フロアに入ればさらに多くの視線を集めるソウルとキッド。
外見は少年と少女。けれど、周囲の大人を圧倒するだけのオーラを放っている。





夢一夜 中編





いつもは無造作に逆立てている銀髪を軽く後ろに流し、燕尾服とブラック・タイ。
タイの端には、ダイヤモンドとガーネットで細工された小ぶりのタイタック。
隣に並ぶのは、レモンイエローのドレスを着て、ロングウィッグをつけたキッド。
出かける前は左側だけだったが、本人が"シンメトリーじゃない"と駄々をこねて、右側にもつけることになった
トルコキキョウが二輪と小ぶりの白い薔薇が一輪ずつの生花。
白い肌を引き立てるドレスの色と、純白の花。

死神様もいい加減遊び心が抜けない、とソウルは思う。
わざわざ、悪人の魂を狩るのに、夜の正装と夜会用のドレスまで準備しなくても、と。
こっそり会場に忍び込んで、姿を現した主催者を狩れば良いだけだ。
きっとスピリットがマカにドレスを着せたかっただけに違いない。
スピリットの見立ては素晴しく、確かにドレスはマカに似合っていた。
いつも戦闘の中に身を置いている、そんな状態のマカが着飾ることなどめったに無い。
心身共に男前なマカの事だ。素直に『着てくれ』と言ったところで着ないだろう事は目に見えていたし。
試着したマカの写真を撮りまくっていたスピリットの気持ちも、分からないでもない。

結果的に、ドレスを身にまとって任務に就いたのはキッドだったが。

「じろじろ見られているな。…やはり俺では無理だったのではないか?」
「…多分、そんな意味の視線じゃねーと思うけどな。」

キッドが下からソウルを見上げる。
ドレスを着るという事で、うっすらと化粧も施されている。
今の容姿のせいだろうか。ふぅっと物憂げに溜息を吐く姿も絵になるな、とソウルは思った。

「窮屈でかなわんな、ドレスは。」
「まぁあと少しだけ我慢しろよ。なんか飲むか?」

ノンアルコールの飲み物が準備されているかどうかは怪しいが。
ソウルは、壁際にキッドを残して適当に飲み物を取りに行く。
キッドはバルコニーにでも出ようかと思ったが、さっきから周囲の注目を浴びているので、
下手に動くことは止めて大人しくソウルを待った。

「こんばんは、レディ。お連れの方は?」
「……………」
「レディ…?どうしました?」
「…いえ…今、飲み物を取りに…」

突然見知らぬ男から声を掛けられた。
にこにこと紳士的な笑みを浮かべている。
そういえば、英国風な舞踏会だと出発前に聞いた気がするな、とキッドは思い出す。
完璧な礼儀作法がどうこうと言われていた。
姿は女性だが、流石に声でバレるか、と思ったが、ずっと沈黙しているのも逆に怪しまれる、と思い
キッドは小さく返事をした。

(まったく、面倒な任務だ…。)

胸中、思い切り眉を顰めるが、表情には出さない。
あくまでも今は淑女でいなければ。

「私は、ジェイムズと言います。ジェイムズ=ハワード。
レディ、あなたのお名前をお聞きしても?」
「…私…の…名前は…」

(…しまった。キッドと名乗っては不味い、な…)

ジェイムズと名乗る男から少しだけ視線を外す。
逡巡して、ゆっくりと向き直ると、多少引き攣りながらもにっこりと微笑んだ。

「キ…キティーです。キティー=デニス。」
「キティー、ステキな名前だ。あなたにぴったりですね。」

ジェイムズの笑顔に、キッドは内心胸を撫で下ろす。
英国人に多い名前の組み合わせでどうにかごまかせたようだ。

「ところで、キティー、もしお連れの方が戻ってないのでしたら、
一曲私と踊っていただけませんか?」

突然膝をついて手を差し出すジェイムズに、周囲の視線が自然と集まる。
キッドも驚いて動きが止まってしまった。
流石に、断ろうか、と思ったところで救いの声が掛かった。

