歪み





翌日、朝早くから政宗は左近に準備してもらったものを手に、ある場所に向かっていた。
気兼ねせぬように、と人払いまでしてくれている。

「全く、本当に三成配下とは、惜しい男じゃ…。」

とっとと三成を見限ってわしの元へ来ると良い、と呟きながら、政宗は手早く準備を整える。
その慣れた手つきは鮮やかだ。
一人、厨房に篭り、かまどに火を入れた。

「何をしている?」

突然、声を掛けられ、政宗は瞬間的に振り返る。
左近が人払いをしておく、と言ってくれていたせいか、完全に気を抜いてしまっていた。
しまった、と悔いても、もう遅い。
いくら左近が政宗に良くしてくれても、ここは敵の懐。
どこで命を奪われても可笑しくはない状況なのだ。

(気配が感じられぬとは…わしの感覚も相当鈍っておる…)

忌々しそうに己自身に対し舌打ちをし、政宗は振り返った先の人物を見上げる。
戸口に立つその姿は、外の光を受けて逆光となり良く見えない。

「お前がこんなところで、何をしている?」

重ねて問われ、政宗は身を堅くした。

「みつ…なり……」

知らぬ間に恐怖が蘇り、声が震える。
ゆっくりと近づいてくる三成に、政宗は息を呑んだ。
冷たい美貌が政宗を射抜く。
怜悧な美しさは冷たい印象を与えるが、政宗を見つめるその視線は炎のように熱かった。
じりっと後退してしまい、何時しか政宗は壁際に追い詰められていた。

「お前は、わたしのものだ、とその口で言ったはずだ。」

細い指がゆっくりと伸ばされ、政宗の頬を撫でた後、唇をなぞる。

「昨日、左近と随分と親し気だったな。」
「…っ!見ておったのか?!」

驚く政宗に、三成は良い顔をしない。

「隠しておきたかったか、左近との逢瀬は?」
「ちが…っ」

逢瀬とは程遠い。忙しい左近の手を止めさせ、厨房を貸して欲しいと頼んだだけなのだ。
こうして、今ここで、三成にきっかけを作ってやるために。
三成に差し入れ用の、奥州の甘味でも作って食べさせてやろうと思っていただけで。
決して、この場におびき出したかった訳ではなかった。
むしろ厨房のような、下働きが働くような場所に、三成が来ようとは思わなかったのだ。
だが、続けようとした言葉は、三成の唇の中に吸い込まれる。

「…っゃ……」
「だまれ」

熱い舌がゆるりと政宗の咥内に忍び込む。
息を乱すように、我が物顔で咥内を荒らす三成の舌に、政宗はただ翻弄された。
拒絶も拒否も追いつかない。
体を縛る恐怖と、三成の腕が、政宗の動きを鈍らせた。

暫く、淫猥な水音と、薪が爆ぜるパチパチとした音、時折響く衣擦れの音だけがその場を支配する。

「…ぁ……」

ようやく解放されると、政宗はずるずるとその場にしゃがみ込んでしまった。
三成との間に自らきっかけを作る、と豪語し左近と約束した手前、逃げる訳には行かないのに、体は逃げを打つ。
蹲ってしまった体を、己の膝を叱咤し、何とか立ち上がろうとするが、
腕を三成に取られて体が強張る。

「…政宗…」

それまでの硬質な声とは違い、柔らかな声に、政宗はゆるゆると視線を三成に合わせた。

「……先日は、すまなかった。…わたしは、ただ……お前が…、お前の、ことが……」
「わしの…ことが?」

政宗を見つめながら、酷く言いにくそうに、それでも何とか搾り出すように言葉を選ぶ三成。
そんな姿を見る日が来ようとは、一体誰が想像するだろうか。
恐怖も忘れ、まじまじと三成を見上げて次の言葉を待つ。
その政宗の視線に耐え切れなくなったのか、三成が政宗の腕を強く引き寄せ、その場に立たせた。

「政宗、お前の、事が……」

角度は変わっても、見上げる事には変わらない。
政宗はじっと三成を見つめ、続く言葉を待った。
すると、突然三成の腕の中に閉じ込められる。
強く、抱きしめるというよりは、体の小さい政宗に、縋るような抱擁。

「政宗、わたしはお前が好きだ。」
「!」

強く抱きしめられることによる息苦しさと、三成から飛び出した言葉に、政宗の鳶色の隻眼が見開かれた。
その視界に移るものは、三成の上質な着物。

「お前が、好きなんだ。」

再度耳元で囁かれ、政宗の脳内にその言葉が何度も何度も響く。
そして、だんだんと心臓が早鐘のように打ち始めた。
まさか、あの三成が、己を好いているなど。
左近から聞いてはいたが、本人から告げられるその言葉の破壊力は計り知れなかった。

「…な…なん……」
「おかしいか?六つも年の離れた子供の、しかも男のお前にこんな感情を抱くなど…」

ぎゅうっと抱きしめられるが、三成の言葉に政宗の眉が跳ね上がる。

「なっ!子供じゃと?!仮にも、奥州王と呼ばれるわしを子供扱いなど…」
「…すまない…どうも、こういうのは苦手なのでな…」

叱られた子供のように、しゅんと声音が落ちる三成に、政宗ははぁ、と溜息をついた。

「良い。続けよ。」
「………………」
「どうした三成、続きはないのか?」

腕の中、意地悪く告げられる言葉に、三成は渋面を作った。
政宗としてはこの程度、自分が受けた辱めに比べれば軽いものだ。
三成の腕の中、もぞもぞと動き、硬直した三成から脱出する。
ふっと息をついて呼吸を整え、政宗は三成を見上げ、しっかりと視線を合わせた。

