手放せない 3





外の空気は室内よりも冷たくて、酒精に飲まれた雰囲気の空気とは違って心地よかった。
バルコニーに両肘をついて、やや前かがみにキッドは視線を遠くへ投げる。
思い出すのは、先ほどのソウルの視線と言葉。
確かに、あの言葉はキッドへ向けられていた。
『告白をする』とも言っていた。
だが、自分は一体どうしたら良いのか。
キッドには見当もつかなかった。

ソウルの言葉に嫌悪感を抱くとか、そういったことは一切なく。
むしろ、嬉しかったと思う。
同性だとか、人間と死神だとか、そういったものは関係なく、好意的に受け止めることができた。
けれど、ソウルの言葉が気のせいなら良いのに、とキッドは思う。
友達のまま、曖昧な関係のまま、一生を過ごして終われた方がお互いのために良い。
キッドは死神で、ソウルは人間で。
絶対的に埋められない溝がある。
その溝は埋まることはなくて、埋めようともがくだけ、手放せなくなるはずだ。
少なくとも、キッドの方は。

こういった感情は狂気に繋がりやすい。
ソウルを信じない訳ではないが、この感情が新たな鬼神復活の引き金にもなりかねない。
何よりも、既に手放したくないと思っている関係を、さらに強化してしまうことが、キッドには恐かった。
まだまだ、父・死神のように強くなれない。
割り切ることもできない。
自分は子供だ、と痛感する。

ふっと溜息をこぼすと、背後にふわりと気配を感じた。
振り返る必要もない。ソウルだろう。

「俺が居ると、迷惑?」
「いや。そんな事はない。…みんなは?」
「雑魚寝してる。お前が席を外してから、もう結構時間経ってるんだぜ?」

隣に立つソウルが、キッドの疑問を見透かしたように先回りをして答えた。
キッド自身、まだ数分も経ってないつもりで居たのだが、どうやら30分は経過しているらしかった。
二人の間に沈黙が落ちる。
何を話して良いか分からないキッドと、タイミングを計りかねているソウル。

「…お前は寝なくて良いのか?」

先に口を開いたのはキッドの方。
ソウルはゆるく首を横に振って、キッドを見つめた。
そんなソウルの視線に気がついたが、キッドが視線を合わせることは無かった。

「キッド、さっきの話だけど…。正直なところを聞かせて欲しい。迷惑…か?」
「………いや。」

数瞬迷った後、キッドは素直に答えた。
ソウルの想いは、迷惑だとは、思わなかった。

「じゃあ、俺が、お前を好きだって言ったら、お前はどうする?」
「……どうも、しない。」

視線はバルコニーの先、崖の下に投げたまま、キッドは静かに告げた。
隣からは明らかに落胆の気配が漂ってくる。
ソウルがキッドから視線を外した。

「まぁ、予想通り…だけど。断言されると、やっぱちょっとキツイな。」
「ソウル…気持ちは、とても嬉しい。俺も厭では、ない。だが、俺は死神だ。」
「…分かってる。」

吐息交じりのソウルの言葉に、キッドは分かってはないだろう、と心のどこかで思った。

「さっきの言葉。嬉しかった。
だが、それが執着や妄執にならないとは、言い切れないだろう?
執着するあまり、執着が狂気を呼び込んで、その狂気が新たな鬼神を生むかも知れない。」
「…俺が、鬼神になるって?」

シニカルな笑みを浮かべ、ソウルがキッドを見つめる。
キッドは、今度こそ、その視線を受け止めた。
やや高い位置から見つめてくる、紅玉のような瞳。
血に濡れたような、また、簡単に血に染まってしまいそうな、赤。

「お前には、黒血も混じってしまっているし、な。」
「キッド…」
「それに、鬼神になるのはお前ではなくて、俺かも知れない。」

瞬きすら忘れて、キッドとソウルは見つめあった。

「俺は、もうお前達との縁を手放したくないと思ってしまっているんだ。
これ以上、強固な縁を結んでしまったら、何かあったとき、俺が鬼神になってしまうかもしれない。」
「さらりと、恐ろしい事言うな、お前。」
「可能性の問題だ。」

