手放せない 1 いつもよりも賑やかな部屋。 リズとパティ、二人といるときも結構賑やかだが、今日は人数が違う。 普段であれば大概は、マカとソウルのアパートに集まるいつもの面子が、 今日はお泊り会も兼ねて死刑台屋敷に集合している。 持ち寄ったお菓子やジュース、食料がごったに並べられたテーブル。 床にはペットボトルやら紙パック、空き瓶が散乱している。 始めはせっせと片付けに精を出していたキッドも、 後から後からブラック☆スターとパティが散らかすので、途中から片付けを諦めてしまった。 椿はちまちまと、散らかった部分の片付けはしているようだ。 飲み物の中には、リズが持ってきた酒類が混じってしまっていて、 酒を飲みなれないメンバーは完全に酒に飲まれてしまっている。 この部屋の惨状が何よりもそれを物語っていた。 キッドは一つ、溜息をこぼして手近なソファに身を預けた。 みんなが盛り上がっている。 酒に頬を紅潮させて、実に楽しそうに。 ふとキッドは、そんな様子を見て、なんともいえない思いが胸を過ぎるのを感じた。 マカもソウルもブラック☆スターも椿も、死武専に入ってから出来た友人だ。 もし、死武専に編入していなかったら、彼らと交流は無かったかも知れないし、 あったとしても、こういった接し方は出来なかったかも知れない。 彼らは職人と武器であって、彼らの目的は死神に武器を提供すること。 死神であるキッドとの仲は、もっとずっと淡白だったろう。 不思議な縁(えにし)だ、と思った。 シュタインと彼らが対峙した時。 あの時、彼らの課外授業を父・死神と一緒に見て居なかったら、この縁は結べなかっただろう。 ぼんやりと、そんな事を考えながら、キッドはテーブルに置かれたグラスを手に取る。 手近な瓶を手にとって、グラスに注いだ。 琥珀色の液体が、とろり、と零れ落ちるように見えた。 グラスに口を近づければ、濃密な酒精の香り。 甘いような、熱いような。匂いだけで、喉と胃が焼かれるような感じがした。 酒に弱いわけでもないのに、と自嘲しながらグラスを傾ける。 むしろ、神である体は、ほぼアルコールに飲まれないと言って良い。 けれど、濃厚な香りは鼻と喉を同時に抜けて、脳にまで達するよな錯覚を覚えた。 ブラック☆スターが、「あの時の敵は強かった」、などと、エクスカリバーを真似ながら武勇伝を語り始めた。 隣で椿は微笑んでいる。 身振り手振りの大仰な様子に、マカが胡散臭そうに突っ込みを入れるが、リズとパティは楽しそうに聞いていた。 ソウルはそんな輪の中に入るでもなく、かといって完全に外に外れているわけでもなく。 その距離の取り方が彼らしいというか、天邪鬼というか。 こくり、とまた一口酒を流し込めば、ソウルがこちらに気づいて寄ってきた。 彼もまた、酒に酔っているのだろうか。 目元は赤い気がするが、もしかしたら照明の加減で陰がそう見えるだけかも知れない。 ソウルが席を立ってキッドの側に来るのに、周囲は気づかない。 こういう時、ブラック☆スターの意外に優れた話術に気がつく。 いつも騒いでいるだけの男に見えるが、その実、話し方が上手い。 「またいつもの誇張だろう」と思っていても、その話には惹きつけられる物がある。 そんな分析をしている間に、ソウルがキッドの隣に腰を下ろした。 ソファの背にぐたっと体を預けて、キッドの手の中にあるグラスに視線を注ぐ。 「何、お前も酒飲むんだ?」 「手近にあったからな。」 「結構、意外。」 ソウルの言葉に、キッドは首をすくめて見せた。 そして、グラスを傾ける。 そう大して大きくないグラスに、もともと半分ほどしか注いでいなかった酒は、もうほとんど、グラスの中に残っていない。 「それ、どんな酒?」 「さぁ?ラベルを見たら分かるだろうが…」 生憎、興味が無い、とキッドは続けて、グラスをテーブルに置き、呟いた。 「不思議だな…」 「何が?」 「この、縁が。」 「そうか?」 「少なくとも、死神の俺にとっては。」 テーブルの上に置かれた菓子の袋を無造作に一袋とって、ソウルはその封を切りながら答えた。 