「…なぜ俺がこんな格好を…」
「そう言うなよ、似合ってるんだからさ、キッド。」
「そうだよ、すっごい美人さんだよぉキッドくん。」
リズとパティに褒められてもちっとも嬉しくなさそうだ。
彼の立場で、"彼"の今の姿ならば、誰でもそう思うだろう。





夢一夜 前編





今からちょうど一週間前の事。

「そんな訳でぇ。悪人の魂を回収してきてちょーだい♪」
「一回ブラック☆スター組が失敗してるから、慎重に!危ないことはしちゃダメだよ、マカ!!」

いつもの調子の死神様&デスサイズのスピリット。
今回は、とある街で夜な夜な舞踏会を開き、招待した客人の魂を無差別に刈取る魔女の手先の魂を狩る任務だ。
紳士・淑女の集まる舞踏会に乗り込んだブラック☆スターと椿だったが、
目立とうとして、バルコニーから進入したは良いものの、
招待されたたくさんの一般人たちのパニックに紛れ、ターゲットは消えてしまった。
挙句、そのターゲットに一太刀も浴びせられず、逆に刺される、という失態を犯してしまったのだ。
なんだかんだ言いながらも、強いブラック☆スターに一太刀を浴びせられるほど、
相手も相当の手練、という事に他ならない。

負傷して帰って来たブラック☆スターと椿。
彼らはすぐにリベンジを申し出たが、刺された傷は以外に深く、すぐに戦線に出せる状況では無かった。
それでマカ組みにお鉢が回ってきたのだ。
今回は、ちゃんと招待客として紛れ込み、さり気なく一般人を非難させて、
主催者に接近してから確実に狩る。という作戦だ。
もちろん、目立たないようにするには、逆に"壁の花"となる訳にもいかないので、ワルツが踊れることが条件。
マカもソウルも基本は出来ているので、衣装合わせも含め、準備期間は一週間とされた。

もともと音楽家の一族であるソウルは、ワルツは弾き慣れているし、踊り慣れてもいた。
そしてマカは運動神経抜群で、あっという間にステップを覚えた。
わずか二日間で二人は息もぴったりと、死神様とスピリットの前でワルツを踊って見せた。

二人のワルツを満足そうに見終わった死神様は、軽い調子で告げた。

「んじゃー後の時間は英国風のお作法でも、ちょっくら学んでみちゃって〜」
「英国風お作法?」

問い返すマカに、スピリットがずいっと説明役を買って出た。

「どうもその舞踏会、英国風に開かれてるみたいなんだ。まぁ一種社交界みたいな感じだと思って、マカ。」
「社交界…」

常に戦いに身を置くマカにとってはちょっとした異世界である。
一般のテーブルマナーくらいしか知識として知らない二人は、その日から早速お作法の勉強を始めた。
そして、任務前日。
舞踏会用のドレスが届き、試着してのワルツ披露となった。

レモンイエローの、けれどどこか落ち着きのある色合いのマーメイドラインが美しいドレス。
アメリカンスリーブとなっているそのドレスは、首元がスパンコールで飾られており、キラキラと光を反射する。
左の太もも辺りに薔薇をモチーフにしたコサージュが着いていて、
そのコサージュから下は幾重にもオーガンジーの生地が重なり、マーメイドラインであるが裾は少し広がった、
少し凝ったデザインになっていた。
きゅっと締まったウェストラインより少し下、ヒップの位置辺りにも大小の薔薇モチーフが飾られ、
ドレス生地が綺麗な波を描いている。
髪をアップにしたマカに非常に良く似合っているそのドレスは、
予想に反せず、スピリットが選んだものだった。

ソウルも夜の正装、燕尾服に着替え、マカもロンググローブをつけて、本番さながらに踊り始めたのだが。
いつも戦闘を意識して、動きやすい服装を好んで身に着けているマカが、突然裾の長い夜会用のドレスやら、
ヒールの高い靴やらに慣れるわけが無く。
抜群の運動神経を持ってしても、ワルツのターン時に崩したバランスを立て直すことは難しかった。
ソウルのフォローの甲斐もむなしく、無理な方向に力の掛かった足首は、
全治二週間の捻挫と診断されてしまったのだ。

そして、現在に至る。

今、ソウルの目の前には、マカが着るはずだったドレスを見事に着こなしているキッドが立っている。
流石に、黒のロングウィッグをつけてはいるが。
ドレスを着ているのは、間違う事なき、キッド。

