ってやつか。」
「医者と温泉が何故出てくる。」
「キッド知らないか?"お医者様でも草津の湯でも、恋の病はなおりゃせぬ"って」
「…恋の…病…」
「平たく言うと、キッドは俺が好きで好きでたまらないって事だ。」

言われたキッド本人は、きょとんとしていたが、暫くして漸く状況を把握したようだ。

「なっ…?!…えっ…そんな…莫迦な…」
「現に、治ったろ?」
「いや、しかし…戯けっ!俺がソウルに、なぜっ」

面白いほど狼狽しているキッド。
ソウルはそんなキッドが愛しくて仕方ない。

「知ってたかキッド?俺も、病気だったんだぜ?ちなみに、病原菌はお前な。」

意地悪く笑い、ソウルは抱きしめたキッドをほんの少しだけ放した。
それを寂しく思ってか、キッドの表情が少しだけ悲しそうに歪んだ。
ソウルは、そんなキッドをじっと見つめて、それから柔らかくその唇を食んだ。

「ま、これからヨロシク!」

ぽんぽん、とキッドの頭を撫でて、それから再びきつく抱きしめる。
戯けが、と呟くその言葉すら、愛しかった。



end





なんだか、無駄に長い上に尻すぼみ?的な。
ソウキドですが、あんまりにもキッドたんの頭が弱すぎるような。
しかもソウルあまり活躍してない!
修行が必要です。なんのための一日一妄想か!
妄想だけが暴走してちゃダメじゃん…orz