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「ただいま」
「お帰り烈くん。ご飯準備できるけど…食べる?」
「食べてきたからいいや。遅くなっちゃってごめん。先に寝てよかったのに。」
時刻は25時半。終電ギリギリで帰って来た烈に咲は首を横に振った。
「うん…。頑張ってる烈くんに申し訳ないと思って。」
「そっか。とりあえず、風呂に入って寝ようか。明日も早いし。」
「うん。温まってるから入ってきて。」
ネクタイ、スーツを受け取ってハンガーにかけると、咲は烈にパジャマと下着を手渡した。
「ありがとう」
いつもと変わらない夫。けれど、今週に入って2回目の『トラブル』
最近仕事のトラブルが多いんじゃない?とさりげなく聞いてみても、烈からは曖昧な返事しか返ってこない。
プロジェクトや職場が変わればそういう事も起こるだろうが、
烈は今のプロジェクトに長く参画している。トラブルは減るはずなのだが。
やはり、咲の頭には考えたくない現実が頭をよぎる。

烈が風呂に入ったのか、水音が寝室にまで聞こえてきた。
ふと、ベッドサイドを見ると、烈の携帯電話が置かれていた。
いけない事、とわかってはいても、咲はその行動を止めることが出来なかった。
気づけば烈の携帯電話を開き、着信の履歴を辿ってしまっていた。

「なに…コレ…」

咲以外からは豪の名しかない着信履歴。
しかも遅くなると連絡のあった日が多い。
衝撃に罪悪感など忘れてメールの受信履歴も確認してしまう。
そこにも並ぶ豪の文字に、咲は信じられない、と口元を手で覆った。
そして、異常に多い豪のメールの中から今日の…時刻が回ったので正確には昨日だが―メールを
開いてしまった。

「嘘…こんなことって………」

信じられない、と咲は思った。
信じろという方が無理だ。
烈から遅くなる、と連絡のあった日はことごとく豪から呼び出しが掛かっていた。
先日、豪も相談事がある、と言っていたから始めは履歴に豪の名前しかない事に安心していたのだが。
簡潔なメール本文。時間と場所。そして最後に『愛してる』の一言。
始めは、浮気の偽装のために『星場豪』の名前を借りているのかとも勘繰った。
その方が自然だし、納得もできたのに。
しかし、履歴に表示される『豪』の電話番号もメールアドレスも、咲も知っている星場豪その人のものだった。

「一体何が起こっているの…?」

何件も何十件も、時刻と場所のメールを確認する。
一言添えられる『愛してる』の文字に、咲の心は動揺した。
胸がドキドキと鼓動を早める。携帯電話を持つ手は震え、鼻の奥がツンとわずかな痛みを訴える。
烈は、浮気をしている。
ただの浮気ならばまだ良かったのに…。一体どうしてこんなことになっているのか。
履歴を確認する限り、豪から一方的に連絡が来ているだけのようで、烈からは一切行っていない。
それが、烈には妻子が居るからなのかそれとも豪の一方的な思いに兄弟思いの烈が付き合っているのかは分からなかったが。
咲にはこれが『浮気』や『不倫』と呼ばれるものなのかどうかも判別がつかなかった。
確かに豪からのメールには『愛してる』の文言が踊っているが、
男同士で、しかも兄弟で。恋愛関係になるだろうか。
少なくとも咲の常識で量れる範囲にはそんな関係は存在しない。

震える手で咲は携帯電話をあったとおりにベッドサイドに戻す。
未だ信じられないショックに咲は頭を冷やそう、と台所に立った。
冷蔵庫を開けて冷やしておいたお茶をグラスに注ぐ。
一気に飲み干した後、もう一杯グラスに注いでゆっくり一口嚥下した。
「僕にもちょうだい」
不意に背後からかけられた声に、咲はビクリと肩を揺らした。
「あ…ビックリした…。」
「?どうした?ボーっとして。」
赤いチェックのパジャマを着た烈が咲に近づき、グラスを受け取る。
「烈くん…?」
「なに?」
ごくごくとお茶を飲み下す烈に問いかけ、咲は何を聞くつもりか?と自分自身に問い首を振った。
「なんでもない…」
「もうそろそろ寝よっか?」
「そうね…そう…しよう…」
ぐるぐるとめぐる思考に咲は疲れたようにため息をついて、ベッドに入ることにした。
烈とふたりベッドにもぐり、いつものように烈と寄り添って眠る。
けれど、先ほどのメールの数々が咲の頭についてはなれず、なかなか寝付くことができなかった。
真実が知りたい。けれど真実を知って自分がどうしたいのか、咲には分からずにいた。
普通の浮気や不倫ではないのだ。
相手が女だったらまだ簡単だったのに、と咲は思った。










