コワレテシマエ 序





壊れてしまえば良い。何もかも。
綺麗で真っ白なあなたも、政治に長けたあなたも。
そのどちらも。





「…っや…止めよ…幸村っ!」
「止めませぬ。」
「嫌じゃっ!止せ…!!」
「少し、黙られよ。」

豊臣の背後を突く形で、政宗自身が奇襲に出た。
一箇所、二箇所と詰め所を落とし、策は順調に進んでいるはずだった。
だが、突然、政宗の前に真田幸村が現れたのだ。

丁度良い、とばかりに政宗は幸村を迎え討ったが、くのいちから後方攻撃を受け、
身をかわした瞬間、幸村に足元を払われてその場に倒れてしまった。
すばやく体を起こそうとした所で、幸村から体重を掛けられ、具足を取り払われた。
一体何を、と考えて乱暴に兜を取られ気づいた。

(この男…わしを陵辱する気か…!)

この戦の世では敗戦の将は首を取られるか、
余程有能な将であれば、帰順を促されるか、
または、慰みモノとして扱われ、殺されるか、
いずれにしても、政宗にとって喜ばしいものではない。

しかも、通常はまず捕縛され、戦が終わった後に処断されるはずが。
何を思ったか幸村はこの戦の最中に政宗の着物に手をかけている。
このような野外で、その上戦の最中に慰み物にされるなど、考えが及ばない。
それに、政宗には慰み物にされる訳にはいかない理由がある。

(黙れ、だと?これが…黙らずにおれる状況だと思うのかっ!)

政宗は渾身の力で幸村を押すが、本気の男に敵わなかった。
せめて腰の銃に手が届けばよかったのだが、腕は幸村の片手で押えられてしまっている。
己の非力さに悔し涙を飲む。

「それで抵抗しておられるつもりですか?随分と、か弱い方ですね、政宗殿は。」
「侮辱しておるのか、お前はっ!」
「武将たるもの、日々鍛錬を欠かしてはなりません。」
「そんなこと、分かっておるわ、馬鹿め!」

いよいよ、幸村の手が着物にかかる。
政宗は非常に焦った。これ以上はもう本当に無理だ。

「頼む…後生じゃ!本当に…止めっ」
「できません。わたしは、この時をずっと待っていた。」

幸村の予想外の言葉に、政宗は反射的に問い返してしまう。

「待っていた…?」
「初めて戦場であなたを見てから、ずっと、あなたをお慕いしておりました。」
「……慕う…?」

はい、と続け、幸村はゆっくりと政宗の髪を梳いた。
櫛は入れられているのか、さらさらと指の間を通り抜けた。
戦場を駆け、幾分ほこりと汗で手触りは悪くなっているだろうが、それでも十分に綺麗な髪だった。
ざんばらに切られているのが残念に思われる。
長く伸ばせば、流れる滝のように、さぞや綺麗なことだろう。

不思議そうに見上げてくる政宗に、幸村は鼓動が高鳴るのを感じた。

「ずっと手に入れたかったのです。あなたを。」
「冗談は止せ!今すぐこの行為を止めよ!」
「出来ない、と言っております。
今あなたを解放して、次に何時機会が来るとも知れない。」
「馬鹿め!や…嫌じゃ!!」

力一杯抵抗するが、状況は変わらず、意味を成さない。
幸村に軽くあしらわれて終わってしまう。
袴の紐を解かれ、足に幸村の節くれだった手が触れた。

「っ!!!!」

辛うじて、悲鳴を上げなかったのは政宗の矜持の賜物。
撫で回される足に、鳥肌が立つ。
内股、膝へと手が這い、膝裏に添えられたかと思えば、容赦なく足を開かされる。
幸村の足でその体勢を固定されると、今度は襟から胸へと手が入れられた。
瞬間、政宗の顔色も、幸村の顔色も変わった。

「嫌じゃっ!!触れるなっ!」
「政宗…どの…?」

肌に触れた幸村の表情が、驚愕に見開かれる。
政宗の肌は手に吸い付くように滑らかで、それだけでも驚きだったのだが。
本来、あるはずの無い膨らみがあるこの胸は…。

「政宗殿…あなたは…おなご、だったのですか…?」
「……っ……だったら、なんだというのじゃ…」

ぎりぎりと唇と噛み、涙の滲む目で射殺さんばかりに幸村を睨みつける政宗。
今の姿と相俟って、幸村を煽る材料にしかなりはしなかったが。
幸村の表情が、ひどく面白そうに歪む。

