馬鹿ね。
アタシが気付いてないと思ってるの?
魂感知能力がずば抜けてるのは、キッド君だけじゃない。
ソウルとキッド君の魂が一緒って事は、随分前から知ってるの。

躓いて零した、と言っていたラグの紅茶の染み。
染み抜きしないと落ちなくなる。
濡らしたタオルを持ってくるようにソウルに指示をして、屈みこむ。
毛足の長いラグに埋もれるように、落ちているボタンに気付き、拾い上げた。

「……バッカみたい……」

ボタンを握り締める。
ふと視線を移せば、もう一つ、同じボタンが落ちている。

「どうせなら、完璧に隠してよ…。」

ラグの染みはもう抜けないかも知れない。
アタシの心の曇りと一緒で、もう、拭って綺麗になるものじゃないかも知れない。





ハナズ





あの日から三ヶ月、まるっとキッド組みは任務に出たきり戻って来ていない。
ブラック☆スターは気にしていないようだが、流石に他のメンバーは気になるようで。
そこまで魔女や鬼神の動きは活発ではないし、何故キッドにばかり任務が集中するのか、という点においても
気になることの一つだった。

放課後に、適当に集まって談笑する間、珍しく椿から発言が上がる。

「そういえば…キッドくんたちずっと任務みたいだけど…そんなに忙しいのかしら。」
「キッド君のことですから、もしかしたら一気にリズとパティをデスサイズにしようとしているのかも知れませんね。」
「…んー、アイツのことだから、リズの方が魂が1つ多いとか、
今度はパティが多いとか、拘って"きっちりかっちり"二等分出来ないだけなんじゃねぇの?」

椿の言葉にオックスやブラック☆スターが話を絡める。

「ちょっと、ブラック☆スター!本当に忙しいかも知れないじゃん!
もしそうならアタシらも手伝わないと!ね、ソウル?」

おどけるブラック☆スターにマカがすかさず突っ込みを入れると、
ここ最近ずっと元気の無いソウルに話を振る。
元気が無い事を気に掛けて、悩み事や気に掛かることがあるなら、話をして欲しい、とは
伝えているのだが、頑固なソウルが簡単に口を割るはずが無い。
『何でも無い』とすぐに話をはぐらかされてしまうが、マカには大よその検討が付いていた。

そのように仕向けたのは、マカ自身だから。

("何でも無い"なんて嘘。本当はキッド君が気になって仕方ないくせに。)

笑顔の下で、ソウルとキッドに対する不信感だけが高まっていく。
こうした負の感情が、鬼神に付け込まれる切欠かも知れない、と他人事のように思いつつ、
マカは集まっているメンバーに一つ提案をした。

「ねぇ、これから死神様のところに行って、キッド君のお手伝いを申し出ない?」

この提案に異を唱えるものはいなかった。
ただ、一人、賛成もしなかった人物がいるのだが。



高い高い青空の天井の部屋。
中央には背の高い姿見。
呼び出して、キッドの近況を聞くと、いつもの軽い調子で答えてくれる、死神様。

『やほやほやっほ〜ぃ。みんなお元気ぃ?』
「こんにちは、死神様!」
『みんな揃ってどうしちゃったのぉ〜?』

鏡の向こう、いつもと変わらない死神が、いつも通りの口調で尋ねてくる。
おそらくマカたちの用件については、既に知っているだろう。

「あの、キッド君なんですけど…そんなに忙しいんですか?」
『あぁ〜忙しいって言えば忙しいかなぁ?なんせ、三ツ星職人の任務を一人でバリバリこなしちゃってるからね〜。
ま、死神としては喜ぶべきところなんだろうケド、人の親としては、悲しいよねぇ。』

家族の団欒がさ、と続ける死神を無視して、ブラック☆スターが異論を唱える。

「死神のオッサン!なんでキッドばっかり任務なんだよ!
この俺様の方が任務に向いているだろーが!俺にも任務よこせ!」
『だぁ〜め!だって君まだ一ツ星職人でしょ。キッドは一応、実力だけなら三ツ星クラス以上なんだよ?
君らが当たるには、レベルが高すぎる。』

