降雪 「ジュンちゃん、いらっしゃい。」 「こんにちは、烈!」 春の頃には、まだまだ制服に着られていた感のあるジュンも、 高校1年の冬を迎える頃には自分なりにアレンジして制服を着るようになった。 短めのスカート、白いソックス。 多くの女子高生のそれと同じように、ジュンもそういった着こなし方を好むようだ。 そして、そのジュンの後に続くのは、ここ数年で予想を超える成長を遂げた、弟である豪。 「ただいま、兄貴。」 「お帰り、豪。」 「何、また出かけるの?」 「またってお前なぁ…」 これから家に上がる豪・ジュンと、これから出掛ける烈。 こういったタイミングくらいでしか、兄弟といえど会わなくなった。 烈は勉強が、豪は部活が忙しいからだ。 「烈はこれから塾なんでしょ?本当に堅実よねぇ。豪も少しは見習いなさいよ!」 「うるせぇよ、ジュン」 この夏から付き合い始めたという二人は、男女としての付き合いは浅いが、 友達としての付き合いが長いせいか、一緒に居てごくごく自然に見える。 「ジュンちゃんの言うとおりだぞ、豪。お前も2年の終わりには、進路決めといた方が良いぞ。」 靴べらを使って、踵を靴に収めながら、烈はジュンの言葉を借りて豪に告げる。 「兄貴まで…」 その言葉にガクっと肩を落とす豪を見て、ジュンがその背中を叩く。 烈も、項垂れた豪の頭をペチっと軽く叩いて、鼓舞するように言葉を続けた。 「だから、これからジュンちゃんに勉強見てもらうんだろ?」 「…烈兄貴ぃ…」 苦笑しながら、烈はジュンへと視線を移す。 「じゃあジュンちゃん、豪の事頼んだよ。」 「任せて!」 胸を張り答えるジュンは、小学生の頃と違って大人になった。 若干あどけなさを残しているものの、顔立ちも体型も、立派な大人の女性だった。 烈はそんなジュンを見つめ、しみじみと「大人になったなぁ」と感じるのだが、 本人には言わずにいた。 ジュンに伝えれば、もちろん彼女は喜ぶだろう。 少し頬を赤らめ、視線を泳がせながら、それでも烈をちらりと見て、 『何言ってるのよ』と冗談めかして微笑むに違いない。 けれど、烈はジュンを褒めるその一言を言えずにいる。 烈自身が内包する複雑な想いのために、たった一言が告げられない。 「いってきます。」 『いってらっしゃーい』 何かを振り切るように、烈は淡く笑んで二人に背を向けた。 豪とジュンの声がその背中を送り出す。 烈は玄関の扉を閉めると、足早に駅へ向かって歩き出した。 駅前の学習塾に着いて、烈は真っ直ぐ自習室に向かい、適当な席に着いた。 まだ、授業が始まるには随分と早い。 早く来て、集中できる環境で勉強しようと考えているのか、 受験間近の三年生がちらほらと着席し、黙々とペンを走らせていた。 そんな中、烈は机の上にリュックを置き、中身を取り出すでもなく、ふっと息を吐いた。 「よぉ星馬。相変らず早いな。」 「八田…」 声を掛けられて、烈は目の前に立つ銀縁眼鏡の同級生に答えた。 小学生の頃、彼から何かと因縁をつけられていたのだが、 なんの因果か中学・高校と同じ道を歩みいつの間にか友達になっていた。 腐れ縁とも呼ぶのか、烈は八田の性格を嫌いではなかったし、付き合い易い部類の人間として、 彼との交流は積極的に持つようにしていた。 勉強・メンタル、どちらも相談に乗ってもらえる『親友』だと思っているし、 『ライバル』だとも思っている。 「まぁ…弟がさ、最近良く彼女を連れて家に帰ってくるし。僕が居たら邪魔だろ?」 頬杖を吐いて、溜息と苦笑を交えて答えると、前の席の背もたれを抱く形で、八田も座る。 周囲のピリピリとした雰囲気は読んで、二人とも小声で話す。 「あー、豪か。アイツ、元気そうだな。相変らず女子にも人気あるし。 夏に彼女が出来たって学校に噂が広まって、多少は落ち着くかと思ったが…。 相変らずきゃーきゃーと女子が煩い。」 眼鏡のブリッジをくいっと押し上げて、八田も苦笑する。 豪は、運動が出来て(むしろ運動しか出来ないというべきか)、身長が180cmを超え、顔もそこそこ精悍で男らしい。 その上性格も気さく(悪く言えばガサツ)となれば、女子の憧れの的になってもおかしくはない。 彼女の一人、二人できたところで、女生徒達の熱狂が冷めることはなかった。 「まぁね、自慢の弟だよ。」 「…嘘を吐け。顔は迷惑そうだ。」 八田から即座に否定され、烈は軽く肩をすくめた。 「迷惑って訳じゃないけどね…。正直煩いよ。」 「ふぅん…まぁまだ俺たちと違って受験云々という状況でもないからな。 彼氏・彼女という関係が嬉しいんだろう。」 どこか、含みを交えた言葉に、烈が八田を軽く睨むと、当の本人は笑みも交えて烈を見ていた。 「そんなに気になるなら、お前も彼女の一人くらい作ったらどうだ? お前なら、勉強しながら彼女の面倒くらい、見られるだろう。」 烈の頭をわしゃっとかき混ぜて、八田は軽い口調で告げる。 「僕もいろいろと忙しいんだよ。 アメリカやらドイツから、時差ってものを考えずに電話してくる友人がいるからね。」 烈が言っているのは、もちろんWGPで戦った、ブレットやシュミット、ミハエルたちの事だ。 彼等に時差をいうものを意識して欲しい訳ではない。――気にしてくれるに越したことはないが…。 暇を見つけては連絡をくれる彼等との会話は楽しいし、何よりも烈の気分転換にもなった。 だから、そういった電話を優先してしまうし、彼女にもその電話を勘繰られ、責められる…といった事は、 すでに経験済みだった。 初めて付き合った彼女は、そうした烈の広い交友関係と、誰とでも仲良くする烈の性格が原因で、 三ヶ月ともたずに別れてしまった。 以来、ラブレターや告白はされるものの、烈は彼女を作っていない。 これから本格化する受験勉強に、滅多に会うことの出来ない友との交友を考えると、 いま彼女を作ることは、烈にとってデメリットしか生まない。 「例のミニ四駆の仲間か。お前は相変らず、人気者だな、星馬。」 「ありがとう。」 「さて、世間話はここまでだ。この参考書の358ページ、問3なんだが…」 「その問題か。僕も解説を読んだけど、いまいちピンと来ないんだよね。」 前の席から、烈の隣に移動した八田が、持参していた参考書とノートを広げて、烈に質問する。 烈も、八田のノートを覗き込みながら、ようやく鞄の中から参考書、筆記用具など必要な物を取り出した。 講義が始まるまで、まだ2時間弱ある。 その間も勉強は進めておこうという建設的な考えを建前に。 next >>> |