「おなごであれば、なおさら好都合です。」
「貴様…っ…」

幸村の指が政宗の頬を撫でた。

「あなたを孕ませてしまえば、あなたをわたしのものにできる。」
「…貴様!この下衆がっ!!」

政宗は思い切り唾を吐き、幸村の顔を汚す。
一国を統べる大名が、しかも、おなごがするような行いではない。
けれど、幸村は気にする風でもなく、むしろ面白そうに笑む。

「どうにも、あなたは華奢な方だと思っておりました。
人一倍、具足も着込んでおりますし。ですが、これでようやく得心がいきました。
女子である体を隠しておられた、そうですね?」

怯まず語る幸村に心底嫌そうな顔をする政宗。
重大な秘密を知られてしまった。
その上、これから陵辱されようとしている。
表情からして幸村は本気だろう。本気で政宗を陵辱する。

残された道は一つだった。

(舌を噛んで、果てるまでじゃ。)

幸村を睨みつけたまま、気づかれないようにゆっくりと舌に歯を当てる。
世を儚むつもりは無いが、目の前の幸村が弟・小次郎に重なって見えた。
小次郎をこの手にかけたあの時も、こうして小次郎は雄の目で政宗を見ていた。

(おなごである事は、こうもわしに不遇を生む…)

ふと気が逸れたのが不味かった。
一瞬遅れて気づいた幸村が、慌てて政宗の頬を掴み、口に己の鉢巻きをねじ込んだ。

「矜持の高い貴方に、自害されては困ります。」
「っ…むっ…ぅぐっ…!!」

しまったと思うには遅い。
これで、政宗に残された最後の道も断たれた。

「あなたをようやく手に入れられる。しかも、わたしの妻として。」
(冗談ではないわ!奥州の王が、たかだか一豪族になぞ…!)

乳房を這う手が気持ち悪い。
鉢巻きのせいで口を吸われることはないが、頬に、額に寄せられる唇が気持ち悪い。
良いようにされている状況に、自逝の句すら思い浮かばなかった。

熱心に肌を這い回る手、野外であるにも拘わらず、着物を剥ぐ幸村。
周囲には累々と、戦で息絶えた足軽たちの屍が無造作に転がっている。
その中には、政宗が手に掛けた者達もいるはずだ。

全てが気持ち悪かった。

幸村は何とか体を解そうとして、熱心に愛撫を施しているのだろうが、
女の体はそう簡単に出来ているものではない。
愛の無い行為に感じることはないし、そもそもこれが初めての政宗にとっては
恐怖と、屈辱の行為でしかない。

舌が首筋を、乳房の中央にある果実を、なだらかな下腹を舐め上げる。
外気に触れ政宗の体がふるり、と震えた。

(気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い!
何故わしは生きておる…何故わしはこのような辱めを…っ)

悔しさにこぼれる涙。
幸村は…男は気づいているのだろうか。
女が…特に政宗がこの苦行のような行為を好いているわけではない事を。



もとから女として育てられてたのであれば、
諦めもついたかもしれない。
伊達家の当主ではなく、婿をもらう姫として、あるいは家の繁栄のため、
身も知らぬ男の下へ嫁ぐ姫として育てられたのであれば。
けれども、政宗の一生は、わずか五歳の時に変わってしまったのだ。

五歳の時の病が原因で、右目を奪われた。
それが切欠で母からは醜女として嫌われ、嫁ぎ先も婿も来ない、と罵られた。
幸い、弟が居たため、伊達家が絶える事は無いのだが、母の執拗で陰湿な小言に対し、
父だけが政宗を理解し、政宗に道を残した。
本来であれば、弟・小次郎が継ぐべきであろう家督を、政宗に継がせるため。

伊達家当主としての道を。

それは、男として育てられる事を意味したが、
それでも敬愛する父の期待にこたえられるのであれば、政宗は構わなかった。
これまでの"愛"という名を捨て、新たに"藤次郎・政宗"と名をもらい、
男として、伊達家当主として生きてきた。
それなのに。

戦で命を落とすでもなく、自害もできず。
一豪族である真田幸村に散らされ、妻になれ、と。
政宗はこの屈辱的な行為が早く終わることを望み、早々に意識を手放すことにした。
次に意識が戻るときは、政宗が真に人生を終わらすことが出来る時と信じて。



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幸村 → 政宗(♀)
これは、立派な犯罪デスよ、幸村…orz