「六つも年下の、子供のようなわしに?お前はどんな感情を持ったというのじゃ、三成?」

口角を吊り上げるその憎らしい可愛さ。
三成は軽く瞑目して、天を仰いだ。

「ああ…敵う筈もない。」

態と大きく息をつき、三成は政宗を見つめなおした。

「お前が、好きなのだ、政宗。」
「…三成…」
「どうしようもない程に、な。」
「お主らしくないな、三成。」
「笑いたければ笑えば良い。わたしの気持ちは変わらない。」

真っ直ぐな言葉と視線は、何より政宗の気持ちを揺さぶった。
気づけば体を縛る恐怖はない。
見上げる先の三成の顔。政宗の胸に去来する想い。

「…どうするつもりじゃ、そのような事を言ったとて、お前は秀吉の小姓じゃろう。」
「何が気になるのだ政宗?」
「じゃから…」
「何が言いたい?言ってみろ。」

左近と同様、否、それ以上に三成は性質が悪い。
政宗が言いたい事など、とうに見通しているはずなのに。

「わしは、奥州に戻らねばならぬ。それでも、お主と離れ難い、と
そう伝えたらお主はどうするつもりじゃ?」
「それはどういう意味だ。お前もわたしが好きだ、と。そういう事か?」
「……っ!」
「答えろ政宗。」
「いや!違うぞ!仮定の話じゃ!わしが奥州へ引き上げる時、お前はどうするつもりか聞いておる。」
「わたしの問いに答えるのが先だ。そうでなければ明確な答えは出せん。」
「なっ!!!」

三成の言葉にわなわなと政宗の唇が震える。
好きか嫌いか、どちらかは分からない。
少し前までは「嫌い」と即答していたかもしれない。
けれどあんな事があってから、何故か「嫌い」と即答できずにいた。
あれほどの恥辱を受けて、「嫌い」と答えられない事実に愕然とするが、かといって「好き」と言える程でもない。

三成を困らせるつもりで、やはりいつの間にか三成優位の状態になってしまっている。
それが悔しいが、嫌ではなかった。

唇をかみ締めて、政宗は困ったように俯いた。

「…わからぬ。少し前までは、嫌いだった。じゃが今は…そうとは言い切れぬ。」
「政宗…」
「答えたぞ!」

耳元で名を囁かれ、政宗はきりっと三成を見上げた。

「次はお前の番じゃ!どうしようも無いほどわしに惚れておるお主が、
今、わしとの事に悩み、仕事を左近に押し付けておる状態のお主が、わしと離れることが出来るのか?」
「離れる必要は、ない。」
「…は?」
「それよりも、この口はよくも憎らしい言葉を囀るものだな。」
「なに?」

再び、三成に唇を塞がれる。
あまりにも唐突に、けれど自然に施される口付けに、政宗は我知らず瞳を閉じた。

「お前の言うとおり、わたしはお前に惚れている。」
「左近に仕事も押し付けている。」
「お前が気になって、何も手につかぬ。」

口付けの合間、次々と言葉を吹き込まれ、政宗の身は震えた。
体から力が抜けて腰が砕ける。
くず折れそうになる体は三成が受け止めた。

「どうするつもりじゃ…天かける龍を留め置くことなど、出来ぬぞ…」

とろりと、口吸いの熱に中てられて艶っぽく見つめる政宗。
三成は確りとその体を抱きしめて、その耳に絶対の言葉を流し込んだ。

「わたしのものだ、と告げたのは政宗、お前だ。
だから、わたしのものになってもらう。」
「じゃから…わしは奥州から離れられぬ…」
「問題ない。わたしが奥州に輿入れする。」

真剣な、けれど莫迦々々しい言葉に、政宗は思わず声を上げて笑った。




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この後暫くして、政宗の身は自由となり奥州へと戻ることになる。
後を追うように、三成が奥州へ"検分"という名の輿入れをするとは、流石、奥州の覇者と名高い政宗も予想外だった。

「三成は、頭が良いのか悪いのか、わしには判らぬ。」
「あー…まぁ…殿はバカ殿ですからねぇ…。」

奥州・青葉城の一角、中庭を眺められる茶室で、政宗の点てた茶をすすりつつ、
左近と政宗は、庭の対角に位置する三成の執務室となった部屋を見つめる。
知らぬ間に、話題は見つめる先の部屋、篭りきりの三成のことだ。

「わしは、左近がわしの元へ来てくれて、嬉しいがな!」
「殿からの報復が怖いんで、あんまり擦り寄らないで下さいよ、政宗サン。」

父のように、兄のように慕ってくる政宗は、嫉妬深い三成の事などお構いなしに、左近にべったりだ。
首に腕を回して擦り寄ってくる政宗に、満更でない顔をしながら、左近は小さな政宗の背を撫でた。
三成には申し訳ないが、こうして執務で篭って三成が居ない間、
政宗と語らうことが、奥州へ来てからの、左近の楽しみの一つとなっていた。











ツンデレ三成とツンデレ政宗。
ツンデレ同士だと、別のカプが混在してしまいそうで、とても難しいです。
あぁ、でも三政書けて満足です♪

この後は、後日談と、『歪み』絡みの小咄(左政(三政前提))が続く予定です。