若気の至り、という言葉は良く使われるが、この場合もそうだろうか。
そんな一言で済まされるものならば、もっと考えるべきだった、と
己の浅慮を呪う。





タリス





「なぁ、今日少し残れよ。」

声を掛けられて、キッドは視線を声の主の方向へ向けた。
目の前には日を反射する銀髪が輝いている。
この手の誘いは何度目になるか分からないが、キッドは少し返答に困る。
こういった関係は続けてはいけないと思うのに、この瞳に見つめられると拒否できないのだ。
その上、ソウルは言うだけ言うと、すぐさまキッドの許から離れて行ってしまう。



どうしてこうなってしまったのか、切欠が思い出せない。
深く考えもせずに頷いてしまった、世間知らずな点があったかとも思う。
こういったことが何を意味するかも知らずに、ただただ一時の快楽に身を任せた。

「んだよ、考え事?」

言われるままに残っていた教室の机の上、
慣れた仕草で押し倒され、肌を暴かれながら考え事をしていると、圧し掛かるソウルから声を掛けられた。
こうして行為の最中に何かを考えてしまうと、ソウルの機嫌は悪くなる。
『罰だ』とでも言わんばかりに、何も考えられなくなる程絶頂を与えられるかと思えば、
いくら懇願しても解放してもらえない時もある。
その上、意識が無くなるほどに抱かれる事もあるのだ。

「別に…何も…」

途切れる息の合間に告げるも、ソウルは納得していないようだ。

「ふぅん?…まぁ…いいケド?」
「ぅあっ……っぁ……」

突然シャツを寛げられ、胸の実を摘まれる。
すっかりと慣らされた体は、与えられる感覚に従順だ。
そんな自身の変化に苛立ちもするが、下手に抵抗してもソウルの機嫌を損ねるだけ。

(一体何時から、人の顔色など窺うようになったのだ、俺は…)

愛撫を受け入れながら、キッドは一人自嘲する。
ただ、体だけの関係は、時折虚しくなる。
キッドにはソウルとどうこうなろうと考える、と言うより、誰かとこういった関係になると考える余裕はない。
好きも嫌いも、惚れた腫れたも、まだ自分には早すぎるとキッドは考えるからだ。
仲間の事は大切にしたい。今はその思いしかない。

「何考えてた?言えよ…」
「なっ……でもないと……っい……っ!」
「言えって。」

指だけでなく、唇や舌で嬲られて、体は素直に反応を返す。

「……っふ……」

何故執拗に問われるのか良く分からないまま、何故か無性に泣きたくなり、気付けば涙がこぼれている。
おそらくキッド自身は悲しいと感じているんだろうと他人事のように思う。
だが、快楽に溶け始めた頭では、この涙が感情から来るものなのか生理的なものなのか、解からなくなっていた。

「何で泣いてんだよ?泣くほどイイ?ココだけで?」

べろっと舌先を尖らせて舐められると、全身が粟立つ。
この感覚が快楽だと知ってしまった今は、連動するように体の中心が熱くなって、
早々にキッドの許容量を超えてしまう。

膝を割って、ソウルの体が入り込む。
その愛撫から逃れるように、けれどどこか、その愛撫に応えるようにキッドの体がのけ反った。

乱される服と呼吸、思考。
行為の最初はいつも"理由"と"切欠"を考えてしまい、そのうちそんなものは霧散して、
与えられる感覚だけに意識も体も集中してしまう。
どれほど重ねたか分からない体は、ソウルの手に、体に、従順に身を任せる。

「もうこんなんなってる。」

満足そうに告げるソウルの声を遠くに感じながら、
キッドはもはや焦点の合わなくなった瞳で、逆さまの世界を見る。

空が茜に染まり血の池のような大地に、そして闇色の地が天に。

こうしてまた、流されていく。





「ねぇ、キッドくん。ちょっと、いい?」
「どうした、マカ?」
「その…ソウル…なんだけど。最近良く一緒に居るよね?」

いつものようにみんなで集まってわいわいとランチタイムを過ごしていると、
さり気なくマカが声を掛けてきた。
口ごもるマカに、何事か、とキッドは彼女を見つめ返す。

「どうかしたか?」
「んー…なんて言うか…最近様子がちょっとおかしくて。」
「ソウルの?」

こくりと頷くマカに、キッドは視線で続きを促した。

ツインテールの髪が風になびくと、ふわりと女性らしい香りが薫る。
戦闘続きの中ではなかなか気付くことは出来ないが、マカのシャンプーの香りに心が解れる。
リズやパティからも良い匂いがするが、同じシャンプーやボディーソープを使っているから、
キッドからも同じように良い匂いがすることに、本人は気付いていない。

「何がどうしたって、具体的に言えないんだけど。
アタシより早く教室を出てるはずなのに、帰りが遅かったり、溜息が多かったり…
もしかして、何か悩みでもあるのかなって思って。」
「溜息…」
「やっぱり、パートナーとして気になるっていうか…さ。心配…だから。」

そう遠くない位置に他のメンバーの喧騒を聞きながら、腰掛けた足をぷら付かせ、マカは呟く。

「キッド君は、何か聞いてるんじゃないかと思って。」

深い碧の瞳が、キッドを見つめた。

「何か、知ってる?」

おそらくマカに他意はないのだろうが、キッドには、マカの言葉はどこか含みを孕んだ、窺うような言葉に聞こえた。
なんとなく、居た堪れなくなってキッドはさり気なくマカから視線を逸らした。

「さぁ…俺は特に何も聞いていないが…」
「そっか…。キッド君にも話してないんだ。」
「すまない。」
「なんで謝るの?悪いのは、心配かけてるソウルなんだから!気にしないで。」

アタシこそ、変な事聞いてゴメン、と笑うマカに、キッドは心が締め付けられた。

「マカは、ソウルが好きなのか?」

思わず聞いてしまったキッドの問いに、虚を突かれたようにマカの瞳が見開かれる。
数瞬ためた後、マカは細く長く、息を吐き出した。

「んーどうなんだろ。わかんない。
そりゃ、もちろん仲間としては好きなんだけど。それ以上かどうかって正直分からない。」
「そうか…」
「でも、きっと好きなんだと思う。」
「!!」

マカの言葉に、今度はキッドが驚いた。
思わず体がビクリと強張る。

「あはは!そんな驚かないでよ。」

キッドの反応を楽しむように、マカはさわやかに笑う。
そしてキッドの肩をバシバシと叩いた。

「好きだよ、ソウルの事は。パートナーだし。
でも、アタシが好きなだけだから、同じ気持ちを返して欲しいとまでは思ってないの。」

ブラック☆スターとじゃれるように遊び始めたソウルを見つめ、マカは幸せそうに呟く。
マカの隣に座りながら、キッドは血の気が引いて行くのが分かった。
己の行為が原因で、マカから笑顔を奪ってはいけない、と強く思った。
そう思うと同時に、息が苦しくなり呼吸すらままならない。
胃がムカムカとして吐いてしまいそうだ。

「キッドくん…?どうしたの?大丈夫?」

急に黙り、うつむいたキッドを不審に思ったのか、マカが覗き込むようにキッドに問う。

「…なんでもない…少し…驚いただけだ。」
「ごめんね、急に変な話して。アタシもなんでこんな話…キッド君にしちゃったんだろう。」

照れたように笑いながら頭を掻くマカに、キッドはぎこちなく笑む。
上手く笑えていたかどうかは分からないが。





ジギタリス - 花言葉は、『不誠実』『熱愛』 -



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