たとえばこんなはじまりかた 4





あんなことがあって、冷静に考えれば異常な事態なのに、
キッドの態度が変わらずいつもどおりの『友人』を貫くものだから、
ソウルもそれに甘えてしまっていた。

あの時、一緒に入った浴室で。
なぜ身を委ねたのか、きちんと聞いておかなかったことを後悔する。
けれど今更話を蒸し返すのも、切り出すのも照れくさい。
何より、もしもキッドの口から拒絶を意味する言葉が告げられたら…。
正直立ち直れる自信がなかった。
情けない事に、COOLが信条のソウルは、殊キッドに対しては毛ほどもCOOLになれない。
大切に大切に育てて、何時かはキッドに気持ちを告げる日が来るのか、
それとも心の底に封印してしまうのか…決めかねていた際の衝動。
浅はかだったと思いはするが、あれはキッドも悪かった。
心の片隅で責任転嫁をしてしまいながらも、
あんなことをしてしまった手前、今まで以上にキッドの一挙手一投足に気がいく。

キッドが保つのは友達の距離。
隣に座るときも、目が合うときも、その視線に『動揺』や『恐怖』といった感情はない。
もちろん『愛情』が含まれることも。

「ソウル、悪いが消しゴムを取ってくれないか?」

一人考えに耽っていると、隣に座るキッドから声を掛けられた。
話を聞いていなかったせいで、ソウルはつい聞き返してしまった。

「…なに?」
「いや、消しゴムを取ってくれ、と。」

キッドお気に入りの図書館で、今は超筆記試験の勉強に付き合ってくれている。
ついさっきまでブラック☆スターも居たのだが、
彼は集中力は続かないし、静かにしていることもできない、そしてじっとしていることができない、の
三拍子揃ったイレギュラーな暗殺者だ。
結局、三人で来たその後、5分で帰宅という新記録を樹立した。

机上を見渡し、ソウルは目の前の消しゴムをキッドに渡す。

「ありがとう。」

キッドに消しゴムを手渡すと、不意に指先が触れた。
心臓が飛び跳ねるように脈打ち、ソウルの方がビクリと怯えてしまう。
キッドに拒絶されることが怖い。
そんな自分に笑ってしまうが、対するキッドは不思議そうに首をかしげるだけだ。

「どうした?」
「…なんでもねぇ…」

口元を手で隠して、顔が熱っぽくなるのを自覚する。
おかしい。普通はキッドの方がこういった反応を返すべきではないのか。
ソウルはそんな事まで考えてしまう。

「具合でも悪いのか?」

キッドの白い指が伸ばされて、隣に座るソウルの前髪をさらりと梳く。
銃器を扱うとは思えないほど繊細な指先。
その指先が、先日家のソファの布を掻き、シャツに縋りついていたのか、
というところまで考えが及び、ソウルの下腹部がずくりと疼く。

「ソウル?」

自らの髪に触れるキッドの手を反射的に握り締めてしまい、その行動を問い返されて我に帰った。

「…お前、平気なの?」
「何が?」

訳が分からない、という表情を崩さないキッドに再び苛立ちと焦燥感が募る。

「あんなことされて、平気なのかって聞いてんだけど。」
「あんなこと…とは…もしかして、先日の?」

キッドの手を強く握ることで返答にする。
思いのほか真剣なソウルの瞳に、キッドは困ったように眉を寄せた。

「ソウ…」
「何にも、感じねーの?」
「何とは…」

要領を得ない問答に、ソウルはそのままキッドを引き寄せた。
ここが公共の場であるとか、そもそも図書館だとか、関係なかった。
死武専の中でもこの図書館に来るのは、授業サボリの罰として掃除させられるブラック☆スターか、
その手伝いにくる椿くらい。
マカは基本的に本は手元に置いておきたい派らしく、図書館の利用はめったいにない。
二人の座る場所は司書からは死角になっている。

引き寄せられるままにキッドはソウルの胸の中に納まった。
本当は、キッドの言葉を聞くことが怖くて、彼が何かを告げる前に行動を起こしてしまう。
確かにこのすっとぼけた態度には非常に苛立ちを覚えるが、決してキッドが悪いわけではない。
それも、理解できているのに。
この感情も、行動も、止まらない。

ソウルの手が、キッドのジャケットのボタンを外す。
流石にこの行動にキッドに焦りの色が浮かんだ。

「ソウル…っ…」

慌てて、ソウルの手を押えるが、その手が止まることはない。
場所が場所なだけに、キッドとしては騒ぐこともできない。
シャツのボタンまで外され、胸の飾りを摘まれる。
遠慮のない行動に、金色の瞳には戸惑いと、これから行われる行為への不安が色濃く浮かんでいる。

「何故…っ?!」

何故、とはこっちが聞きたい。

何故、平気で接していられる?
何故、この行為に疑問を感じない?
何故、本気で抵抗しようとしない?

ソウルの手を止めようとはしているが、それは決して拒絶の動きではない。けれど、許容でもない。
キッドがどういうつもりで、こうしていられるのかが分からない。

なぜ。
ナゼ。
何故?

死神は、感情すら人間を超越しているとでも?
ソウルはそこまで考えて鼻先で嗤った。

始めは、キッドの態度に甘えているつもりで居た。
けれどコレは想像以上の生き地獄。
キッドの気持ちを聞くことが怖いという、ソウルのワガママから始まってはいるが。
体だけが欲しいんじゃない。
気持ちありきの、体の繋がりを求めたいのに。

警戒も、拒絶も、動揺も、愛情も。
一切の感情を与えられない事が、これ程までに堪えるものとは思わなかった。
あんなことをして、さらに今これから行おうとしている以上は、
友人以上の感情を与えて欲しい。
もう、それが正の感情でも負の感情でもなんでも良い。

「…これも俺のわがまま?」

シニカルに嗤って一人呟き、シャツの中の悪戯を本格化させる。

「何を言って…っ…ぅ…」

白い肌に似合う薄ピンクの飾り。
適度に割れた腹筋はヘソまで緩やかな曲線を描く。
ソウルの指先が何度も肌を這うのを、キッドは瞳を閉じて耐えている。

誰も触れた事のない肌。
誰も見た事のない金色。
誰も聞いたことのない吐息。

それを思うとき、ソウルはゾクゾクする。
抵抗が薄いことを良いことに、ソウルはそのままキッドを犯した。





拒絶も許容もされず。
これが強姦なのか和姦なのかすら分からない。





ソウルの胸中には、キッドへの愛情と共に、憎悪も、罪悪感も育ってゆく。



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まさかの図書館プレイ。
いいのか、表において。(いくら描写がないとはいえ…)

ソウル、暴走と迷走。
キッドたんもどうして良いか分かっているのか分かっていないのか。
今回はソウルの苦悩編。次回はキッドの苦悩編にしたいかと思います。
…たぶんww