たとえばこんなはじまりかた 3





キッドにとっては嵐のような時間が過ぎ、
変に強張っていた体には力を入れることができず指一本動かすことができない。
ぐったりとソファに体を預けて、呼吸を整えながらソウルを見やる。
ソウルの裸体にはマカを庇った傷が残っていて、羽織るシャツの隙間から見え隠れしている。
キッドが横たわるソファの端に座り、視線に気づいたソウルがキッドの足首に触れた。
「…大丈夫か?」
問う声は優しいが、どこかそわそわと落ち着きがない。
「……あぁ…」
掠れて声が出ず吐息が漏れるように頷く。
何とか右腕を持ち上げて、キッドは額に手を置き前髪を掻きあげた。
「体が動かん…」
事実を述べただけなのに、ソウルが申し訳なさそうに呟く。
「…わりぃ…無茶させた。」
銀髪に紅い瞳が隠れるのをキッドは少し残念に思う。
なんとなくソウルに指を伸ばすが、届くことはなかった。

体を起こそうと肘をつくと、キッドの腹からとろり、と白濁した体液が零れ落ちる。
「…っ…」
キッドとソウルの物が混じった体液。
一部は既に乾いてしまっているが、そうでないものはキッドの体の曲線に沿って流れた。
「風呂…入れるか?」
「入りたいが…無理かもしれないな。」
ソファに体液が零れ落ちないように、体を起こすことも放棄したキッドは、再びソファに横たわる。
「悪い…。本当に…俺…」
「さっきから謝ってばかりだな。」
苦笑して今度こそソウルに腕を伸ばす。
漸く触れたソウルの指先。
キッドが触れてくるとは思っていなかったのか、珍しくソウルの肩がビクリと反射行動を起こす。
意を決したように、ソウルはキッドに向き直ると、ゆっくりとその体を抱き上げた。
腹の上の体液が零れないように、横抱きにしてキッドに自分の首に腕を回すよう伝える。
大人しく従うキッドの黒髪にキスを落とし、浴室まで連れて行く。

器用にキッドを抱えたまま、シャワーに手を伸ばしお湯を出す。
バスタブに軽くお湯をかけて温めてから、ゆっくりとキッドを降ろした。
ソウルにされるまま大人しくバスタブにもたれてシャワーから出る暖かい湯を浴びる。
体を清めるために肌を這うソウルの手が妙にくすぐったい。
スポンジにボディソープが泡立てられて、ふかふかと肌に気持ちいい。
一通り体を洗われると、ソウルはキッドの髪の毛に触れた。
「お湯かけるぞ」
声を掛けられて、目に入らないようにキッドはぎゅっと目を閉じた。
そんなキッドを見てソウルが笑ったのだろう。空気の振動でそれが伝わった。

毛先からお湯が流れる。
頭にソウルの手が触れる。

くしゃくしゃと撫でられるような感覚がして頭を洗われているのだと理解した。
さっきからボディソープもシャンプーも妙にいい匂いがする。
もしかしたらソウルが普段使っているものではなく、マカが使っているものをキッドに使用しているのかもしれない。
最後に再びシャワーのお湯をかけられて「もういいぞ」と声をかけられる。
顔の水分を手で軽く拭って、キッドは漸く目を開けた。
べたべたとしていた体が清められてすっきりと気分がいい。
ソウルはキッドの体とバスタブの泡を流し、栓をする。
ゆっくりとキッドの体にお湯をかけながらバスタブに湯を張るつもりなのだろう。
「お前は、入らないのか?」
「一緒に入っていいの?」
「…?何か不都合な事があるのか?」
「お前が良いなら、良い」
キッドの言葉にソウルは少し躊躇った後、羽織っていたシャツをランドリーに投げ入れてバスタブに入る。
「流石に狭いか?」
ソウル言葉にキッドは苦笑で答えた。
「湯の節約にはなるだろう。」

その後、バスタブに湯が溜まるまでなんとなく二人は無言だった。
よくよく考えてみれば子供じゃないのだから、こうして二人で狭いバスタブに浸かるのはおかしな事なのかも知れない。
ようやくそこまで考えが及び、キッドは申し訳なく思えてきた。
だからソウルははじめ遠慮したのだろう。
ただ、キッドの体が動かないから、ソウルは付きっ切りでなければならないし、
早く湯を使いたいけれどキッドが浴室から出ない限りは使えないから、仕方のない選択だったのかもしれない。
ここまでソウルにやらせておいてなんだが、
冷静になって考えれば、体を洗ってもらうことも髪の毛を洗ってもらうことも、
実は任せきりすぎたのではないだろうか。
無意識だったとは言え、今更ながら恥ずかしく、子供のような自分に恥じ入る。

「…ソウル…悪かった…な」
「…あ?」
天井を見つめるように上向き、バスタブの縁から両腕を出した状態で浸かっていたソウルが、キッドの言葉に反応して顔をもとに戻す。
「いや…至れり尽くせりで…体や頭まで洗わせて悪かった、と。」
「謝るのは俺の方だろ。体動かなくなったのは俺のせいだし…」
ちゃぷんとソウルの腕が湯の中に落ち、キッドの腕に触れた。
「嫌じゃなかったのかよ?」
「…何が?」
「……なんでもねぇ。」

流石のソウルも、突き詰めてキッドの口からこれ以上何かを聞くことは出来なかった。
拒絶されるのも嫌われるのも怖かった。



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これは裏なのか表なのか…。非常に微妙ですけども表へ。

キッド君をお風呂に入れたい。
そんな雲の願望が、こういったモノになったのではなかろうか、と。
さて次は肉体関係の定常化に向かっていきますよ。
そこからキッドたんとソウルの苦悩が始まれば良い、みたいな。