「残念ですが、私と踊る先約がありますので。キティー、お待ちどぉさま。」

意地の悪い笑みを浮かべたソウルが、両手にグラスを持って戻ってきていた。
その笑みに、キッドが周囲に分からないように舌打ちをした。

「残念。それではキティー、是非次の機会に。」

グローブで覆われたキッドの手を取り、ジェイムズは軽く口付けを落とすと去って言った。
ジェイムズが十分に離れた頃、キッドがソウルに届くか届かないかくらいの声量で文句を言う。

「…気づいていたなら、もっと早くに助け舟を出せ。」
「いやー…どういう対応をするかと思ったら。"キティー"ねぇ。お前に似合ってるんじゃねぇ?」

くつくつと笑いながらグラスを傾けるソウルにキッドの機嫌は益々悪くなった。
受け取ったグラスを同じように傾けて一気に飲み干す。
ソウルが持ってきたのはノンアルコールのアップルスパークリングだった。
喉にぱちぱちとはじける気泡が心地良い。
リズとパティが面白がってつけたグロスがグラスに残る。
キッドは面倒だな、と思いながらもテーブルの上の紙ナフキンでグラスに残るグロスを拭った。

「おいおい、レディの飲み方じゃねーだろ、"キティー"?」
「五月蝿い。お前はどうするつもりなんだ?偽名は。」

テーブルにグラスと紙ナフキンを置く。
なんなら俺がつけてやる。とむすっと告げるキッドに、ソウルは肩を竦めた。

「まんまでいいだろ?お前と違って俺は名前なんか聞かれねぇって。
聞かれたとしても、ありきたりな名前だし。」

壁にもたれてゆっくりグラスを傾けるが、どうやら先ほどのジェイムズが、ちらちらとこちらに視線を寄越してくる。
ジェイムズだけではない。招待客のほとんどがこちらを気にしているようだ。
好奇な視線が煩い。

「しょうがねぇな…。"キティー"一曲踊っとくか?」
「…まぁ…仕方ないだろうな、コレだけ視線が煩くては…任務に支障をきたすかも知れん。」

辟易したように呟くキッドに、ソウルは飲みかけのグラスを近くのテーブルへ置いた。
一曲でも踊れば、周りは満足するだろう。
舞踏会で"アンコール"などない。一度踊ってしまえば、集まる視線も少なくなる。
それに、今頃シュタインとシドが秘密裏に招待客の避難を開始し始める頃だ。
煩い視線だが、今はなるべく視線を引きつけた方が良い。そう考えて、踊ることにした。

「んじゃま、一曲お相手願えますか?キティー嬢?」

右手を差し出し、キッドの手が乗せられるのを待つ。
不承不承、まさにそんな表情だが、その動作は流れるように優雅で、見る者全てを惹き付けた。
ドレスと同色のロンググローブに覆われた手が、ソウルの手に重ねられた。

ゆっくりとダンスフロアに進む。
隅っこのほうで、ちょこっとだけ踊るつもりでいたのだが、周囲の招待客が次々と道と場所を空けてゆくため、
必然的にフロアの中央に立つことになる。
二人の姿に息を飲む招待客。
一瞬、波を打ったように静まり返るフロア。
暫し後、静まりかえったフロアを不審に思ったキッドが、オーケストラの方へ視線を向ける。
コンダクターと目が合い、そこでようやく、はっとしたように、コンダクターがタクトを振り上げた。
優美な曲が奏ではじめられる。

キッドがドレスの端を持ち上げて、軽く膝を折った。
ソウルが両手を広げれば、キッドがソウルの左手に自らの右手を重ね、ソウルの胸の中に納まる。
お互いの空いている手がお互いの体を支える。
キッドの左手がソウルの肩甲骨の下あたりに添えられ、ソウルの右手がキッドの腰に添えられた。
そして、ぐっとソウルが力を込めてキッドの体を抱き寄せる。
ピタリと寄せたキッドの体から、キッドのものか、生花のものかはわからないが、甘い香りがしてきた。
マカと練習をしていた時は何も気にしなかったが、キッドだとなぜか意識してしまう。

