さだま○し


「かわいいかわいいキッド君は、貴様にくれてやる。
かわりにそのムカつく面殴らせろ!」

今のファンキーなお面ではなく、800年前のイカツイお面で登場した死神様は、突然ドスの効いた声でソウルに詰め寄った。

「…えっ?」

もちろん、驚いたのはソウルの方で、いきなり現れた死神様が、キッドをくれると大層嬉しいことを言ってくれた。
が。
その面殴らせろ、とも言われなかったか?とこの一瞬で起こった出来事を、脳内で処理しようとフル回転で考えを巡らせていた。

場所はソウルの部屋。
夕食も食べ終わり、風呂に入るまでの間雑誌でも読んで寛いでいたところだった。
そこへ急に死神様が現れたかと思いきや、かなりイカツイ表情で、イカツイ内容の宣言をされたのだ。

「えぇと…話が見えないんスけど…」

頬をかきながら告げるソウルに、イカツイ死神様は既に臨戦態勢。

「貴様…っ!キッド君の唇を奪っておいて、シラを切る気か?! 薄汚い魔鎌野郎がっ!!」

イカツイ死神様は正直恐い。
そう大して、声量が大きいわけでもないのに、窓枠やら壁やらがビリビリと振動している。
窓ガラスが割れるのではないか、と思えるほどに。

「や…あの…それは…」

確かに、ソウルは今日ようやくキッドとキスをした。
付き合ってから3ヶ月、実に長い道のりだった。
これから先の事を思えばどれだけスローペースなんだとツッコミたい所だが、何せ相手は子供とは言え死神様。
一武器であるソウルが力で敵うはずなど無く、実力行使も出来ずにずるずると来ているのだ。

理性も我慢も限界、という状況でのキスはそれはもう嬉しかった。

「何をニヤニヤしとるか、エロ魔鎌が!」

ずびし、っと死神チョップを受けてソウルは我に返った。
さてどう弁明したものか、内心冷や汗を流しつつ、ただただ死神様の前で唸るだけだったソウルの目の前に、鮮やかに飛び出す黒い影。

そう。鮮やかに。窓ガラスを割って。
ベルゼブブで文字通り『飛んできた』ソウルの恋人、キッドだ。

「何やってるんですか父上っ!!ソウルに迷惑が掛かるようなことはやめてください!」
「だってキッド君!この下衆野郎はキッド君の唇を奪ったんだよ?!しかも2度も!!」
「な…っ…どうして父上がそんな事まで知ってるんですかっ!」

白い頬にさっと朱が差して、もしこの場に死神様が居なければそれこそ勢いで押し倒しているのに、などと現実逃避しつつも、ソウルは目の前に両手を広げて立ちはだかるキッドの姿に胸が熱くなった。

(俺の事を心配して飛んできてくれたのか…キッド…可愛い奴め!)

「キッド君小さい頃言ったよね!"将来ちちうえのお嫁さんになりたい"って!アレは嘘だったのー?!」
「そんな昔の事持ち出されても…っ」
「小さかろうが大きかろうが、言ったもん!わたしは嘘つくような子に育てた覚えはないよー!」

イカツイ表情のまま、駄々っ子のように両手をバタバタさせ始めた死神様をキッド越しに見て、ソウルは他人事のようにキッドも大変なんだな、と思った。
当事者であったはずなのに、今では完全に蚊帳の外だ。
死神の親子喧嘩に関わって、果たして命があるだろうか。
一魔武器(しかも未熟)の自分に出来ることは少ない、とソウルは判断した。

「そうは言うけど、俺が在るってことは父上だって誰かと結婚したんでしょう?ソウルとの仲をとやかく言われる覚えは無いです。」
「あぁっ!酷いよキッドくん!!話を摩り替えて!
わたしだってまだまだ現役なんだよ。そりゃ恋人の一人や二人くらい出来るよ」
「一人はともかく二人は問題です!」
「今は誰も付き合ってないし!キッド君一筋だから、大丈夫♪」
「そういう問題じゃないでしょう」
「じゃあどういう問題なのー。
分かった、キッド君ヤキモチ妬いたんだね!だからコイツを当て馬に使ってわたしに嫌がらせをしたんだ」

「えっ?!俺アテ馬??」
「そうだとしても、何故ソウルの家に来て殴り飛ばそうとするんですか。何百年も何千年だって死なないかも知れないのに、たかだか80年くらい、良いでしょう?!」
「そうなのかよ!つーかたかだか80年っ?! いや、おいキッド…お前それちょっとひど…」

『黙ってろ!!』

死神親子の一喝に、ソウルは肩を震わせてベッドの隅に縮こまった。

「とにかく、帰りますよ父上。これ以上ここに居るのはソウルに迷惑だ。」
「厭だ!私は帰らないよ。この下衆野郎を殴り飛ばすまで、帰らない!」
「父上!なんでそう聞き分けてくれないんです?」
「キッド君が悪いんだよ!コイツに唇なんて許すから」
「…ヤキモチ妬いてるのは父上のほうじゃないですか…」

呆れ顔のキッドはどこかしら嬉しそうに見える。
ファザコンの節はあると思ってはいたが、どうやらこれでは真性のようだ。
ソウルはぼんやりとキッドを見上げながら、頭のどこかでそう結論付けた。

「とりあえず、帰りましょう父上。」
「………」
「ね?」

小首をかしげながら、ご機嫌を伺うように上目遣いで問いかけるキッドを見て、死神様の胸中がかなり揺れているのが分かる。
むしろ、もし自分がそんな攻撃をされたらひとたまりも無いだろうと、ソウルは思った。
さすが死神様。キッドの耐性は多少出来ているようだ。

「…帰らないよ。わたしに帰って欲しいなら、どうしたらいいか、分かってるよねキッド君?」

イカツイ仮面の奥で、何かが光ったような気がした。
キッドに問いかける死神様から、髑髏を模した禍々しいオーラは消えたが、今度はキッドに手を差し出して、何かを催促している。

「…仕方ないなぁ…今回だけですよ?」

溜息をついたキッドは、死神様に近づくと、その仮面をひょいと上げてちゅっと音がするような軽いキスをしていた。

ソウルの角度からは死神様の素顔は、仮面の影に隠れて見えなかったが。
アレは間違いなく、唇にしていただろう。
ソウルが3ヶ月かけて手に入れたキッドの唇を。いともアッサリと、ソウルの目の前で手に入れた死神様。

「えーこんだけ?」

物足りない、とぶーたれる死神様の両頬を軽くぺチン、と叩きながら、キッドは顔を真っ赤にして告げる。

「何言ってるんですか、父上。さ、帰りますよ。」

死神の手を引き、割れた窓から出て行こうとするキッド。
そして、思い出したかのようにソウルを振り返った。

「すまなかったな、ソウル。」

じゃあ、と何事も無かったかのように去って行った死神親子を、ソウルはただ呆然と見送った。

結局、ソウルとキッドの関係は何なのか、そもそも死神様とキッドの関係は本当に親子なのか、明日朝一で確認せねば、とソウルが気づくのは、ソウルの部屋の惨状を見てマカからマカチョップを喰らった後だったと言う。