想いは深く、道を違える程に。 夢か現か分からない一夜が明けると、 政宗はいつもの通り、幸村と言葉を交わさない。 すでに召し替えも終わっており、髪には櫛が入れられていた。 山吹色の絹の組紐は、義姉である稲姫が、幸村の妻へと贈ってくれたものの一つだ。 着物や帯の事は詳しく知らない幸村は、稲姫や甲斐姫などに頼み、 女性物の着物や帯を見立ててもらっていた。 彼女達はいずれも趣味が良く、政宗の特徴を話せば、政宗に良く似合う着物を見繕ってくれた。 小物や道具も揃えてくれたのだ。 「…おはようございます。政宗殿。」 「…………」 「今日も良い天気ですね。」 「…………」 やはり、返されない返事。 幸村はもう一度、政宗の声が聞きたく、またここで欲深くなってしまった。 早速部屋に篭り、書状をしたためた。 越後の直江兼続への書状だ。上田に、遊びにこないか、と。 今まで誰にも会わせたことのない妻に会わせたいと。 早馬を飛ばして届けた書状の返事は、すぐに返ってきた。 兼続が上田城にやってくる。 もしかしたら、兼続を交えることで、政宗の声が、再び聞けるかもしれない。 幸村の自分勝手な想いは暴走し、政宗の心を乱し惑わせた。 けれど、兼続と政宗を引き会わせ、一時は最悪の状態になったが、 少しずつ、日ごと覇気を取り戻す政宗に、 やはり兼続を呼んでよかった、と思ったのだった。 それが、政宗の最期の願いとも知らずに。 兼続が辞去を申し出て、酒宴となった。 政宗手製の肴に、上田の地酒、とても楽しいひと時。 夢のようなひと時は、夢のように終わりを告げる。 ふらりとしなだれかかるような政宗は、何時に無く色香を放っており、 幸村は自制するのが大変だった。 酒に酔った政宗を何とか部屋まで連れて行き、兼続と少し呑み直す。 語るのは、懐かしい、戦場を駆け巡った日々。 そして政宗のこと。 幸村もゆるゆると思い出しながら、杯を重ねた。 兼続の言葉と、思い出す、深い緑と弓月の兜。 未だ手放せず、引き裂いてしまった箇所は密かに繕わせ、幸村の部屋に眠る、政宗の戦装束。 幸村は政宗が好きだ。 戦う姿も、屈託無く笑う笑顔も全て。 反す刀に火を噴く銃口。 銃先を向けられると気が高揚する。 嗚呼、何故敵同士なのだろう。 何故、この人は天下を、覇権を欲するのか。 考えれば考えるほど、想えば想うほど、政宗が欲しくなった。 そして強引に体を拓き、手に入れた。 女人と知ってしまったからには、もう血塗れた戦場に立って欲しくなかった。 大切に大切に、誰の目にも触れないように掌中に囲い、目の届く範囲で、幸せにしてやりたかったのだ。 戦場の埃や泥にまみれている姿より、赤く傷を作られるより。 白い肌には綺麗な柄の着物、濡れ羽色の髪には繊細な簪が似合う。 ―――何よりも。 寂しげで、物憂げな隻眼に、目に見える程の愛を、 溢れるほど注がれる愛を、見せてやりたかった。 政宗は、今まで愛に恵まれなかったのだ、と。 くのいちから話を聞き及び、その想いはさらに強くなった。 それが、政宗を縛ることになっているとは分かっても。 「幸村、わたしもそろそろ下がらせてもらおう。」 「…やはり、明日お発ちになるのですか?」 「そのつもりだ。」 席を立つ前に、幸村に断りを入れる兼続に、幸村は訊ねた。 そして、兼続の答えに、少しだけ寂しそうに洩らした。 「…政宗殿も、ようやく心を落ち着かせてくださったようなのに…」 「幸村…」 「上杉殿に、政宗殿のこと、お話なさいますか?」 「そのつもりは、ない。」 兼続の言葉に、幸村は驚きを隠せない。 曲がったことが嫌いな兼続だ。国に戻れば、政宗のことを報告するもの、とばかり思っていたのだ。 「幸村、お前のしたことは間違っていると思う。 だが、わたしには、政宗にとって、お前の側にある事が、幸せだとも思える。」 「え…?」 「お前は気づいていないかも知れないが。政宗は…」 「政宗殿が、何か?」 兼続の言葉に、いつかの夜が思い出された。 政宗が、優しく幸村の名を呼んだ、夢のような夜が。 含みを持たせた言葉に、つい期待してしまう。 馬鹿だと分かっていても。それでも、自分の都合の良い解釈をしてしまう。 「…やはり、やめよう。わたしから何かいう事は、ない。」 「兼続殿…」 「幸村、政宗のこと、頼む。」 「…分かりました。」 兼続が立ち上がり、障子を開けて出て行った。 部屋に一人残り、幸村はふっと息をついた。 「やはり、そう甘くは無い、か。」 次頁 |
兼続。政宗の味方なのか、幸村の味方なのか。 立ち位置が分からなくなってきました。 兼続の辻褄があっていない。。。 |