キッドは視線をソウルから、マカやブラック☆スター達に移動させて、瞳を細める。 「俺は、手放せるだろうか。」 「…何を?」 「この縁を。」 「手放す必要なんて、ないだろ?」 「そうかも知れないが…」 本当は、キッドの言わんとしていることなど、ソウルは知っているだろうに、敢えて口にしない。 例えば死神の息子として、職人や武器とは違う立場で動かねばならない事とか、 人間に比べ、気が遠くなるほど長い寿命とか。 全部無視して、お前はここに居れば良い、とソウルは暗に告げる。 「手放したくは、無いんだ…」 ポツリと呟かれた言葉に、ソウルはキッドの頭をぽんぽんと軽く叩いた。 そして、ゆっくりと髪を梳かすように撫でる。 まるで恋人のようなその仕草に、キッドは少し、くすぐったくなる。 きっと、ソウルも自分も酔っているのだ。 ソウルは酒に、自分は雰囲気に。そう決めて、キッドはソウルにされるがまま、身を任せた。 「そんなトコで何してんのー?ソウルもキッドくんも、こっちにおいでよー」 マカからお呼びが掛かる。 仕方ねーな、と呟いてソウルがソファから立ち上がり、キッドのもとに来るまで座っていたソファに座りなおした。 キッドはそれを見送って、やっぱり気になり始めたジュースや菓子の残骸に手を伸ばした。 「キッドくんもー」 酒のせいか、幾分舌足らずなマカの言葉にキッドは微笑って「ちょっとだけ待ってろ」と告げて、 傍らのゴミ袋にゴミを入れていく。 目に付くものを簡単に分類しながら、ざっとゴミを片付けてしまうと、そのままキッチンへ。 そういえば、酒の肴や菓子類は合ったが、"食事"と呼べるような物は無かった、と気づき、 キッドは手を洗って冷蔵庫を開いた。 手軽で時間もかけずに、食べられるもの、と考えて適当に材料を取りだす。 ピクルスやザワークラウト、ハム、チーズ、スモークサーモンなどの食材を見つけて、 サンドイッチにしようと決める。 これならば、最悪食べ残しても明日の朝、食べることが出来る。 どうせ、みんな酒に飲まれてしまって食べるかどうか分からないのだし、と考えながら ザワークラウトを洗って、余分な酸味をすばやく取る。 リビングからは相変わらず賑やかな声。 ブラック☆スターの声に、リズやパティのツッコミの声も重なって、 その音を聞きながら、キッドの心は『幸福』という文字で埋められる。 こんな日々が、ずっと続けば良いのに、と願わずにはいられない。 否、自分には続けさせるだけの力があるのだから、続けなければならない。 これが、キッドにとって都合のよい、仮初めの『幸福』なのだとしても、 彼らもきっと、今この時を『幸福』だと、同じように思ってくれている、と思いながら。 考え事をしながらも、キッドの手は淀みなく動いた。 どうせ、あと小一時間もすれば全員睡魔に襲われるだろう。 それを考えると、そろそろ〆めの時間だ。 キッドはサイフォンにコーヒーの準備もする。 サイフォンでコーヒーを淹れている間に、 薄切りにした食パンに食材を挟んで、軽く押える。 ザワークラウトとスモークサーモン、チーズのサンドイッチと、 ピクルス、ハム、チーズのサンドイッチの2種類を人数分。 斜めにカットして、大き目の皿に盛り付けてゆく。 使った包丁やら調理器具をざっと洗って、キッドはサンドイッチを乗せた皿を持ってリビングへ戻った。 「マカ、待たせたな。」 「おっそいよーキッドくん!」 「キッド、それ作ってたの?」 「わーぃサンドイッチだぁ♪」 キッドは皿を輪の中央に差し出して、「食べるか?」と一同に聞く。 更の上はあっという間にサンドイッチが姿を消して、おのおのの手の中へ。 正直、アレだけ飲み食いして良くもまぁまだ食べるものだ、と思いはしたが、 時間的にそろそろ小腹も減る頃だろう、と思い、キッチンに引き返す。 今度は人数分のコーヒーを淹れた盆を持って、同じく輪の中央に差し出す。 全員にサンドイッチとコーヒーが行き渡ったのを確認してから、キッドは輪からさほど遠くないソファへと腰を下ろした。 next |