手放せない 2





「そうそう、キッド君は好きな子とか居ないの?」

自分もサンドイッチを食べようと、口をあけたところでマカから問われた。
一瞬何のことか、と思ったが、どうやら女性陣にありがちな『恋バナ』というものらしかった。

「ブラック☆スターとリズ、パティの番は終わったんだよ。」
「ブラック☆スターにも気になる人がいるのか?」
「さてはキッド、俺様のモテっぷりを知らないな?」

えへん、と胸をそらせるブラック☆スターに、椿が微笑する。
ブラック☆スターのことだ。酒に飲まれていろんな事を喋ったのだろう。
彼は警戒心も強いが、一度気を赦してしまえば、とことんまで相手を懐に呼び込んでしまう。
暗殺者としてどうなのか、と思わなくも無いが、キッドはそんなブラック☆スターを嫌いではない。

キッドが、ふむ、と感心してると、マカはソウルに向き直った。

「ソウルは?いないのー好きな子は?」
「…どうだかな。」

意味ありげに笑み、ソウルはがぶり、とサンドイッチに噛み付いた。
それを見て、キッドは訳もなく自分が喰われたような錯覚に陥った。
さっき、髪を撫でられたせいだろうか。
全身がざわざわと、ざわついているのを感じた。

「あー!その言い方は、いるって事だよね!誰だれ?」

マカが面白い、とばかりに、矛先を完全にソウルへ向けた。
リズやパティ、椿までもがソウルに注目する。
そんな中、ソウルはキッドに視線を投げた。
呆然とソウルを見ていたキッドと視線が合う。
カチリ、と噛み合うような音さえしそうなほど、明確に、視線を絡めるソウル。

捕らえられたのは、キッドの方。
その場に縫いとめられてしまったかのように、動けなくなってしまった。

「その子はかわいい?どんな子なの??」
「もったいぶってないで、教えろよ、ソウル。」

周りにせかされ、ソウルは怪しまれない程度にゆっくりとキッドから視線を外し、
興味本位な仲間に告げ始めた。

「容姿って意味なら、まぁ可愛くもあり美人でもありって感じだな。」
「うわっ!お前って面食いだったのか!」
「…お前にはいわれたかねーよ。」

ブラック☆スターのツッコミに、ソウルが苦笑して答えた。
それでも周りの質問攻めは止まない。
サンドイッチを齧ったり、コーヒーを啜ったり、各々確実に胃袋に収めながら。
ソウルも、普段の彼なら、面倒臭がって途中で話を切り上げるだろうに、今日は機嫌が良いのか、かなり饒舌だ。
聞かれる内容には素直に答えている。

「その子の、どんなところが好き?」
「一本、自分の筋を通してるところとか、以外にドジなところとか。」
「えぇー。じゃあその子、どんな性格?」
「…一言で言えば、可愛いな。正直、あんなの今まで見たこと無かった。放っとけない。」
「告白しないの?」
「…どうだかな。重荷になりたくは無い…。」
「ソウルくんだったら、重荷になる事なんて、無いんじゃない?」

周囲の会話は弾んでいる。
思いがけない人物の、思いがけない『恋バナ』だ。
酒が入っていなくとも盛り上がっただろう。
だが、キッドはその場から立ち去りたかった。ソウルの言葉を、耳を塞いで遮断したかった。
けれど、それが出来ない。
まるでシュタインの魂糸に縫い取られているように。
ソウルがゆっくりとこちらを向く。
ソウルの言葉がキッドを絡め取る。
これではまるで、この場で告白でもされているかのような、そんな錯覚すら覚える。

始めは気のせいだと言い聞かせていたのだが。
きっと、ソウルが想って言葉に乗せる相手はマカなのだろう、と。
けれど。今となってはそれが間違いだと思える。
自惚れだ、と思っても、絡んでくるソウルの視線が、それを否定する。
ソウルが指す人物とは、間違いなくキッドだろう。
さっきからさり気なくこちらに視線を投げかけてくる。
確信犯的に。

言葉の恥ずかしさと、言葉の裏に隠された激しさに、
この場で唯一酒に飲まれていないキッドの脳が、侵食されていく。

「アイツは…さ、強いようで脆い。
支えてやりたいと思うし、背中を預けて欲しいと思う。
アイツの世界を守ってやりたいっていつも思ってるけどな。なかなか伝わらねぇ。
結局、俺の自己満足でしかないみたいだな…。」

ぽつりぽつりと呟くように、噛み締めるように、ソウルが告げる。

「その相手って、マカじゃないのか?」

ブラック☆スターの当然の問いに、ソウルとマカ、同時に吹き出した。

「「ありえない」」

否定の言葉までハモった。
その場に居た誰もが、思ったであろう疑問を口にしたブラック☆スターだったが、
それを当の本人達が切って捨てたのだ。
笑い声と共に。

「こいつが美人ってタマかよ。」
「ひっどいなーソウル!でも、アタシはソウルに認めてもらえる程、強いと思ってない。
でも、ソウルに心配されるほど、脆くもない。」

お互いに言いたい事を言い合っているようで、顔からは笑顔が絶えない。
周囲も笑顔になりつつあるのに、キッドだけが笑えなかった。

ソウルが、キッドを見ている。
それだけでじわり、と心が熱くなるのを感じた。
談笑しながら、周囲の手からは確実に減っていくサンドイッチだったが、キッドの分だけが一向に減らない。
身動きが取れずに、ほぼ硬直状態のキッド。
ソウルがサンドイッチに齧りつくたび、キッドの中の、柔らかい部分に歯を立てられるようで。

