奥様の名前は『キッド』
そしてダンナ様の名前は『ソウル』
ごく普通の二人(?)はごく普通の恋(?)をし、ごく普通の結婚(?)をしました。
でもただ一つ(?)違っていたのは『奥様は死神』だったのです。





奥さまは死神 認識





二人で住むには手ごろな2LDKのアパート。
ソウルとキッドの新居だ。
スズメがさえずる清々しい朝日の中、ソウルはダブルベッドから身を起こす。
隣にキッドの姿はない。
ただ、鼻腔をくすぐる朝食の良い香りが、彼がキッチンにいるのだとソウルに認識させた。

つい一週間前に二人の盛大な結婚式が執り行われ、そのままベルゼブブで新婚旅行へと旅立った。
なんともヘヴィな日程で、というよりベルゼブブで世界を一周するという、
いかにも神的なスケジュールで、ソウルは窮屈なタキシード姿のまま武器化し、キッドに抱えられて世界を見るという、
とんでもない新婚旅行だった。
…この日帰りの、ただ飛んで移動しているだけのモノを"旅行"と呼ぶのであれば、であるが。

そんな調子で、ここへ越してきてから一週間。
なんのかんのと言いながら、新婚生活を続けている。
いまいち結婚したという実感が湧かないソウル。
当然だろう。
相手は同性である男で、死神で、ついこの間まで友達だったキッドなのだから。
友達が突然、婚約者になり、一ヶ月もしないうちに妻になるのだ。
今この身に降りかかっているこの"新婚生活"というものも、いまいち実感がない。

ソウルはベッドから起き、パジャマのまま寝室から洗面所へと移動した。
マカと暮らしていた時と変わらず、顔を洗って髪を直す。
そしてダイニングへ。

「おはよう、キッド。」
「あぁ、おはようソウル。朝食なら出来ているぞ。」

二人用のテーブルに並べられた、炊き立てふっくら白米にお味噌汁、
焼き鮭にほうれん草ともやしのおひたし、出汁巻き卵の横にはソウルの希望通り、きちんと大根おろしも添えられている。
見た目にも美味しそうで(実際味も絶品なのだが)、栄養バランスも抜群だ。
死神であるにも拘わらず、完璧主義な性格がそうさせるのだろう。
『朝は和食だ!』と宣言した次の日から完璧な和食が朝食を彩るようになった。
その料理の腕前や吸収の良さは抜群なのだ、キッドは。
理想の"嫁"だと思う。彼が女性であるならば。

マカの母親が生活していた国の食文化を、ソウルは気に入っていた。
その時、"お箸"の使い方も叩き込まれたのだが、
つい最近"お箸"文化を知ったキッドもなかなか器用に使いこなすようになった。

二人で向かいあって朝食をとる。
ごくごく一般的な新婚家庭の朝。
けれど、どことなくソウルには実感もなく、味気ない。
今のこの状況は別に"新婚"でなくても良いのではないか、と思えてきてしまうのだ。
基本的に、マカと生活していたときと変わらない。
逆に相手が同性になったことで、気を使わなくなった…だろうか。

そんな事をつらつらと考えながら、黙々と食事を進めると、キッドがちらり、とソウルを伺った。

「…口に合わなかったか?」
「いや、んなんじゃねーよ。すっげ、美味いと思う。」
「そうか、それなら良いんだ。」

ふわっと花が綻ぶように笑うキッドを見るのは好きだ。
きっと、和食をまだ作りなれていないせいで、ソウルが黙っているのが気になったのだろう。
基本的に余計な事は喋らないソウルだが、キッドに気を使わせているようで申し訳ない。
マカが相手だった時は、よく下らない事で言い合いをしていたものだが。
如何せん、キッド相手では勝手が良く分からない。
しかも、"友達"ではなく"夫婦"だというのだから、余計だ。

