抑止力


凶暴だった頃の自分が、不意に頭をもたげるときがある。
それは決まって、息子であるキッドが、何か嬉しいことを言ってくれちゃった時。

この子は、今自分の父親が何を考えてるかなど、考えも及ばないんだろうな、と思うと、昏い感情がじわじわと広がっていく。
それは、狂気じみた狂喜。
今の、のほほんとしたキャラじゃない。
自分らしい自分の感情を確認するたびに、胸が躍る。

暴走しそうになる感情と本能に、『父親』という仮面だけが抑止力。

「ちちうえ見つけたー!」
「あらー、見つかっちゃった〜」

久しぶりに、キッドと遊ぶ時間ができた。
彼は最近、『かくれんぼ』という遊びを好んで誘ってくる。
こんな遊びのどこが楽しいのか、疑問に思うが、ほっぺたを紅潮させてどこか興奮気味のキッドを見るのは愉しい。

「今度はちちうえがオニね〜」
「オニ〜?キッド君を見つけたらいいんだね?」
「そ。"もういいよ"って声掛けるからね。それまで絶対見ちゃダメ!」
「えー。キッドくんを見てちゃダメなの?」
「隠れるから、ダメー。」
「そんなぁ…。寂しいなぁ…」
「見つけたら、いっぱい見て良いよ!」
「……本当に?」

ほら、また。
こうしてこの子は私の凶暴な部分を暴こうとする。
泣いても喚いても、私はやめてあげないよ?
見て良いと言ったのは、キッド君本人なんだから。

今すぐ、このふざけた仮面もグローブも、マントさえ捨てて、目の前の小さい体を引き倒したい衝動に駆られる。

「見つけられたらね!」
「……じゃあ、逃げなさい。わたしの手の届かないところに。」
「ちちうえ?」
「ベルゼブブを使っても良いよ。」

分厚い手で、小さなキッドの頭を撫でる。
金色の瞳が不安気に揺れている。
分かっているけれど、止められない。
だから、少しでも遠くへ逃げて、私が冷静になるだけの時間をちょうだい。
こんな想いを持っていても、まだ、君の『父親』で居たいんだ。

「キッドくん。死神と遊ぶ時はね、何事も本気でやらなくちゃ。」

この言葉をどう受け取ったのかは分からないけれど、キッド君は「ちちうえは凄い!」とこれまた嬉しい事言って、抱きついてきてくれた。
この子は本当に、人の理性を突き崩す才能には恵まれていると思う。

「じゃあ、ほら。キッド君。10数えちゃうよ〜」
「あ、待って!べるぜぶぶ!!」

舌足らずな声で、最近与えたベルゼブブを呼び出す。
若干ふらつきながら足を乗せると、彼は窓から飛び出していった。

「逃げなさい。でも、本気の死神<わたし>に勝てる輩なんて、魔女にも鬼神にも居ないけどねぇ」

キッド君が飛んでいった方向を見つめながら、わたしは呟いた。