一歩、ステップを踏み出せば、後は流れるように曲に合わせて踊り始めた。
マカがバランスを崩したターンもキッドは難なくクリアする。
ヒールというハンディキャップが無いにしても、鮮やかなドレス捌きだ。
さすが、死神様が太鼓判を押しただけの事はある。

ドレスの裾が、ウィッグの長い髪が、ひらりひらりとステップにあわせて舞う。
競技用のステップではないから、幾分動きは控えめなものの、
キッドの動きに合わせて招待客が視線を巡らせる様を見る事は、ソウルに優越感を抱かせた。
男も女も全員、キッドに釘付けになっている。

「悪くねぇな…」
「何がだ。」
「お前のその姿。惚れちまうかも。」
「ふっ…戯けが。見誤るなよ、外見がどうであれ、中身は"俺"だ。」
「見誤ってなんかねーよ。しっかり見てるぜ、"デス・ザ・キッド"を。」

淀みなくステップを踏みながら、フロアを一周する。
二人が話している内容など、周囲からは聞こえないだろうが、キッドは軽く眉を顰めた。

「相手がマカなら、マカにも言う科白なのだろう?」
「いや、あいつには言わねーよ。」
「…何故だ。」
「お前にだから、言ってる。」
「なっ…!」

再びターンのステップに戻って、ソウルはキッドの右手を軸にくるりと一回転、ターンをさせる。
何かを告げようと口を開きかけたが、そのターンで舌を噛んではかなわない、とキッドは口をつぐんだ。
そして、ホールドの姿勢に戻ったとき、ソウルが不意にキッドの耳元で囁いた。

「好きだ、キッド。」

囁かれた言葉に、キッドが目を見開くのと同時に、やや高い位置から高らかに声がした。

「ようこそ、紳士淑女の皆様方。
素晴しいカップルの素晴しいワルツを拝見したところで、そろそろメインの催しへと移りましょうか!」

声のする方へ、二人同時に視線を投げる。

「あれか、今回のターゲットは?」
「…だな。」
「ところで、シュタイン博士達は上手くやったのか?」
「さぁなぁ…でも、今残ってる招待客は随分と少ないみたいだけど?」

周囲を見渡し、ソウルがのんびりと呟いた。
じゃあ、問題は無いな、と金色の瞳が煌めく。
ドレス姿のキッドも美麗で美しいが、戦闘によりその瞳に宿る煌めきの方が遥かに綺麗だ、とソウルは思った。

見れば、ダンスフロアに残っている招待客はまばらになっていた。
避難もあらかた済んだのだろう。
ならばもう周囲を気にする必要も、足手まといになる外野もいない。

「おや…今日は随分とお客様が少ないようですが…。
まぁ良いでしょう。飛び切り上等の、美しいお嬢さんが混じっていらっしゃるから。」

ダンスフロアから延びる階段の先、踊り場の辺りで饒舌に話す男。
アッシュブロンドの髪をオールバックに流し、燕尾服を身に纏っている。
細いステッキを持っているが、おそらく、ステッキの中にはレイピアくらいの細い武器は仕込んでいるだろう。
くるくるとステッキを玩ぶ手が止まり、ブルーの瞳がピタリ、とキッドに向けられた。

「魂をいただく前に、お名前をお聞かせ願いたい。
レディ、あなたのお名前はなんとおっしゃる?」
「ふん。下衆め。人に名を聞くときは、まずは先に名乗るのが礼儀だ。
さすが、魔女の手先となって魂を刈取る輩だな。」

いつもの尊大な態度に戻ったキッド。
隣に立つソウルに右手を差し出す。
ソウルがダンスに誘ったときと同じだが、今度はダンスではない。戦闘のために。




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