「お前さ、俺が"和食"って言った次の日から、よく作れたよな。」
「椿に和食のレシピ本を借りたんだ。
独特の調味料が多くて、街ではなかなか手に入らないものが多くて、多少は困ったが。
まぁ、ベルゼブブで現地調達してきたから、問題はない。」
「…すげーよな、やる事が。」

会話に困って、料理の事に触れてみれば。
キッドからの回答にソウルが感心する。
徹頭徹尾、やる事が徹底しているから信用が置ける。
まぁ、それが良くも悪くもあるのだが。

ソウルは室内を見渡して、キッドには分からないように嘆息した。
見事にシンメトリーで構成された部屋。
埃一つ、歪み一つない空間。
当初落ち着かなかったこの新居も、一週間もすれば慣れる、というもので。
マカと生活していた時に比べ、部屋の片付けや掃除などの一切をキッドがやってしまうので、
その点についてはソウルは楽になった、と思った。
逆に、下手に手を出せば叱責される、というだけなのだが。

食べ終わる頃、緑茶が出てきた。
和食には緑茶。
椿に教わったのだろうか。あまりにも自然すぎる行動に、ソウルも気づかない程だ。

「今日の課外授業はどこなんだ?」
「ん?あぁ…今日は隣町の教会だから、夕方には戻ってこられると思う。」
「そうか。そうなると、もしかしたら、俺の方が遅いかも知れないな。」
「遠いのか?」
「砂漠だ。」
「…過酷だねぇ…」

他人事のようにお茶を啜り、ソウルは苦笑した。
まぁ、夫婦らしいといえば夫婦らしい会話かも知れないが、至って友達同士の会話、だ。

「夕食の仕度はしてある。温めるだけだから、俺が遅くなったら先に食べて休んでてくれ。」
「了解。」

二人分の食器を下げながら、キッドが告げた。

「食器くらい片すぜ」
「大丈夫だ。先に歯でも磨いて準備しておけ。」

やんわりと断られ、ソウルは仕方なく歯を磨きに行く。
なんとなく、日々心に澱がたまってゆく。
歯を磨きながらソウルは再びぼんやりと考えた。

(なんか、違うんだよな…なんだ?この違和感は…)

うー、と軽く唸りながら首をひねる。
自分では何もしなくてよい、快適な生活のはずなのに、何かがどこかで引っかかる。



二人で一緒に登校し、周囲から冷やかされるのも、もう慣れた。

一緒に教室に入って午前だけ一緒に授業を受ける。
午後からは課外授業が違うから、ソウルとキッドは別行動だ。
まぁ、ソウルは"課外授業"でもキッドは"任務"になるのだが。
死武専入学前から死神様の片腕として各地を飛び回っていたキッドが、今更"課外授業"など必要なく。
事実上、ほぼ免除の形だった。
替わりに"任務"というもっと実戦に近い、単独行動の物が多かった。

「ではな、ソウル。」
「浮気すんなよソウル。」
「今日は奥さん返さないぞ、コノヤロー」

面白そうにからかってくるトンプソン姉妹をしっしと追いやりながら、
ソウルは忌々しげに、とっとと行って来い、と告げる。

「新妻に向かって、つれねーなソウル」
「浮気されても文句いえねーぞぉ」

ソウルで遊んでいるとしか思えない姉妹を残して、キッドはさっさと行ってしまう。
ソウルもソウルで、マカの隣に立って出発の準備だ。
隣町だから、移動はソウルのバイクになる。
駐輪場からバイクを引っ張り出すソウルに、マカが背後から声を掛けた。

「ねぇ、ソウル?キッド君とは、本当にうまくやってるの?」

何かを含んだ言い方に、ソウルの胸中に再び澱が溜まる。

「うまくって…別に、フツーだよ。」
「…なんか、悩んでるでしょ。」

鋭いマカの指摘に、ソウルの言葉が詰まる。
そう、うまく説明は出来ないが、キッドとの生活はどこか…何かが違う、という違和感がある。
違和感というのか、罪悪感というのか…。
とにかく、すとん、と納得が行かない"何か"がある。

