三ヶ月振りのデス・シティー。 相変らず乾燥している風は、髪を舞い上げて乱していく。 そんな乱れた髪を気にせず三つの人影が歩を進めた。 二つはどんどんと進んでいくが、 人影のうちの一つは、デス・シティーを包む死神の魂の手前で一度歩みが止まった。 多少の逡巡があったのが、先を行く二つの人影に声を掛けられて、 ようやく魂の中へと足を踏み入れた。 (大丈夫だ。きっと、もう。) ブーゲンビリア ギロチンを模した鳥居をいくつも潜って、死神の部屋へとたどり着く。 こうして死武専の中を通ってこの部屋に来るのも久しぶりだ。 「ただいま、父上。」 「おっかえりーキッドくん♪」 部屋の中には、鏡ではなく実物の死神が立っている。 やはり実の息子と会うのは違うのか、仮面も喜んでいるのが分かる。 「魂は集まったかーぃ?」 「そうだね。だいぶ捗ったと思う。」 「そぉんなに、リズちゃんパティちゃんをデスサイズにしたい?」 死神に促されて、テーブルにつく。 コーヒーにクッキー、チョコレートなど子供が好みそうな菓子類が並んでいる。 キッドは淹れたてのコーヒーを口に運びながら、死神に答えた。 「自分の武器は自分で育てたいんだ。」 「そぉ?ま、深くは聞かないけど。暫くは、ゆっくりするんでしょ?今日は一緒に夕飯でもどう?」 答える前から返事は決まっていたけれど、キッドは軽く頷く。 暫くゆっくりする…でもそれは姉妹を休ませるためで、自らのためではないのだ。 戻ってきたのも、キッドの勝手な思いにつき合わせてしまっている罪悪感からで、本当なら戻りたくはなかった。 死神と夕食の約束をして、部屋を出る。 出たところにリズとパティが待っていた。 「話は終わったか、キッド?」 「終わったらみんなに会いにいこーよぉ!」 身を預けていた壁からリズが体を起こし、パティは駆け寄ってキッドの周りを飛び跳ねる。 「俺はまだ少し雑用が残ってる。お前達先に行っててくれ。」 「そなの?一緒に行くよー」 「いや、大丈夫だ。大した用事じゃない。そんなに時間も掛からないから、お前達先に行っていろ。」 姉妹と話をしながら階段を下りる。 下りきったところで、キッドの足はピタリと止まった。 「あ、キッド君!リズ、パティ!!お帰りっ!!」 「…………よぉ…」 なるべく会わないように、と思っているのに、そういうときに限って出会いたくない人に会うものだ。 目の前にいる栗毛のツインテールと銀髪の二人組みは、マカとソウルだ。 キッドがもう二度と会わないと決めたはずの二人に、すぐさま出会ってしまうなんて。 魂の感知を怠っていたつもりはないのだが、どこか気が緩んでいたのだろうか。 「ひっさしぶりじゃん、マカ、ソウルー。元気だったか?」 「元気だったか、コノヤロー!」 「相変らず煩い姉妹だな。」 姉妹とソウルのやり取りを見つめ、キッドは平静を装ってマカに話しかける。 「久しぶりだな、マカ。変わりないか?」 「うん!こっちはいつも通り。特に危険な任務もないし…。キッド君は? この三ヶ月間、ずっと任務だったんでしょ?」 「あぁ。今、リズとパティが一番デスサイズに近いんじゃないか?」 「そんなに任務をこなしてるの?!」 ビックリするマカに、キッドは微笑み返す。 少し時間が経って、随分と自然に笑えるようになったと思うが、どうだろうか。 視界の端にソウルがいる。何か、言葉を、と思うが、ぱっと出てこなかった。 「…もう、任務良いのか?」 自然を装うため、ソウルに掛ける言葉を捜していたキッドだが、 逆にソウルに問われ、俯いていた顔を反射的に上げると、赤い瞳に射竦められる。 「…あ……あぁ。暫く、は。」 「こっち、居るんだろ?」 「……長居は、できないが。」 緊張しているのが自分でも分かるが、キッドは努めて平静に言葉を紡ぐ。 何故だか無性に泣きたい気分になってきて声が震えそうだ。 「もう、行かないと。」 「まだ用事?一緒にランチ行かない?」 マカの誘いに、キッドは断りを入れ、その場を後にする。 「リズとパティを連れて行ってやってくれ。俺は少しまだ所用がある。」 「そっかー。じゃあ明日は?"お帰りなさいの会"をしたいと思ってるの。」 「あぁ、時間を作ろう。」 じゃあ、と短く言ってキッドはソウルの側をすり抜ける。 本当はなるべくソウルには近づきたくないが、廊下のその先をふさいでいるのはソウルで、 僅かな隙間から通り抜けなければならなかった。 すり抜け様、ソウルから短く告げられる。 「今日、待ってるから。バスケットコートで。」 キッドは反射的に体を竦ませたが、すぐに平静に戻って階段を降って行く。 背後からはリズやパティ、マカの楽しそうな声が聞こえてくる。 時折混じるソウルの声にキッドの心は乱された。 行かない方が良い。そう思っていたが、気付けば、死神との食事の後、バスケットコートに来ていた。 時間は特に決めていない。もしかしたらソウルは来ていないかも知れなかったが、 キッドが約束の場所に到着したとき、既にソウルは来ていた。 「よぉ。久しぶりだな。」 「…あぁ。」 ソウルとの距離をゆうに5メートは取って、キッドは立ち止まる。 ベンチの肘置きに腰掛けていたソウルも立ち上がるが、それだけで、キッドとの距離を縮めようとはしなかった。 「で、逃げてみてどうだった?」 「逃げる?」 「逃げたろ、俺から。マカからも。」 「……別に、何がどうしたという事はない。」 パンツのポケットに両手を突っ込み、ソウルはキッドを見据えた。 「俺の気持ちは変わってない。お前が好きだ。」 「……ソウル……」 「お前は?俺が嫌いか?」 ソウルの問いにキッドは一瞬動揺するが、準備してきた答えを繰り返すだけだ。 「嫌いではない。でも、特別な思いも、ない。」 「ふぅん?」 土を踏みしめる音がする。 ソウルが、立っていた位置から、キッドへと向かってゆっくり歩を進めている。 それを他人事のように見つめながら、キッドは努めて平静を装う。 ここに戻ってくると決めた時から、ある程度の想定はしていた。 ソウルとのやり取りも、なんと答えるべきかも。 そう、全て準備してきた、そのはずだったのに…。 近づいてきたソウルに抱きしめれた瞬間、ソウルの匂いを鼻先に感じた瞬間 全てが飛んでいった。 ぎゅっと抱きしめられて、キッドはほぼ反射的に、ソウルの体を抱き返していた。 「特別な思いなど…ない……」 「そーかよ…」 ブーゲンビリア - 花言葉は、『あなたしか見えない』『情熱』 - next |