左耳の下にトルコキキョウの生花を飾っていて、
それがまた、髪をアップにしていたマカと、大きく印象を違えていた。
同じドレスなのに、マカが着ると健康美を感じ、キッドが着ると妖艶さを感じるのは、
髪型だけの問題なのだろうか?とソウルは考える。

「つか…なんでマカのサイズが入るんだよ、お前は…」

突っ込むべきところはそこか、とソウル自身、言いながら思いはしたが、あえて無視した。

「いやー、でもこれでも結構ギリギリなんだよ〜
マカちゃんがヒール履いて、丈は丁度良い長さなんだけど。
キッド君の方が背が高いから、バレエシューズでごまかしてるし。
バストもギリギリだから、詰め物とか入れられなくって、ウィッグで少し隠してる状態だしねぇ…。
まぁーアメリカンスリーブっていうデザインも良かったよね〜♪胸が目立たないからサ。」

ケッカおーらい♪などとのたまっている死神様を尻目に、ソウルはキッドに見惚れてしまっていた。

マカに似合う色だと思っていたが、なかなかどうして、キッドにも似合う色だった。
キッドの左右に控えるリズとパティがキッドの着付けを手伝ったらしい。
この出来映えに満足なのだろう。しきりに記念撮影をしたがってキッドを困らせていた。

「ま、さ。招待状は今日のものしかないし、キッド君ならワルツもマナーも完璧だし。
死神のキッド君なら、ソウル君を武器化させても十分戦えるでしょ。
さくっとマカちゃんのピンチヒッターやっちゃってよ♪」
「父上…まぁ…マカの事は仕方ないけど…。どうしても、潜入してからでないとダメなの…?」

父の前でだからか、それとも現在の服装で気分が鬱モードになりつつあるのか、
若干気弱なキッドが死神様を見上げる。

「大丈夫だいじょ〜ぶっ♪キッド君はどんな姿でもキュート☆だから♪
じゃ、頑張ってきてねん。ばっはは〜ぃ」

半ば無理やり、ソウルとキッドはデスルームから押し出された。

「今回はアタシらも留守番だから。楽しんで来いよ、キッド」
「頑張ってきてね、キッドくーん」

他人事のリズとパティも楽しそうに手を振って見送っている。
そんな様子に、キッドは肩を落とすと、小さい声で「行くぞ」と呟いた。
舞踏会へのご招待なので、移動はシュタインの運転する車だ。
スピリットは捻挫で保健室に運ばれたマカに付きっ切りだからだ。

「お手をどうぞ、レディ。」
「……シュタイン博士……」

ギっと不機嫌そうにシュタインを睨みつけるが、もちろん、今の姿では効果など皆無で。
逆に差し出した手を取られて唇を受ける始末。

「そんなに怒っちゃ、美人が台無しだよキッド君。
任務気をつけて、いってらっしゃい。」

にっこりと微笑んでシュタインはキッドを送り出した。

「…俺には何もナシかよ、クサレ教師…」

続いて後部座席から降りたソウルは、
先に降りたキッドとシュタインのやり取りを見て、眉間に皺を刻む。
ぼそり、と呟いた声を耳聡くキャッチしたシュタインは、
ポケットからタバコを取り出すと一本その口に咥えた。

「僕のお姫様、ちゃんと守って来てね、ソウル君。」
「…アンタのじゃ無いだろ…」
「おや、不機嫌だねソウル君。あんな美人さんを連れて、これからダンスだってのに。」
「…任務の間違いだ…」

ひらひらと手を振るシュタインには目もくれず、ソウルは歩き出した。
レディを一人歩かせるなど、紳士にあってはならない事なのだ。
キッドの背に追いつき、その隣に並ぶ。
さり気なく肘を出せばキッドがその腕に軽く掴まる。
ゆっくりと会場までの道を歩き、階段を上がって、玄関ホールへと進む。

足を踏み入れた瞬間から二人に集まる視線。
キッドのドレス姿も然ることながら、ソウルの燕尾服にブラック・タイという姿も堂に入って見栄えした。
色とりどりのドレスの中で、それでも際立つ、漆黒の長い髪とレモンイエローのコントラスト。
ソウルは周囲からの視線にどこか優越感を感じながら、ホールからフロアへ抜けていった。




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