死神様に言われたから、結婚した。
多分そういう部分で納得が行っていない部分もある。
ここまで全て受動的に来てしまっている、という自分の意志が介在していないこと。
他にも多分、掘り下げれば出てくると思う。

「なんかソウルさ、納得してない感じだし。
嫌なら嫌だって言えば、死神様だって無理に結婚進めなかったと思うけど?」
「…そんな雰囲気じゃなかったろ、アレは…」
「そうかなぁ?アタシには、そういう風に見えなかったけど。」

よいしょ、とバイクに跨りながらマカが告げる。

「そうやって、死神様のせいにしておけば、楽だもんね?ソウルは。」
「…ケンカ売ってんのよ、マカ。」
「別に。アタシは事実を言っているだけ。」

マカの刺々しい言葉に、ソウルの肩眉が上がる。
しかしマカの言っていることも事実だ。
拒否しようと思えば、拒否できた。
誤解を解こうと思えば、解くことも出来たはずだ。
けれど、それをしなかった。
それは何故か。

面倒だったから?
都合が良かったから?

ふと考えて、ソウルは思考を止める。

"都合が良い"これがなんとなく一番しっくりくる答えである気がした。
何が都合が良いのか、これ以上考えることは多少恐ろしい気がしたので、あえて無視する。
今更ではあるが、キッドときちんと話し合いをしなければならない、と思った。

「…今さら、遅いと思うか?」

主語のないその問いを分かっているように、マカはゆるく首を振った。

「そんな事、ないと思う。」
「…帰ったら、話する。」
「んじゃ、さっさと片付けて帰りますか!」

マカの元気な声に、少しだけ救われた気がした。





その日の夜遅く、キッドが帰宅した。

「なんだソウル、起きていたのか?先に休んでて良いと言ったのに。」

苦笑するキッドの笑顔に、ずきりとソウルの胸が痛んだ。

「まぁ、いろいろと話がしたくて。」
「…急ぎか?」
「なるべく、早いほうが助かる。」
「そうか…。では、シャワーだけ浴びてきても構わないか?」

埃っぽくて仕方ない、と首を竦めるキッドに、ソウルは手で促した。

バスルームから水音が聞こえる間、ソウルはいろいろと考えをまとめていた。
帰宅してから、キッドが帰ってくるまでにあらかた考えはまとめたつもりでいたが。
いざ本人を目の前にすると、なんと切り出して良いか分からない。
とりあえず、キッドが上がってきた時のために冷えた水を用意する。
冷蔵庫の中身を見渡して、小さいペットボトルを取り出した。
自分用には、アイスティーを準備する。

「待たせたな」

シャワーから上がってきたキッドがソウルに声を掛けた。
ほら、と水のペットボトルを投げて渡し、ソウルはグラスを持ってダイニングに移動した。

受け取ったペットボトルから、美味しそうに水を飲むキッド。
いつものきっちりしたスーツ姿ではなく、ゆるい夜着に身を包む彼は、傍から見てリラックスしているように見える。
シャワーから上がりたてのためか、髪の先端から何粒か、滴が落ちていた。

