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三千世界の鴉を殺し 乾燥した空気の中で、空が白んでゆく。 鼻ちょうちんを膨らませていた二十三夜の月も、その姿を薄くして、今は刺々しいばかりの太陽が地平線から顔を覗かせようとしていた。 キッドは、隣に眠るソウルを見つめる。 その紅い瞳はまだ開くことはない。 大体、いつもギリギリまで寝ている彼が、こんな早朝の時間から目を覚ますことは稀だ。 だから、キッドはゆっくりとその容貌を見つめることができる。 クセの強い銀髪。 垂れた眦。 睫毛は思ったより短いが、ふさふさしている。 頬は出会った頃より幾分シャープになっただろうか。 唇は思ったよりも厚い。 眠り続けるソウルの唇に、キッドは少し躊躇ってから自らのそれを軽く押し付けた。 弾むような感触が伝わり、やがて触れた箇所から体温が伝わる。 唇を離すと、軽い水音と共にソウルの紅い色と出会う。 「…なに寝込み襲ってんだよ…」 苦笑交じりのソウルの言葉に、キッドは肩をすくめて答えた。 「別に。お前こそ、こんな時間に目を覚ますなんて珍しいな。」 上半身を起こしていたキッドの腰に腕を回し、ソウルは自らの胸の中にその体を抱きこんだ。 「誰かさんの、熱い視線を感じたから、な。」 「…そこまで熱くは無いだろう?」 揶揄うような響きを含んだソウルの言葉に、キッドが笑みを含みながら答えた。 ソウルの唇がキッドの髪に触れ、キッドは軽く、ソウルを押し返した。 「そろそろ、帰らなければ。」 「もう?もうちょっと、良いんじゃね?」 空はまだ白んだばかり。 人々が活動し始めるまで、まだ時間があるだろう。 新聞配達だってまだ、だ。 けれど、朝までには死刑台屋敷へ帰るのが暗黙知になっている二人にとっては、この30分すら惜しいもので。 「まるで、有名な都都逸のようだな。」 「なんだぁ?どどいつって。」 「日本で昔、流行った詩だ。 三千世界の鴉を殺し 主と添寝がしてみたい」 「どんな意味だよ?」 キッドはソウルの腕から逃れ、ベッドから降りる。 床に脱ぎ散らかしたままのシャツを羽織り、身支度を整えながら、歌うように告げた。 「遊女の心情を歌った詩だ。 朝から鳴く五月蝿いカラスどもを殺して、情夫と寝ていたい。そんな意味だったと思う。」 朝には、男達は自分の家に帰るからな、と続けて、キッドは胸のブローチを留めた。 きっちりかっちりシンメトリーに身支度を整えると、ソウルを振り返った。 「お前の行動が、そんな遊女に似ている。」 「…女々しいじゃん、俺。」 ベッドから上半身起こし、膝を立てた状態で座るソウルに、キッドはもう一度軽くキスをして離れた。 「健気じゃないか。 でも、俺達はまた死武専で会うだろう?」 「まぁ…な。」 いつ、命を落とすかも知れない状況で、夜だけは貪るように互いを求める。 闇にまぎれて、誰にも、何も見えないように。 二人だけの秘め事として。 それで良いと、どこか二人は思っていた。 いつからこの関係が始まって、いつ終わるのかも知れないが。 互いを感じられる時、"生きている"のだと実感する。 実感するために肌を触れ合わせるのか 肌を触れ合わせるために生きているのか 境界線は曖昧だが、それでも今、二人はそれで満足だった。 「では、ソウル。"また"後でな」 「おぅ。またな。」 正直、名残惜しいが、ソウルは窓を開けてベルゼブブで飛んでゆくキッドを見送った。 恋人のような気分で彼を見送って、 また数時間後には友人として学校で会う。 二人の甘やかな時間は夜の間だけ。 それに物足りなさを感じたとき、きっと二人の関係は変わるのだろう、とソウルは漠然と感じていた。 |