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慕情 眠たそうな、気だるげな太陽が西に沈んでゆく。 その茜の光を受けて、全てが朱く染まる教室に、シュタインは居た。 窓辺に彼お気に入りのキャスター付きのイスを寄せて、その背を抱着込むように座る。 咥えたタバコを肺に吸い込めば、キツいニコチンの香りが鼻に抜ける。 窓から眼下を見下ろすと、三々五々帰途に着く生徒達。 その中でもシュタインの目を引くのは、闇色の髪の毛に白い半円のラインを三本描く独特の頭。 今では年頃の友達も増えているようだが、少し前まで彼の世界には大人しか居なかった。 彼自身は覚えても居ないだろうが、シュタインもその中に居た。 ――彼、デス・ザ・キッド。 死神様の息子として、幼少の頃は魔女達に命を狙われ、彼が彼自身の身を守れるようになるまでは、 大人たちに秘匿されていた存在。 キッドは忘れてしまっているだろうが、彼がまだ充分に小さい頃はシュタインも護衛兼、教育係として暫く共に過ごした。 シュタインが扱うメスや針など、医療器具にも解剖道具にも興味津々で、「あれはなに?」「これは何につかうの?」と 舌足らずな言葉で懸命に質問していた幼子。 当初、正直なところ面倒だと思っていたシュタインだったが、 『死神』に似つかわしくないかわいらしい笑顔や仕草に絆されて、ついつい可愛がってしまった。 否、可愛がっていけない訳ではないから、いけない事をしたつもりは毛頭ないのだが。 タバコの煙をふっと吹き出すと、ふと、シュタインは思い出した。 そういえば、いつものように解剖を始めようとしていた時だった。 珍しい兎がいるから、と言われ興味を持った。 解剖して隅々まで検分しようと準備をしていた時、キッドが現れた。 ケージから出した兎とシュタインを交互に見て、少し眉を顰めた。 「そのうさぎ、どうするんだ?」 「…解剖するんですよ。」 「ころすのか?」 「まぁ端的に言えばそうなりますねぇ。」 まだほんの小さな子に、殺すことと解剖の違いを教えるのは難しい。 結果は変わらないと判断し、のんびりと答えると、キッドの黄金の双眸がゆるりと揺れた。 小さな手をぎゅっと握り締めて、何かに耐えるようにシュタインを見上げる。 その姿を見て、シュタインは胸によぎったことをそのまま口に出してしまった。 「…いつかは、あなたも解剖したいなぁ…」 しまった、と思った時にはもう遅い。 キッドの表情が驚愕と恐怖に慄いてしまっている。 「あ、いえ、今のは言葉のあやで…」 "言葉のあや"などキッドに分かるはずもないだろう、と冷静に思うのだが、 なぜか慌ててしまっていつも通り冷静に対処できないでいる自分自身に舌打ちしたい気分だった。 「…かいぼう…は痛い…だろうな…」 きゅっと眼に力をこめて、キッドは泣かないように頑張っているようだった。 解剖自体、麻酔をかけて行うし、必要であれば殺してしまってから行うから、痛みは感じないという回答が正解なのだけど。 「…いたくしない…なら、かいぼうしても良い。」 「…え?」 キッドから発せられた言葉が良く理解できずに、シュタインは眼鏡の奥で瞬いた。 「だから、いたくないなら、オレをかいぼうして、ころしてもいい。」 でも、兎は解剖するな、と続けてキッドはシュタインの足に縋りついてきた。 「うさぎは、生きたいかもしれない。 それを、かってにころすのは、よくない。」 シュタインは瞠目した。 正直、いくら死神様の息子とは言え、幼子だと思って侮っていた。 しかし、足に縋りつくこの子は、幼いなりにも死神で。 理解してないながらも、どこか、本能で彼なりの『生と死』についての不文律を築いているらしい。 頭で考えるより先に、体が動いていた。 抱いていた兎の変わりに、キッドを抱き上げる。 解剖される、と思ったのだろう。 キッドは抱き上げられた瞬間、びくりと体を固くしたが、すぐにシュタインに身を任せてきた。 「すみませんでした。解剖は、もう止めます。」 「…ころさないのか?」 「えぇ。あなたの言う事も、もっともだと、思ったから。」 シュタインは、幼子独特のふっくらした頬にそっと口付けた。 安堵の表情を浮かべるその笑顔を、多分一生忘れないだろうとシュタインは思った。 校庭を見つめ、仲間と戯れながら帰るキッドを目で追う。 「そんなこと、覚えてもいないんでしょうけどね、君は…。」 ふっと、咥えたままで忘れていたタバコの存在を思い出す。 気づけばフィルター部分まで灰となってしまっていた。 あの時キッドを抱き上げた瞬間の感情を、シュタインはそれまで知らなかった。 スピリットが愛娘のマカを想う気持ちもあんな感じなのだろうか。 自分がキッドに感じた感情とは少し違う気もしているが。 なんのかんのとあれ以来、本当に解剖していない自分にも笑ってしまう。 「いつか、解剖させてください。あなたの心ごと。」 遠ざかる姿を見送って、シュタインも教室を出た。 |