「ちゃんと、拭かないと風邪ひくぞ。」
「死神が風邪などひくものか。」

苦笑しつつも、寄ってきたソウルの好きにさせる。
キッドの首にかかった真っ白のタオルで、闇色の髪の水分をとる。

「まさに、"濡れ羽"色、だな」
「鴉と一緒にするな。」

むぅっと頬を膨らませるその仕草が幼く、ソウルは微笑んだ。

「で、話というのは?」
「あぁ…。まぁ、座れよ。」

ダイニングから、さらにリビングのソファに移動して二人で座る。
二人用だから、肩と肩が触れ合う。
キッドのいつも低めの体温が、風呂上りのせいか若干高く感じた。

「今さら、だけど…。お前、なんで俺と結婚した?嫌なら、嫌だって、断れたはずだ。」

昼間、マカに問われたことを、そっくりそのままキッドに問いかける。
始めはきょとんとソウルを見返していたキッドだが、やがて軽く肩をすくめて、溜息をついた。

「まぁ、落下したときのショックで多少意識が混濁していたから、な。
随分とソウルに迷惑を掛けてしまったし…。もし、俺があそこで我を通していたら、
さらにソウルに被害が及んだろうから…。
俺としては、お前から何かアクションを取らない限りはじっとしていようと、思っただけだ。」
「結婚は本意じゃないって事か?」
「…別に、俺は形には拘らない。
現に今、友達だったときと俺達の関係は変わったか?『同居』しているだけだ。」

キッドの問いに、ソウルはぐっと言葉を呑んだ。
キッドの言葉の一つ一つに、何でか負の感情を抱いてしまう。

「ソウルが形に拘るというのであれば、俺はそれで構わない。
結婚にせよ、離婚にせよ、俺達の関係は変わらないだろう?
女が良いと言うのであれば、外に作ればいいし、女に申し訳ない、と思うのであれば離婚すれば良い。」

俺は、構わない。と続けられて、ソウルの中で何かが溢れ始めた。

「つまり、この結婚にお前の気持ちはどこにも無いって、ことかよ。」
「…お前だってそうだろう、ソウル?」

どこか不思議そうに問うキッドに、ソウルはようやく得心が行った。

この結婚自体、全てが受動的で、当事者本人同士の希望など一つも無かったのだ。
ソウルもキッドも成り行きで結婚しただけ。
しかもキッドはこういう関係になっても浮気なりなんなり、好きにしろ、という。
あくまでもお互いの関係は"友達"の範疇なのだ、と。
その言葉に傷ついて、ようやくこの生活の違和感に気づいたソウル。
そして、認識せざるを得ない。

ソウルは、本当はこの結婚が嫌ではなかった。
むしろ望んでいたのだ。キッドが好きだったから。

キッドが好きだと自覚したのはたった今だけれど、薄々どこかで気づいていたんだろう。
だから死神様に言われるまま結婚した。
キッドからプロポーズされそうになって、自分からしなおした。
全て、"死神様"のせいにして、自分の意志が介在しないのだと理由をつけて、やり過ごそうとしていたのだ。

そんな卑怯なやり方をして、対外的な関係だけ手に入れて。
違和感や罪悪感どころではない。虚無感すら混じっていただろう。
この心の澱は、そんな自分の身から出た錆。

ぐっと下唇を噛みしめ、恐い顔をするソウルに、キッドがどうした?と声を掛けた。

「別に、俺は結婚が嫌だったわけじゃない。」
「…どうした、急に?」
「むしろ、心のどっかで"都合が良い"って思ってたかもな。」

まだ若干濡れている髪の毛に指を差し入れる。
婚約、結婚と一ヶ月一緒に過ごしてきた。
友達としてはそれ以上長い時間を。
けれど、こうして触れるのは初めてかも知れない。
キッドの言うとおり、形だけだったから、もちろん肉体関係もない。
ソウルには男に欲情する趣味も、抱く趣味もない。
それはキッドも同じ事だろう。
だから、今まで触れ合うことは無かったし、ベッドが同じでも何も起こらなかった。

