多分、咲は不倫に気づいていると思う。 莫迦な女ではないし、週に何度も帰りが遅くなるという状況を疑わないという事は よっぽど純粋培養されているか、何も考えていないかのどちらかだ。 不倫をしていると気づいていても、咲は烈を問い詰めたりはしない。 帰りは遅くなるのか?と朝尋ねられ、遅くなると答えれば夜は待つことなく先に寝ているし、 今日は早く帰れそうだ、と答えれば嬉しそうに夕飯の支度をして待っている。 そんな咲の姿を見てますます罪悪感が募るが、烈にはどうしようも出来なかった。 咲に甘えて豪との関係に身を委ねてしまっているし、 逆に問い詰められたとしてももう豪との関係を断ち切ることは出来ないのではないか、と考えていた。 「つくづく、僕ってズルい人間だ…」 「何か言った、烈兄貴?」 「…なんでもないよ…」 自嘲気味に微笑み、烈は豪に体を預けた。 豪の大きくて骨ばった手が体中を這い回る。 豪の手だと思うだけで感じてしまう自分を、烈は他人事のように感じていた。 関係を持ちかけたのは自分。 それに乗ったのは烈。 たとえ、過去の二人の関係を咲にバラす、と脅したところで本気で烈が拒めば今の関係は無かった。 本当は烈のそっけない態度からもひしひしと感じていた自分への執着。 表面はどれだけ取り繕っても豪には分かる。 確かに、烈の言うとおり今は咲と海を守ることが一番なのかもしれない。 でもそれと同じくらい、自分を想っている、と感じることができる。 もっと早くに気づいて烈を雁字搦めにしてしまえば、咲とも結婚せず海も生まれなかったかもしれない。 現実に"たら"、"れば"は無いと分かってはいても、自分の莫迦さ加減を豪は呪った。 表面上の拒絶など意味はなく、烈の不安を理解してその場で取り除いていれば… それこそ殴られても蹴られても、烈を抱いて自分がどれだけ愛しているか、 烈なしでは生きている価値が半減するか思い知らせてやればよかった、と後悔していた。 どれだけ後悔しても足りないが、今烈は豪の側にいる。 それだけでもこの5年が報われるような気がした。 四六時中一緒、というわけにはいかないが月に2回、多いときは毎週時間を取ってくれる。 咲との約束もあるため、月に4回以上は烈と会うことは出来ないが、 それでも豪にとっては十分だった。 体を繋げたいだけじゃない。けれど、体を繋いでいる間は烈が素直に豪のものになってくれる。 意地っ張りな烈を理解してはいるがやはり素直な方が良い。 首筋に、胸に手を這わせれば、烈の体がくねる。 キスをして鎖骨や耳に舌を這わせれば甘い声が漏れる。 豪は反応を楽しみながら、いつものように囁く。 「烈兄貴……愛してる………」 愛してる。 それは、真実。 恨んでる。 これも、真実。 けれどまだ愛の方が大きい。だからこの異常な状態を甘んじて受け入れている。 今頃夫は実弟の腕の中で嬌声を上げているのだろうか。 そんな考えがふと浮かび、すぐに打ち消した。 不倫相手との事など、たとえ相手が女だったとしても考えたくない。 我ながら良く豪と烈の関係を承諾したものだ、と思う。 自分が豪の立場だったとき、豪と同じ事を考えると咲は思った。 自分と豪は似ている。烈が欲しくて欲しくて仕方ないのだ。 たとえそれが"共有"という形であっても。 この関係が、烈の優柔不断な行動から出た結果であっても。 烈は、決して家庭をないがしろにしない。 自分も海も慈しみ大切にしてくれる。 だからまだ許容できるのかもしれない。今はまだ烈の愛を信じていられる。 咲は自分の腹にそっと手をあてた。 今、このおなかの中には烈との第二子が鼓動を刻んでいる。 豪と烈をシェアするようになってから授かった子供。 豪と関係を続けながらも、烈が咲も愛していると想ってくれている証拠。 「烈くんは私も愛してくれてる。…だから、少しだけ、豪君にも分けてあげる。」 烈は酷いことをしている、と咲自身良く分かっている。 烈が豪か、自分かを決めてくれたらこんな思いはしなくて済んだかも知れないのに、と思う。 本当は苦しくて悲しくて胸が苦しいが、豪も同じ想いをしている、と思えば 耐えることができる。 豪の言うとおり、自分には形を遺すことができるから。 子供、という形で烈との愛の形を。 もうすぐ烈が帰って来る。 自分が眠っていると思っているのだろうが、 帰宅した烈が優しく咲の髪に触れ、おでこから頬にかけて撫でるのを知っている。 豪と会ってきた後だとしても、それが嬉しい。 メヴィウスの輪の中に三人。 烈が決断をすればメヴィウスは崩壊する。 そんな危うい、分かりやすい関係の中に三人はいる。 豪も咲も愛している。 豪だって口では嫌いだのムカつくだの言っているが、本心は咲も海も大切に想っている。 咲も同じで、烈も豪も大切に思ってくれている。 だから、選べない。 二人に甘えてしまう自分の弱さを、烈は呪った。 「もし、僕の立場だったら……決断できる?」 |
インモラル終了ーーーー! エピローグは3人からの視点で書いてみました。 なんだか最終的に烈が悪い者っぽい。 今回は黒烈って事でいかがですかね。ダメですかね。 次はポップでキッチュな豪の押し相撲的なお話にしたいです。 『even if』の告白→説得編、みたいな。 ところで、雲が書き散らかしている小説もどきは微妙に繋がっていたり、 繋がっていなかったりするので、今度整理してみたいと思います。 続きもの、と今回のように単発ものと。 |