「んで、ソウルは告白しねーの?
なんか自分からは動かないって感じはするけどな。」

最後の一口を食べ終わったブラック☆スターが、指についたソースを舐め取りながら、ソウルに問う。
ソウルも、口内に残る最後の一欠片を咀嚼しながら、少し悩む素振りをした。

「んー…そうだなぁ…」
「しちゃいなってソウル!」
「おもしろそう!!」
「お前らな…」

リズとパティがはやし立てて、それに苦笑しながらソウルも答える。
周囲の視線がソウルに注がれる中、ソウルはゆっくりとキッドに視線を合わせた。
キッドの肩が反射的に揺れる。

「どう思う?キッド。」
「……何故、俺に聞く?」
「なんとなく?」

首をすくめながら、口調はおどけているが、その瞳は真剣で。
キッドはどう答えて良いものか、分からなくなる。
周りの視線も、自然、キッドに注がれた。
集まる視線の数と、熱いほどのソウルの瞳に、追い詰められるような錯覚すら覚える。

「…お前の、思い違い、という事はないのか?」

キッドの言葉に、周囲がどよめく。

「ソウルの恋を応援してやれよ、キッド!」
「そうだぞキッド。お前らしくない。」
「キッド君どったのー?いっつもなら、"当たって砕けろ"くらいの事言うのにー。」

ぎゃあぎゃあと騒ぎ始めたメンバーに軽く眉を顰めつつ、キッドは軽く溜息を吐いた。

「五月蝿い…。悪かった。今のは、言葉が良くなかった。」

素直に謝罪するキッドに、今度はソウルが口を開く。

「多分、アイツも気づいてないと、思いはするけどな。
俺が、どれだけアイツを想ってるか、なんて、アイツは知らない。
知らなくても良いと、今までは思ってたし。」
「ソウル…?」
「…でも、アイツは知らなくても、俺はアイツが思っている以上に…
多分、俺だって、自分自身で考えてる以上に、もっと本能的な部分でアイツが好きだと思う。」

ソウルの言葉に、ブラック☆スターが軽く口笛を吹く。

「もう、告白決定じゃねぇ?」

周囲も賛同する。
その中で、キッドだけが言葉を紡ぐことも、頷くことも出来ない。
何故こんなことになったのか、訳が分からないが、口の中がかなり乾いていて、
サンドイッチを食べる気分でなくなったことは確かだ。
幾分、呼吸も苦しい。

キッドは手近にあった瓶を掴んで、普段なら絶対しないような事を…、
瓶から直接飲む、という行動を取った。
口に近づけると、先ほどグラスに注いで飲んだよりも、濃い酒精を感じる。

「あ、おぃキッド!それ…っ…結構度数の強いラムだぞ…」

慌てるリズの声が聞こえたが、気にせず喉に流し込んだ。
どうせ、飲んだところで酔うことは無いのだ。
息が続くまで、けれどゆっくりラムを飲み干す。
飲み終わった後になぜか拍手喝采を受けたが、これが酔っ払いのテンションか、とキッドは納得した。

「見事な飲みっぷりで!」
「ソウルもこれに負けじと告白しなきゃな!」
「そうだぞ、頑張れソウル!!」
「上手くいったら教えてね♪」

思い思い、好きな事を言っているが、キッドは他人事ではない。
正直、ソウルも困るのではないか、と思ってこっそりと盗み見れば、まんざらでもない顔で。

「じゃー、まぁ告白してみるか。」

等と宣言した後に、キッドを見るものだから、余計に性質が悪い。
苦虫を噛み潰したような表情をしたキッドに気づいてか気づかずか、ブラック☆スターがキッドの手を覗き込んだ。

「キッドー。それ、喰わねーなら俺にくれ。」
「…食べろ…。」

キッドは、手に持っていた分も皿に戻し、その皿ごとブラック☆スターに差し出した。
ひとまず、ソウルの話を聞いて満足したのか、今度はリズがマカに話を振った。

「そういえば、マカはどうなんだよ?気になる奴とかいるの?」
「んー、正直今はそういうのって考えてないけど…。やっぱりクロナの事は気になる…かな。
好きとか嫌い、じゃなくて。アタシはクロナにも幸せになってもらいたい。」
「マカちゃんらしいね。」

先ほどとは打って変わって優しい空気に包まれる部屋の中に一人、キッドは居づらく。
こっそりと部屋から抜け出して、バルコニーへ出た。



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