だが今は。
ソウルが気づいてしまったこの気持ちは。

「ソウル、意味が、良く分からんが…どうした?」
「俺は、俺が望んで結婚した。」

多分、と続けられた言葉にキッドが首をかしげる。

「なんだ、その自身なさ気な一言は。」
「自覚したのが今だからな。一ヶ月前の俺の気分じゃ、"死神様が言うから"って
責任転嫁してただけだし…」

指先で、髪の毛を弄られる行為に戸惑っているのが分かる。
キッドが軽く身じろいでソウルの指から逃れようとするが、ソウルはそれを赦さなかった。

「逃げんなよ。まずは聞け。」
「…それは、髪を触らなくても、できるだろう。」

キッドの言葉は無視して、ソウルは続けた。

「お前は"形に拘らない"とか"友達"とか言うけど、俺の気持ちは違う。
俺は、本当の意味で"結婚"したいし、"友達"もご免だ。
せっかく結婚したんだ。ちゃんと"夫婦"になろう。」
「………俺に、どうしろ、と?」

胡乱な目つきで見上げてくるキッドをじっと見つめ返して、ソウルは真剣に告げた。

「俺と、結婚して欲しい。」
「…もうしているが…」
「…んな形だけのモンじゃなくて。」
「何が言いたいんだ。もったいぶらずに言え。」
「お前…こんなにはっきり言ってるじゃねーかよ、結婚して欲しいって!」
「だから!もう結婚しているだろう、俺達は!これ以上結婚することは無理だ。莫迦者め!」
「バカだと?!バカはどっちだ、お前だろ!俺が言ってるのはそーゆーんじゃねーよ。」
「……死にたいか、貴様。」
「旦那様に向かってなんて口聞くんだよ、この嫁は!」

キッドの柔らかい頬を、髪を弄っていないほうの手でむにっと摘む。
ギリっと睨まれるのが分かったが、もうここまでくると売り言葉に買い言葉、
お互いに何が言いたいのか分からなくなってくる。
キッドは明らかに怒り心頭だし、ソウルもちっとも伝わらない言葉にイライラし始め、良くない。と思った。
ソウルは、ふぅ、と一つ溜息をついて、キッドの頬から指を放すと、落ち着くためにアイスティーを飲み干した。

一つ、深呼吸をして、お怒り中のキッドにきちんと向き直った。

「いいか、キッド。良く聞いて、ちゃんと理解しろよ。二度は、言わないからな。」
「……言いたい事があるなら、さっさと言え。」

キッドの言葉に、額に青筋が浮かぶが、努めて冷静に、真摯に、ソウルはキッドの手を取って告げた。

「キッド、お前が好きだ。
だから、こんな仮面夫婦みたいな、"ままごと"じゃなくて。
ちゃんと結婚して欲しい。俺を、好きになれ。」

ソウルの言葉に、キッドがゆっくりと数回瞬く。
以外に睫毛が長いことも、黄金の双眸が、吸い込まれてしまいそうな程澄んでいる事も、
つい最近知ったことだ。
ソウルがキッドの反応を待っていると、音がしそうなほど爆発的に、白い頬が赤くなった。