ケータイを確認してしまった日から、
烈との間にわずかに距離をとるようになってしまった咲。
ダメだ、とは思いつつもどうしても豪との関係を問い正してしまいたくなる。
烈もやましい事があるのか咲の態度をいぶかしみながらも、特に指摘するようなことは無かった。
咲の頭の中はここ最近、いつも同じ事を考え、堂々巡りを繰り返していた。
もし。烈が不倫していたとして自分はどうしたいのか。
その不倫の相手が豪だったら、自分はどうするのか。

ひとつ目の問いについては、海もいることだし咲自身が烈を愛しているから、
出来ることなら不倫の関係を今すぐ解消して欲しい。
自分に対し不満があるというのなら、まずは話し合いをしたい、と咲は考えている。
相手の連絡先が分かるなら、自分から相手に烈との関係は無かった事にしてもらう、という事も考えた。
しかし、相手はおそらく、豪だ。
夫婦よりもつながりの深い兄弟というつながりを、咲に打ち切ることができるとは到底思えなかった。
烈も豪も極度のブラコンだ。
今思えば、ブラコンが行過ぎた上の関係なのだろうか。
不思議と気持ち悪さは湧かないが、ショックである事に変わりはない。

咲は思う。
烈が浮気しているのではなかろうか、と疑いながらも真実を知らず過ごしていた方が幸せだったのか、
それとも烈の浮気の相手が豪だと知り、そこから烈を手元に引き戻すために考えをめぐらせるのが良かったのか。
疑惑に潰されそうになりながら夜を過ごすよりも今の方がいいかも知れない。
が、烈の帰りを待つたびに今日も豪の元に行くのだろうか、と思うと言いようのない嫉妬心が胸中を渦巻く。
いっそ全てが夢ならいいのに、と思っても現実はそんなに甘くない。
烈を問い詰めても良いが、このギリギリの均衡を破ってしまう事は咲には出来なかった。
決着をつけるための勇気が足りないのだ。









数週間が過ぎ、再び豪が烈の元を訪れた。
「今日は『金色堂』の草もちと練りきり。…って咲さんどうしたの?」
玄関のチャイムが鳴り、ほどなくして豪がリビングに現れると、咲の顔からざっと血の気が引いた。
豪と烈の関係を知ってしまってからはじめて会う。
咲はぎこちなく笑いながら豪から手土産を受け取った。
「あ…りがとう…」
「どしたん?顔色悪いけど、大丈夫?」
ええ…と返事をして台所に引っ込む。
かたかたと震える手を必死で押し込めて、咲は食器棚から茶器を取り出す。
「あれー?兄貴と海は?」
『兄貴』の言葉にギクリ、としながら咲は平静を装って返した。
「今お買い物に行ってくれてるの。薬局まで買出しに。」
「そっか。んじゃ、あんまり遅くならねーよな。」
「えぇ。」
煎茶の茶壷から急須に茶葉を適量取り出し、湯のみを温めるために入れておいたお湯を注ぐ。
「豪くん、最近調子は?」
「ん?まぁまぁかなー」
「…彼女…は……?できた?」
「いや。相変わらず独り身ー」
マガジンラックに片付けられた雑誌を適当に取り出してぺらぺらとめくりながら答える豪に、
咲は意を決したように問いかけた。
「豪くんは、結婚しないの?」
一呼吸置いて、豪は咲を振り返った。
「結婚したい、って思った人と結婚できねーんだ、俺。」
「それはどういう意味で?」
「どういうって…?」
「豪くんが好きな人は、もう結婚しちゃってる、とか。」
自然を装いながら、でもしっかりと豪の瞳を見据えて声が震えないように聞いた。
「相手が結婚してても、俺がその気なら別れさせるよ?」
咲の視線を受けてもまっすぐ逃げず、豪は笑顔で答えた。
そしてすぐに寂し気な表情をすると小さく続けた。
「けど、もっと根本的なモンで結婚できないんだ。
どれだけ想いあっても、一緒に居られないって正直すっげー辛い。」
その言葉に咲の胸は締め付けられると同時に、胃の奥が捕まれるような感覚に陥った。
どれだけ想いあっても、という言葉は、まるで烈も豪の事を想っているようで咲の神経を逆撫でした。
少なくとも、烈も咲もお互いを好いて結婚し、海が生まれたのだ。
今の一言は烈と咲の二人を否定したことになる。
「豪くん…烈くんと、結婚したい?」
怒りに身を任せる、というのはこういうことだろうかと咲は冷静な部分で自らを評価した。
投げかけられた言葉に豪は一瞬きょとんとした顔をしたが、
その後意味ありげに笑った後、否定することなく答えた。
「したいね。できるもんなら。誰よりも愛してるから。」
「でも、烈くんは私の旦那だわ。」
「…いつ、気がついたの?烈兄貴が不倫してるんじゃないかって疑ったって相手が俺だっていうのは
まず気づかないんじゃない?」
豪は咲の言葉には反応しなかった。
「俺さ、正直結婚とかどうでも良いんだ。でも兄貴とずっと一緒に居られるなら、結婚したい。
ま、俺達じゃもともと無理なんだけどさ。
だから、女ってだけで兄貴と結婚してガキまで作ってるアンタが正直ムカつく。」
笑顔のまま、豪はリビングのソファに腰をかけた。
「で?烈兄貴の奥さんとしては、どうしたいわけ?
言っておくけど、俺兄貴を手放す気はねーよ。今まで独占してきたのはそっちだろ?」
ぐっと言葉につまり、咲は拳を握り締めた。
「烈くんは、なんて言ってるの?豪くんが烈くんに関係を強要してるんじゃないの?」
「するわけねーじゃん。俺と兄貴の付き合いはアンタよりずっと長い。
強要することなんて何もない。」
烈の言葉を告げず、豪は続けた。今ここで咲に『烈にとっては咲と海が一番』と伝えることは、
豪にとってとても分が悪くなることだ。
「じゃあ…烈くんも…愛してるの…ね…」
「そうでなかったら、男兄弟でこんな関係続けると思う?」
「そう…。当然、ね…。でも、私も烈くんを手放す気は無いの。
どれだけ嫌がろうと、私達は夫婦で、子供(カイ)も居る。あなたが入る隙間は無いわ。」
「俺は兄貴を諦めない。兄貴が応じる限り、ずっと俺は兄貴を呼び出す。」

