歪み





「政宗は、随分とお前を好いているようだな、左近。」
「…そう見えますか?」
「お前も政宗を好いているのではないか?まるで、好き合っているようだ。」

不機嫌を露わにしながら、三成がゆっくりと部屋から出てきた。
その様子を見つめ、左近が頷く。

「否定はしないですよ。」
「…っ!」

左近の言葉に驚いたのは三成だ。
まさか、左近が肯定するとは思わなかったのだろう。
一瞬言葉に詰まったあと、三成は左近から視線を逸らした。

「……ならば…政宗を連れて奥州へひっこめば良いだろう!」
「…本気ですか?」
「左近…?」

いつも飄々としている左近の声音が変わり、三成は逸らした視線を左近に戻す。
真剣な左近の表情に、三成が息を呑んだ。

「殿が"良い"と仰るなら、政宗サンを貰いますよ?」
「……っ……」
「"借りる"んじゃないですよ。殿から"奪う"んですよ。もう、返しませんよ?」

陽が、雲の中に隠れ、廊下に影が落ちる。
その暗がりの中、左近が笑むのが分かった。

「政宗さんも、好いてくれているみたいですし。丁度今、奥州に誘われたことですしね。
殿が許可してくださるなら、政宗さんを連れて奥州へ行きますが?」
「駄目だ!政宗は誰にも渡さない!!左近、お前にもだ」

絶叫するように叫び、三成はぐっと拳を握り締めた。

「で、しょうね。」
「左近…」
「殿、何時まで政宗サンから逃げるつもりですか?
ちゃんと謝って、想いを告げないと、左近でない誰かに攫われてしまいますよ?」
「お前、試したのか、わたしを。」

雲に隠れていた陽が光を取り戻し、書簡を抱えなおした左近が笑っていた。

「それもありますが、結構本気でしたよ?政宗サンは可愛い人ですからね。
左近でなくても、兼続サンや幸村サンなんかは、惹かれるんじゃないですか。政宗サンみたいな人に。」

左近の言葉に思う所があるのか、三成は黙った。

「気になることは早々に片付けて、さっさと仕事を片付けてくださいね。」

書簡を運ぶため、左近は執務室へ向かってゆく。
左近が政宗を見送ったように、三成も左近の背を見送った。

「…わたしも、大概素直でない、ということか。」

自嘲気味に呟き、三成はふらりとその場に座り込んだ。
強く握り締めた拳をゆっくりと開くと、わずかに血が滲んでいる。
左近と政宗が仲良く座る様も、政宗がその肩に頭を乗せる様も、三成は見ていたのだ。

政宗と顔を合わせづらく、三成は日々、刻々とその居場所を変えていた。
やらなければならない仕事も左近に任せきりだった。
既に政宗の処遇は三成に任されており、
三成の命ひとつで、政宗は奥州へ引き上げることもできたし、命を奪うこともできた。
だが、三成には、政宗を殺してしまうことは元より、今のこの状況になっていても、政宗を手放すことが出来ないでいた。

屋敷内での、政宗の身の自由を許したのは三成だ。
けれど、あんなことをしでかした手前、政宗に会うのが怖かった。

今日も今日とて、居場所を転々としながら、気づけば午睡をしてしまった。
目を覚まし、流石に執務をしなければ、と部屋からでようと薄く襖を開くと、
外の陽と供に、政宗と左近が座って何事か話をしてる光景が目に入った。

屈託なく、自然に笑う政宗。
自らが手に入れたくて、無理に暴こうとした結果、永劫手にする事ができなくなってしまった笑顔を、
左近が難なく手に入れている様を見て、思わず拳を握り締めたのだ。

己の不甲斐無さと
左近への羨望、激しい嫉妬

偶々見かけてしまった光景に、三成は唇をかみ締めた。

政宗が立ち上がり、その手を左近が取る。
狼狽しつつも再び左近の隣に座った後、左近に何事かを囁かれ、肩に頭を預けた政宗の姿。
まるで睦みあう恋人同士のように見えて、激情が三成の中を渦巻いたのだ。

血の滲む自らの掌を見つめ、三成はふぅっと身体中に溜まった淀んだ空気を吐き出すように息をついた。

「ケジメを、つけねばなるまいな。」

二日前、政宗によって付けられた首の傷をそっと撫でる。
チクリと小さく痛むそれが、ひどく愛おしく感じられた。




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三成と左近。
こちらも書いていて、左三になりそうな気配がムンムンでした。
左近…おっとこ前すぎるんだよ…。影に日向に頑張る左近。大好きです。

お次は、ラスト、三政に戻ります。