ブラック☆スターの言い分もアッサリかわして、死神はマカに問う。

『なぁに、マカちゃん、キッドの事心配してくれるの?』
「当然です、死神様!キッド君は仲間なんだから。手助けできるなら、したいんです。」
『…あらら。嬉しいこと言ってくれちゃって。みんなも同じ気持ち?』

集まった面々の顔を順番に見つめながら、死神様はメンバーを見渡した。
真剣な表情の中に、一つだけ、不安そうな表情を見つけて疑問に思うが、気付かない振りをした。

『んー。君らの気持ちを無駄にするつもりは無いんだけどね。
実は、今日戻ってくるんだよね。キッド君。』
「本当ですかっ?!」
『嘘ついてどーすんの?あ、でも今日は会えないよ。今日は家族団欒するんだから♪』

他のメンバーが一種安堵の表情を浮かべ、喜んでいるのに対し、
嬉しそうな死神様の言葉をマカとソウルは複雑な気持ちで聞いていた。





「キッド君帰ってくるんだね。無事で良かった。ね、ソウル?」
「…あぁ…そうだな。」

マカとソウルのアパートで、改めてキッドの帰還についてマカが口火を切った。
無事に帰ってきて良かったという思いと、これからまた、ソウルとキッドがどうなるのか、といった
不安や恐怖に近い気持ちが綯交ぜになっている。

キッドが居ない三ヶ月間、ソウルの元気がなかったことは確かで、
それがキッドとの関係に拠るものだという事も、なんとなく分かっていた。
その状況を作り出した原因の一つとして、マカ自身が関係していることも理解していた。

「"お帰りなさい"の会でも開こうか?」
「…そうだな…そうしてやると喜ぶんじゃねぇ?」

バイクの雑誌に目を滑らせながら、ソウルの言葉も上面を滑るように心が篭っていない。

「ソウル、あんまりキッド君に会いたくないの?」
「なんで?」
「なんか"別にどうでも良い"ってカンジする。」

ソファに腰掛けて、淹れてきたコーヒーを啜る。
マカはチラリとソウルの様子を窺ったが、特に表情の変化は見受けられなかった。
ソウルも、適当にページを捲っているようだが、果たしてきちんと内容を読んでいるのか。

「…無事に帰ってくるって死神様が言ってるんだから、大丈夫なんだろ?」
「違うよ、アタシが聞いてるのは嬉しいのか嬉しくないかって事!」
「そりゃ…嬉しいよ。」
「ふぅん?」
「仲間が無事に帰ってくるって言うなら、嬉しいだろ。」

フツーは、と続けてソウルは雑誌をソファの上に投げ出した。
深く息を吐いてテーブルに置いてあるソウルのマグを取る。
コーヒーを飲むソウルを、マカは胡乱気な瞳で見つめた。

「アタシは、本音は複雑…」
「なんか言ったか?」

マカの呟きは、ソウルには届きにくかったようで、聞き返した。
そんなソウルにマカは普段通り微笑んで、何も言わずに席を立った。
マグを持ってキッチンに入る。
シンクにマグを置いて、コックを捻って水を出すと、を捻りすぎたのか、勢い良く水が流れ落ちる。
けれど、コックを緩める事はせずに、流れ出る水にスポンジを浸し、
食器洗剤を数滴垂らしてくしゅくしゅ揉むと、泡が立つ。

無駄に水を流しながらマグを洗い、マカは知らず、思っていたことが口からこぼれ出た。
水が流れる音に紛れてその音はほとんど拾うことは出来ない。
もちろん、リビングにいるソウルにも届かない。
分かっているから、マカも言葉にする事が出来た。

(アタシは…帰って来なければ良い、って心のどっかで思ってる。)





ハナズオウ(花蘇芳) - 花言葉は、『裏切り』『疑惑』『不信』 -



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