そう、豪の瞳の強さからどれだけ強く烈を思っているか、咲には分かってしまう。
咲も烈を愛しているから。
咲よりもずっと長い時間を一緒に過ごしてきた二人に、『諦めろ』と言いたい気持ちは山々でも、
どれだけ言っても聞き入れてもらえない、という思いもあった。
それに、咲が豪の立場だったとしたら確かに同じように考えるかもしれない。
男兄弟で愛し合うことは異常だが、愛してしまったものは仕方ない。
しかも、その気持ちは一方通行ではないのだ。
咲と烈が好きあって結婚したのは事実だ。咲はソレを断言できる。
けれど、烈と豪がお互いを思いあっているのも事実だろう。
そうでなければ関係などもてないのではないか、と咲は思う。
だから、精一杯の譲歩をしようと咲は決めた。

「豪くんの気持ち、私にも分からない訳じゃない。
今までずっと一緒だったんだもの。そう簡単に諦めきれないと思うの。
烈くんもその気持ちを断ち切れなかったから、こうなってるんだと思うし。」
男ってこういうときに優柔不断で莫迦だ、と思った。
「考察どうも。」
挑戦的に微笑む豪に、咲は憎らしさを覚えたが、構わずに続けた。
いつまでも水掛け論をしている暇はない。
烈も海もそろそろ帰ってくるだろう。このタイミングで豪がやってきたのはある意味気持ちのケジメにもなって
良いかもしれない、と咲は考えることにした。
「…だから、シェアしましょう。烈くんを。」
「シェア?」
「私も烈くんを愛してる。豪くんも烈くんを愛してる。
けど、卑怯な事に烈くんはどちらも選べない。それなら。」
言葉を区切って咲は続けた。











「私と豪くん、二人でシェアするの。」










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ようやくここまで来ました。
次辺りプロローグで終わりたいと思います。

けど、不倫って不毛ですよねー。
なんで不倫なんてするんだろう、って思ったりもするけど、
きっと不倫してしまう何かが、お互いにあるんでしょうなぁ。
理解したくもないですし、理解する日がこないことを祈っていますが。

いろいろ書いておいてなんですが、雲はやっぱり不倫は好きではありません。
お互いが不幸になるんだから、スタート時点から踏ん張ろうよ、というのが雲の持論。