右手を差し出されて、ソウルはニヤリと口角を上げた。
久しぶりの戦闘に否が応でも気分が高揚する。
しかも、今回自分を手に戦うのはキッド。
…もといレディ・キティー=デニス、と言うべきか?

(こういうのも、悪くない。)

マカとの戦闘も好きだが、たまには違うパートナーと組むのも良い。
今回、マカが参加できなかったことは残念だが。美人に扱われるのは悪くない。
ブラックタイを緩め、燕尾服のカフスを外すと無造作にポケットに突っ込み、ソウルは武器化した。





夢一夜 後編





ソウルが武器化してキッドの右手に収まる。

「…死神の手先、でしたか。美しい人、残念でなりませんね。」

ソウルを構えるキッドのその姿を見て、ブルーの瞳が閉じられた。

「招待客も居なくなってしまいましたし。
仕方ないので、今宵は飛び切り美しい職人の、極上の魂を、いただくとしましょう!」

再び瞳が開かれた時、男は踊り場の床を蹴ってキッドに突進してきていた。
その反応を予測していたかのように、キッドも床を蹴る。
ソウルを右手に持ち、長い柄を背後に回す。
やはり、男が持っていたステッキは武器になっていた。
シャラリと音がして、ステッキであった鞘からレイピアが抜かれる。
すばやく横に薙ぎ払われるレイピアを、キッドはギリギリでかわす。

「…っチ!」

舌打ちをするキッドに、ソウルは「どうした?」と問う。
あの程度のスピードの斬撃を、かわすにしてもギリギリという事は珍しい。

「ドレスの裾がまとわりついて、戦い辛い。」

あぁ、とソウルは頷いた。
確かに、マーメイドラインのドレスは多少裾が広がっているとは言え、
足首まで覆われているのだ。当然だろう。
すると、キッドは躊躇いもなくソウルを自らのドレスに当てた。

『おいっ?!キッド!』

何するつもりだ、と続けようとして、ソウルはぎょっとした。
薔薇のコサージュの下、生地がオーガンジーになるあたりに、ソウルを当てると一気に裾まで切り裂いた。

『…おいおい…服裂くのは男の夢だけどな、キッド…ちょっと乱暴すぎるだろ…』
「五月蝿い。これで、動きやすくなった。」

ニヤリ、と笑むキッド。
その表情はキッドのものなのだが、姿のせいか、別人に見えた。

「ドレスを裂くだなんて、はしたないですね、レディ。
…けれど…とても扇情的ですよ!」

レイピアを持つ手がキッドを追いかける。
キッドは今度こそ難なくかわしながら、ダンスフロアを飛び回った。
さっきまでワルツ<円舞>を踊っていたが、今度は闘技<演舞>のようだ。

レイピアと鎌が交錯する。
キィンと甲高い音と、白銀と灼熱の火花が散る。
何合か斬り合った後、キッドはひらりと宙を一回転し、男から距離を取った。

着地をしてすくっと立つと、頭上でくるくるとソウルを回す。
マカが振り回す時とは違う。スピードもパワーも予想以上で、ソウルはついていくのがやっとだ。

『…うげぇぇえ…あんま回すなよ、キッド…。目が回る…』
「軟弱者め。久しぶりの接近戦で高揚してるんだ。へばらずについて来い。」
『楽しそうだな…おまえ…』
「こんな格好をさせられた憂さは、晴らさせてもらう。」

ソウルで、深紅の絨毯を数度、斬りつける。

『荒れてんなぁ…ま、俺も久しぶりに強い奴倒せそうで、面白いけどな。』
「共鳴もしておくか?」

構えなおすキッド。
冗談交じりの言葉に、ソウルは軽く口笛を吹いた。

『おみ足全開で、嬉しいこと言ってくれんじゃん。』
「……見るな…」

自分から男らしく切り裂いておきながら、良く言う、と思いながら、ソウルは苦笑した。

『まぁそろそろ、トドメでも良いんじゃねぇの?』
「…わかっている。」

開いた距離を、一気に詰める。
覗き込むように、男の懐に飛び込んで、鼻先が触れ合うほどに接近した。

「残念だが、ミスター。そろそろ舞踏会の幕引きだ。」

微笑むキッドに、男が息を飲むのが分かった。
薄くグロスを引いた口角が上がり、金色の双眸が溶け出すように細められた。

『おい、キッド…』

近づきすぎだ、と続けようとして、ソウルはそれが出来なかった。
ものすごいスピードで、鎌が下から斬り上げられた。
男に、"避ける"という思考の隙すら与えない速さで。
叫び声すら上げる暇もなく、男の姿は霧散する。
残されたのは、魂一つのみ。