「なっ…なんっ…な………っ?!」

面白いほど動揺している。
こんな彼を見るのは初めてかもしれない。
ソウルはそう思いながら、さらにキッドの手を握り締めた。

「キッド、返事は?」
「お…おまえ…はっ…」
「なんだよ」

面白いほどうろたえていたキッドだが、少し落ち着いたのだろう。
赤みはまだ引かないが、動揺は見られなくなった。

「…"好きになれ"とは、また一段と大きく出たものだな…」
「お前がその気にならなきゃ、意味がない。」

髪に触れ、握った手をゆっくりと持ち上げて、ソウルはキッドの手にキスをした。
そんなソウルの仕草にキッドは頬を赤らめながら眉を顰める。

「また、お前らしい、気障ったらしい行為だな。」
「…気にすんな。で、お前の返事は?」
「………気に入った。受けて立ってやろうではないか。」

にぃっと唇の端を持ち上げて笑うキッド。
そんな、笑顔も悪くない、とソウルは思った。
そして漸く、二人で同じ位置に立てたのだ、と実感する。

「じゃあ、まぁ手始めに…」
「…?」

口元に当てていた手を引き、髪に触れていた手に力を込めてキッドを抱き寄せる。
結婚式の誓いのキスですら真似事であったけれど。
初めて、ソウルはキッドの唇に触れた。
軽く触れて、キッドの様子を伺うと、その瞳はきょとんと見開かれたままだ。
そんな反応もかわいらしい、と思いながら、ソウルは今度は少し長めに口付けた。
ふっくらとした唇は、冷たい水を飲んでいたせいか、まだほんの少しひんやりとしていた。
何度か角度を変えて啄ばむと、漸くキッドが正気に戻る。
軽く突き飛ばされて、ソウルはニヤリと笑って冗談交じりで告げた。

「旦那様を突き飛ばすとは、いい度胸じゃねーか。」
「お…お前の豹変振りに、驚いているだけだっ!初めて本性を見た気がするぞ!
油断も隙もないな、お前はっ」

慌てて唇を拭うキッドに、ソウルはむっとする。

「何も、拭うこたねーだろ、キッド。」
「お前が突然キスなどするからだ、ソウル。」

恨みがましそうに見つめてくる瞳すら愛しくて。
ソウルは胸中苦笑する。

(認めちまえば、こんなにもすんなり、納得できるのにな…なにやってたんだか、俺は。)

「じゃ、宣言したら良いんだな?」
「…はぁっ?!」
「今から、キスするぜ、キッド。」
「いや、そういう意味でなっ……んぅ…」

離れたキッドを強引に抱き寄せて、逃げようと叛ける顎を捕まえて。
ソウルは再び唇を重ねた。
喋っていたために中途半端に開いていた唇に、舌を割り込ませて、キッドのそれに絡めた。
舌を吸って、絡めて、口腔を舐め上げると少しだけ心が満たされて満足した。
キッドを解放すると、耳まで真っ赤に染めて、少し瞳を潤ませた状態で。

「…おーまーえーはー…」
「なんだよ、突然はダメ、宣言してもダメ、なんなら良いわけ?」

キッドが言わんとすることは分かっているのに、ソウルは意地悪く問う。

「もう…ソウルなど知るか!」

ぷいっと顔を背けて寝室へと逃げ込んでしまうキッド。

(寝る部屋も一緒なのに、バカだなぁキッド…)

のほほんとそんな事を思いながら、ソウルはゆっくりとテーブルに置いてあるグラスやペットボトルをキッチンへ下げる。
ゆっくり片付けて、キッドが落ち着くのを待って寝室へ向かう。

(まぁ結婚っていう既成事実もあるし、のんびり行くさ)

誰に告げるともなく胸中で呟いて、キッドが丸まってしまっているベッドに身を滑り込ませた。



翌朝、テーブルには白米に箸が刺さった状態の茶碗と、小皿にたくあんが二切れだけ乗っていた。
もちろんキッドの姿はない。
けれど、律儀に"先に行く"とだけ書かれたメモが残されていた。



「あの野郎…やってくれるじゃねーか。」



幾分、顔を引きつらせるが、決して悪い気はしない。
今までが、お互いに、まるで人形のような生活だったのだ。
こうでなくては張り合いがない。



ソウルは不敵に笑むと、あんまりな状態の朝食を食べ、死武専へ向かった。
キッドからのメモは綺麗に折りたたんでジャケットのポケットへしまう。

「上等だ。」

満足気に呟いて、ソウルはバイクを引っ張り出す。



二人の新婚生活は、漸く始まった。



next





なーーーーがくってごめんなさい。<(_ _)>
しかもギャグテイストでなくてごめんなさい。

いやー、あんまりにもキッドもソウルも大人しくって…。
やっぱり、こう個人的には糖度の高いソウキドが好みでして。
ソウルもキッドも自分の意志で結婚して欲しかったとです。
きっかけは死神様でも、決めたのは二人だYO!的なお話でした。
次は、二人のお子様ですかねーwww