ふっとキッドの瞳が緩んで、ソウルから視線を外した。
さっきまでと同じように、バルコニーの外へと視線を投げる。

「ベースが死神の鬼神だぞ。お前達に止められるか?」
「…無理かも知れねーな。」

だろう?と自嘲するような響きに、今度はソウルが問う。

「お前は…お前なら、俺が鬼神になった時、俺を殺すか?」
「可能、不可能という話なら、可能だ。」
「可能、不可能意外の話だったら?」
「無理だろうな。世界と愛しい者を天秤にかけられるか?
言っただろう。俺は死神だ。いつでも『世界』を選び取らなければならないんだ。
たとえ、ソウル、お前を殺すことになってもな。でも、もしお前とどうこうなっていたら…」

だから辛い選択はしたくない、と続けるキッドに、ソウルはゆっくりと息を吐いた。

「お前も、お前自身が思っている以上に、俺の事愛しちゃってるんだな。」
「悪いか?だから、選ぶことなど出来ないんだ。今のままで居なければならないんだ。」

キッドが、くるりと反転して今度はバルコニーを背にする。
肘を突いて、宙を仰いだ。
そんなキッドを見つめて、ソウルは呟いた。

「こんなに側に居るのに、遠いな、お前は。」
「それは、こちらのセリフだ。」

ゆっくりとソウルを振り返り、少し寂しそうに笑うキッドの頬に触れようと、ソウルは指先を持ち上げた。
触れるか、触れないかのギリギリのところまで指を伸ばして、少し考えた後、かなり躊躇ってそのまま指を下ろした。

「何だ、触れないのか?」

意地悪なキッドの問いに、ソウルは半ば不貞腐れ気味に答えた。

「一度触れて、止まれなくなったらヤベーだろ。」
「ふっ…根性無しめが。」
「ヒデー事おっしゃいますね、未来の死神様は。」

バルコニーに肘を突いて、さらに頬杖をつく。
そんなソウルの様子を見て、キッドは微笑んだ。

「ならばソウル、お前が俺を変えてみろ。
俺が今考えている事、全てが杞憂だと、断言して、その論拠を提示してみせろ。
納得できたら…お前の想いも受け入れよう。」

キッドの提案にソウルが反射的に身を起こす。
そして、まじまじとキッドを見つめた。

「へぇ…良いのかよ、そんな事言って?」
「構わない。」

断言するキッドに、ソウルはニヤリ、と笑んだ。

「お前がそう言うなら、遠慮はしないぜ。
絶対、お前を納得させて俺のものにしてやるから、覚悟しておけよ?」
「…望むところだ。」

ソウルはおもむろにキッドの左手を取った。
不思議そうに首をかしげるキッドの、左の薬指を口に含む。

「…!ソウル?!」

突然、何をするのか、と狼狽するキッド。
そんなキッドを上目で見つめながら、ソウルは思い切りその薬指の付け根に歯を立てた。

「…っっ…!」

反射的に手を引こうとするキッドの腕を掴んだまま、ソウルはゆっくりと噛んだ痕を舌で舐める。

「何を…っ」

その舌の動きに怯えるキッドの手を解放し、ソウルは宣言した。

「とりあえず、予約な。」

絶対に、手に入れてみせるから、と。ソウルはキッドの耳元で告げて、部屋へ戻っていった。
キッドは左手薬指の付け根に残る噛み痕を呆然と見つめ、
してはいけない約束をしてしまったようだ、と唇を噛締めた。
けれど、不思議と不快感はなく、むしろソウルがどんな手で落としに来るのか、楽しみですらあった。



end






ソウキドみんなの前で告っちゃえ!的なお話でした。

でも、結局最後までソウキドにしようかどうか悩みまして。
たまには、ソウル→←キッドでも良いかな、と思ったり思わなかったり。
結局、ソウルが押すことに変わりはないのですけどね。
キッドもソウルが好きだけど、死神にはいろいろあるの。みたいな。
すんません、訳分からなくなってきました。