想いは深く、道を違える程に。 女中に部屋を片してもらう間、急に幸村を眠気が襲う。 柱に体を預けるほどに、体が重たくなる。 (…おかしい…まるであの夜のような…) 霧散しそうになる思考に、くのいちの声が聞こえた。 「幸村さま、これ、飲んでください。」 「…く……ぃち……?」 ぼんやりと瞼を上げようと思うが、上手く行かない。 暫くすると、口にサラサラとした何かが入ってきて、ひんやりとした水が流れ込んできた。 ゆっくりと飲み込む。 咽ないように、少しずつ、それでも多めの水分が、幸村の喉を濡らす。 「ごめんなさい。政宗さんが、夜眠れないって言うから… アタシが睡眠薬を調合したんです。」 まさか、幸村さまの膳に盛るなんて、 と続け、くのいちが世話しげに背を撫でる。 (そうか、もしかしたらあの夜も、こうして薬を盛られたのか…) ふっと幸村が笑い、くのいちが不思議そうな顔をする。 「幸村さま?」 おそらく、政宗は今宵、幸村の元に来るつもりだろう。 兼続について奥州に戻るための暇乞いのつもりか、はたまた幸村を討ちにくるのか…。 いずれにせよ、政宗の気持ちはもう固まってるに違いない。 思えば、政宗が元気を取り戻したのも、この時を待っていたからかも知れない。 幸村を喜ばせて、有頂天にさせ、判断を鈍らせる。 薬を盛られたことに気づかなかった。政宗が言葉を交わしてくれた、とただ子供のようにはしゃぎ、喜び。 なんと己は馬鹿だったのだろうか。 幸村は少し、体の自由が戻ると、部屋に戻るためその場から立ち上がる。 そろそろ片付けも終わり、夜具が整えられているだろう。 「幸村さま!」 「すまなかったな、くのいち。もう下がってよい。」 まだ背後から何か言葉をかけられたが、幸村は無視して障子を閉めた。 清められ、しかれた布団の上に正座をして、幸村はその時を待った。 人払いはしてある。 幸村の近くにある政宗の部屋から物音がする。 兼続と話をしているのだろうか。 幸村の胸中をどす黒い何かが吹き荒れる。 政宗がやってきたなら、どうしてくれようか。 引き倒して、あの時と同じように、泣いても叫んでも、犯すことをやめないでやろうか。 確実に子を孕む量の精を注ぎ込み、声もかれるほど喘がせて。 昏い考えに浸っていると、廊下をずかずかと歩く音がする。 薬を盛ってあると油断しているのだろうか。 普段は猫のように静かに歩く政宗の足音が、やけに大きく聞こえた。 そして、ぴたりと止まる。 幸村の部屋の前。 遠慮なく襖が開けられる。 月光を背に受け、そこに立っていたのは、陣羽織を羽織った、"伊達政宗"の姿。 「……っ………!」 それまで頭をめぐっていた想いなど、政宗の戦装束姿を見てすぐに吹き飛んだ。 (嗚呼…やはり、貴方は…囲われるだけの姫ではなかった。 龍のように、天空へと翔けて行く。 そしてわたしは、そんな貴方がこれほどまでに愛おしい。) 「ほぉ。死装束に正座とは。感心じゃな、幸村。」 「…政宗殿。お待ちしておりました。」 具足のまま、畳に上がり、幸村の側に寄る。 幸村にとっては、"死装束"と例えられた白の単衣も、只の夜着なのだが。 刀の柄に手を掛ける政宗にとっては、着物など、白ならば何でも良いのだろう。 幸村は、座したまま、政宗を見上げた。 政宗の表情は、逆光でよく見えない。が、とても悲しそうだ。 「…幸村……わしは、おぬしが好きじゃ。」 「えっ?!」 「一人で逝こうと思ぅておった。 じゃが、わしが逝った後、おぬしが違う姫を嫁に迎えると考えると、我慢がならん。」 「…政宗殿……?」 「じゃから、貴様の首、わしが貰い受ける。」 「政宗殿…」 幸村は、ただただ、政宗の名を呟くしかできない。 「なんじゃ、その呆けた面は。」 困ったように息を吐き、政宗は片膝をついた。 ゆっくりと篭手で包まれた華奢な両手で、幸村の頬を包み込み、その唇に、己の唇を当てた。 そっと、優しく幸村の唇を吸う、冷たく、気持ちの良い、柔らかい政宗のそれ。 「大人しく、その首を差し出すのじゃ。」 ゆっくりと離れ、幸村が今までに見たことが無いほどに綺麗に、 政宗が微笑む。 「…貴方の、望みは全て叶えて差し上げるお約束です。 望むものを、望むだけ。この幸村から貴方に差し上げる。」 幸村は、万感の思いを込めて、政宗の体を抱きしめた。 政宗の温もり、政宗の香り。 ようやく、幸村は手に入れた気がした。 「では、所望しよう。 貴様の命、この伊達藤次郎政宗が、未来永劫貰い受ける。」 「承知した。真田源次郎幸村、この命、未来永劫、政宗殿へ捧げる。」 政宗の温もりが離れ、幸村は瞼を閉じた。 ここで命が潰えても満足だった。 むしろ、本望だ。 「幸村。貴様の命はわしが貰う。 じゃから、この政宗の命、貴様にくれてやる。」 政宗は、鞘から銀に光る刃を引き抜き、傍にあった燭台を倒す。 ガタリと大きな音がして、幸村は反射的に瞳を開けた。 畳みに倒れたそれは、炎がゆらゆらと揺れ、次第に炎が移っていく。 「政宗殿…!」 「安心致せ。わしの供を赦すのは、幸村、お前ただ一人。 他を道連れにはせぬ。わしが…させぬ。」 あらかじめ、油でも撒いてあったのだろうか。 小さな炎はゆらゆらと大きく成長していく。 熱く焼かれる感覚。 政宗の白い肌が焼けてしまうことが酷く残念でならない。 「…政宗殿。貴方を手折り、道を違えさせてしまい、申し訳ないことをしました。 それでもこれだけは信じてください。 わたしは、貴方を愛している。狂おしいほどに。」 「分かっておる。既に貴様は狂っておった。」 苦笑する政宗。 幸村の首筋に刃を当てて、軽く引けばすっと赤が引かれた。 「そんなお前に、絆されたわしも、大概馬鹿じゃな。」 「まさむ…」 「幸村、悔しいが、貴様が愛おしい。何者にも変えられぬ。何者にもくれてはやらぬ。」 政宗はそのまま立ち上がり、刀を振りかぶる。 それを合図にしたように、幸村は瞳を閉じた。 最期に目にした政宗は、かつて見た事がないほど穏やかで、綺麗だった。 もうこれ以上、他に望むことなど無かった。 好いた相手が共に死んでくれるというのだ。 刹那、幸村を灼熱の痛みが襲う。 刃の銀色と、炎の赤、黒と、深い緑、金糸の陣羽織。 視界に広がる幸村が愛した色たち。 終 |
『コワレテシマエ』シリーズこれにて終了です。 少しでも、幸村が救われていたら良いな… 次は、超短文、政宗最期の独白。 |