想いはく、道を違える程に。





初めて見たときから、目が離せなかった。
成りは小さくとも、生まれながらの大名としての風格。
正直、ゾクリとした。

尊大な態度も、張りのある特有の声も、高笑いすら。
きっちりと着込まれた陣羽織、確りと締められた、弓月の兜の緒。
どこにもそのような要素はないのだが、幸村には感じられた政宗の艶。

気づいたら、手に入れたいと強く願っていた。
無理な方法でも、本人の了承がなくとも。
側に置いておきたい。手に入れたい。

その想いが暴走してしまった。
もっともしてはいけない方法で、政宗を穢したのだ。

力任せに陵辱するなど、人として最も恥ずべきことだ。
これではどこぞの賊や畜生と変わらない。
今こうして冷静に考えれば分かるのに、あの時は戦の雰囲気と、
土煙の埃っぽさ、血の匂いに気が高揚し、
なおかつ、政宗の視界の中に己の姿しか映っていないという事実が、
幸村の想いに拍車を掛けた。

男である幸村には、力ずくでどうこうされる、という恐怖は分からない。
いくら戦場を駆け、『独眼龍』と渾名される政宗といえど、女性であったのだ。
どれほどの恐怖を味わったことだろうか。
それは、遂に最後まで解れること無く、力任せに拓いてしまった身体が証明していた。

口を塞いでいたため、悲鳴は上がらなかったが、
くぐもった苦しそうな声と見開かれた瞳、そこから零れ落ちる涙が、何よりも雄弁に物語っていた。
幸村の胸を抉らなかったわけではない。
けれど。

(…政宗殿の身を案じる以前に、わたしは、嬉しかったのだ。)

幸村は、酷く自己嫌悪する。

政宗の目が覚めたとき、無礼討ちすら覚悟した。
しかし、政宗はそうはしなかった。
ただ無言で、幸村を見ようともせず、"幸村"という存在を拒否し続けた。
実際、それが一番堪えた訳だから、政宗の知略は成功していると言って良い。





政宗は、幸村と言葉を交わさない。
視線をかわすことすらしない。
側に居ても身を堅くして、人形のようにじっと動かなかった。

くのいちに見張らせてはいたが、政宗は、どうやら幸村が居ないところでは言葉を交わすらしい。
自業自得だ、と。そう冷静な時は思えるのだが、
話しかけても、食事をともにしても無言の政宗に苛立ちが先行してしまう。

その上、目を放せばすぐに自刃しようとする。
手に入れたいと強く願い、無理矢理にでも手に入れた政宗は、
やはり猫の子や犬の子とは違う。
無言で佇んでいたとしても、こちらを威圧し、威嚇する。本当に、龍のような力強さと気高さ。
そんな政宗の態度を見ていると、幸村も感情が爆発してしまうのだ。

自らは穏やかな性格である、と周囲から思われているし、
幸村自身もそう思っていた。
だが、対政宗だとそのような穏やかな気持ちなど、微塵も残らなかった。
激しく嵐のような感情に埋め尽くされ、後悔すると分かっているのに力任せに抱いた。

陵辱と言って良いその行為に、政宗は呻き一つもらさない。
もう涙を流すこともない。
無反応な体を抱きながら、それでも反応し、猛る自身に幸村の自己嫌悪は募ってゆく。
だからせめて。
政宗が心安らかに過ごすことができるように、幸村は城の外へ出ることが多くなった。

城の外で風に吹かれながら考えるのは、
やはり政宗のことばかり。
出かけた先で見かけた簪や、風車、政宗が好みそうな茶菓子、野に咲く花。
全て政宗のために手に入れてきてしまう。

だが、政宗が幸村の手から受け取る訳がないと分かっている分、
幸村は使用人に託すのだ。

「幸村様。お手ずからお渡しなされば良いのではないですか?
きっと愛様も、その方が喜ばれますよ。」
「いや、そなたから渡してやって欲しい。」

女中の言葉に、何気なく返しながら、幸村は歯噛みする。
政宗が喜んでくれるのならば、何だってする。
能面のような政宗の顔が見たくて、連れてきたのではなかった。
こぼれるような笑顔や、意気高な態度、政宗であればどれでも、幸村の心を揺さぶるものなのに。

もう、幸村の前にそれらが現れることは無いのだ。





その日は、殊更冷える日だった。
一日城の外に出ていた幸村の体は芯から冷え切っていて、
政宗と食事をともにした時、少々の酒を口にした。

相変らず政宗は無言であったが、それでも来た当初に比べ、食べ物を口にするようになっただけましだ。
連れてきた当初は餓死する気かと思うほどに、食事に手をつけなかった。
否、食べても体が受け付けずに、吐いてしまうのだ。
懇願し、宥めて、賺して、白湯から始めてようやく粥を食べてもらえるようになるのに、一体どれほど時間がかかったか。
殿医の話では、心労がたたって臓腑が弱っている、との事だった。

ふと、幸村は思い返してしまい、苦い気分になる。
手にしていた杯の酒を一気に煽って、膳に箸をつけた。
目の前の、野菜の煮付けを口に運ぶ。

「…うまい…」
「…そうか。」
「えっ?」

ふと顔を上げる。
わずかに政宗が微笑んだ気がしたが、一瞬の事で分からなかった。
絡んだかと思った視線は、絡んでないようにも思える。

ただ、いつもの煮付けと味が違ったのだ。
野菜の甘みがとても良く出ていて、薄味なのに、深い。
気づいたら、自然と「うまい」と口に出ていた。

そして、幻聴とも思える政宗の声に、幸村はまさか、と思い至る。

「この煮つけ、政宗殿が作ってくださったのですか?」
「……………」

この問いに、答える政宗ではなかったが、なんとなく、頬が赤い気もする。
気のせいかも知れない。
それでも良かった。目頭が熱くなる。鼻の奥がツンと痛む。

「……ありがと…ぅ……ございます…」

丁寧に礼を述べて、野菜の煮付けの味を堪能した。



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コワレテシマエの幸村視点。
コワレテシマエの裏。幸村救済話です。

これまた、無駄に長いのです。
お付き合いくださると嬉しいです。