「この男が溜めていた魂は、今頃シュタイン博士たちが回収してるだろう。
俺達の任務ももう終わりだ。」

キッドはソウルから手を放す。
武器化していたソウルが、隣に立った。
燕尾服の衿を少し正して溜息を一つ。

「ふんぞり返ってるところ悪いけどな、最後、くっつきすぎだ。」
「なんだ、妬いたのか?」
「…悪ぃかよ…」

バツの悪そうなソウルに、キッドは微笑んだ。
今のキッドの姿で微笑まれると、正直キツイ。
こう、ぐらぐらと『理性』という名の壁を突き崩されそうだ。

「ほら、早いうちに喰ってしまえ。」

目の前の魂を食べる。
戦闘後の高揚も手伝って、キッドの頬に朱がさしている。
幾分、埃っぽくなってしまったが、未だ流麗なドレス姿のままの、しかも左太ももから下は露出している姿。
加えて、久しぶりの魂の味。
興奮するな、という方が無理だ。

「キッド、さっきの返事…」
「おつかれさまー!」

キッドの手を取り、引き寄せようとしたその瞬間。
タイミングよくシュタインがフロアに入ってきた。
明らかに、狙っていたんだろう、と思う。

「いやー、魂も回収したし、一般人にも犠牲はなかったし、お疲れ様二人ともー。
それにしてもキッド君。なんとも良い眺めだねぇ。」

てくてくと近づいてくるシュタインから、キッドを庇う。
しかしそんな事は関係ない、とばかりにソウルの背後をくるりと回って、キッドの姿を見つめる。

「あーぁ。そのドレス、スピリット先輩が見たら泣くよ?」

どこか楽しそうに話しながら、シュタインは少し乱れたキッドのウィッグと、挿された生花を直した。
軽く、埃を払ってやって、シュタインは膝をついた。

「せっかくだから、キッド君。僕とも一曲踊っていただけますか?」

差し出す右手を暫く凝視して、キッドは溜息を吐いた。

「…俺は早く帰って脱ぎたいんだが…」
「まぁまぁそう言わず。」
「帰るぞ、キッド。」

キッドの腕を引き、シュタインの前からさっさと歩き始めるソウル。
まだ、告白の返事も聞いていなければ、シュタインと踊らせる気もない。

「つれないなーソウルくん。
オーケストラの人達は避難させちゃったから、ピアノくらい、弾いてくれてもいいでしょ?」

タバコを取り出して吸いながら、シュタインはそう大して残念そうな素振りも見せず、二人の背中を見送った。





後日談



無事に任務を終えて暫く後、デス・シティー内で一人のアイドルが誕生した。
『レディ・キティー=デニス』である。
トンプソン姉妹の手により密かに写真に収められていたキッドのドレス姿。
キッド本人の知らぬとろこでブロマイド化され、かなりの数が出回った。
もちろん、ソウルも入手したうちの一人だ。
デス・ルームの死神様専用のお部屋には、等身大と上半身アップ、さらに何時の間に撮影されたのか、 裂いたドレス姿のものまで飾ってあった。

ちなみに、マカにプレゼントしようとしていたドレスを裂かれ、
おいおいと泣いていたスピリットだったが、キティー=デニスのブロマイド3枚で怒りも落ち着いたらしい。
が、困ったことに、キティーがキッドとは知らないスピリット。
マカに隠れて、キティーの姿を求め、デス・シティー中を捜索しまくっているようだ。



ソウルの告白の行方は、ソウルとキッド、二人しか知らない。




end





夢一夜、一本にしようと思ったのですが、強烈に長くなってしまったので、 三分割しました。
でもほぼ一気に書き上げてしまったブツ。
キッドの女装が書きたくて仕方なくなってしまったのです。
そして、マカのドレス姿も。
ソウキドなので、マカ活躍しておりませんが…
キティーにつきましては、デス・ザ・キッドに近くなるように、
なんとか、"キ"と"デ"を使いました。