きつく抱きしめられる体。 背後からのびる、たくましい腕。 首元にかかる吐息は熱くて、自然身体に力が入る。 後ろに立つこの男は誰だ? 何を、言っている? 頭が真っ白になって何も考えられなかった。 暴走リレーション 「何を…冗談を……」 なんとかキッドは声を絞り出した。 家の玄関先で、背後から男に抱きしめられるというこの状況に、キッドは頭がついていかなかった。 「冗談だと、思うか?」 わざと首筋に息を吹きかけられるように問われる。 疑問はたくさある。 本当に本気なのか? だとしたら、いつから? マカはこの事を知っているのか? なぜ、俺なんだ? ぐるぐると頭が混乱して、その場に硬直してしまうキッド。 今更ながらこの身長差が憎らしい。 「…とりあえず、放してもらおうか」 ソウルの腕の中が居心地悪く、キッドがソウルの腕を取る。 力ずくで、というのは今できれば避けたい。 首筋にかかる吐息にも慣れない。 「今は、あんま放したくねー気分なんだけど。」 「ソウル…」 地を這うようなキッドの声に、ソウルは軽く降参、と苦笑して両手から開放した。 本気の死神様に、敵うはずなどない。 「とりあえず、落ち着いて話をしようか。」 「…話が分かるなぁ。」 流石死神サマ、と続けてソウルはキッドの腰にさり気なく腕を回した。 ビクリと身体を強張らせるキッド。 エスコートするのには慣れていても、されるほうには慣れていないようだ。 …まぁ当然かもしれない。 キッチンまで連れて行き、ソウルはキッドをイスに座らせる。 紅茶を入れるために湯を沸かして茶葉を用意した。 きちんとした淹れ方なんて知らないから、適当だ。 いつもなら茶葉の量やら、湯のタイミングやら、いろいろ指図してくるはずなのに、キッドはずっと無言だった。 不機嫌そうに顰められる眉。 下唇を噛んで、腕を組み、イスにもたれて、イスの後ろ側2本の足でバランスを取るのは、 無意識に考え込んでいるときのキッドのクセだ。 本人は行儀が悪いから、と何とか直そうとしているようだが、この年まで成長してしまったら、 おそらく直らないだろう。 そんな事まで知識として貯えている自分自身に笑ってしまう。 本当に、何時の間にこんなに好きになってしまったのか。 マカに指摘されるまでこの事実には背を向けていた。 けれど、指摘されて部屋を追い出されて。 腹を括って認めてしまえば、面白いほどキッドに惹かれている自分に気づいた。 マカを、キッドの身代わりにしてしまった事はとても申し訳なく思う。 とてもとても大事な人だった。 職人としてデスサイズになれるほどに、共に戦って、共に成長した。 パートナーとして最高の人物。 結婚しても良いとさえ思った。否、結婚しなければと思った。 マカの気持ちも知っていて、マカは自分を受け入れてくれる。 弱いところも、卑怯なところも、全部知ってる上で。 マカが好きだったし、結婚するならマカしかいないとも思っていたが。 そんな逃げ道が逆にマカを追い詰めて、自分自身を追い詰めて、 未練たらしくキッドを想い続ける自分を目の当たりにさせられた。 キッドとの任務は無意識に封印した想いを再確認させられるもので。 毎度毎度、マカの部屋に帰れば水を求める魚のように彼女を抱いた。 長期の任務ともなれば一緒の部屋で寝ることもあったし、武器化してキッドが自分を持つとき、 その低めの体温に何度体が疼いたか知れない。 かなりの精神力を使い果たしてマカの元に帰る。 彼女の柔らかい腕と胸が、束の間、ソウルの疲れを癒した。 「ほら。」 キッドの前に差し出す紅茶。 少し考え事をしていたから、濃くなってしまったかもしれない。 きっとキッドはさらに眉間の皺を深めて文句を言うだろう。 「…渋い。紅茶も満足に淹れられないのか。」 一口啜ってすぐのその言葉に、ソウルは少しだけ肩をすくめて見せた。 「俺は飲めればいいから。」 言外に、気にしないと言われキッドは軽く溜息を吐いた。 願わくば、このまま自室に戻って、先ほどのソウルの告白はなかったことにしたいところだ。 肩から鎖骨に掛かる髪を軽く跳ね上げて、逃げてもどうにもならない、と キッドは考え直し、ソウルに告げた。 「俺としては、先ほどの事はなかったことにしたいのだが。」 「お前、俺の告白をナシにしたいってどういうことだよ。」 「…夢ではないのか、コレは。」 「あったりまえだろ。こんな夢、誰が見るんだよ。 キッドが見てる夢で、コレが深層心理だっていうなら俺は両腕広げて待ってるっつーの。」 流しにもたれて、渋い顔をしながら紅茶を飲むキッドに告げる。 紅茶が不味いのか、ソウルの言葉が不味いのか。 どちらにせよキッドにとっては美味しいものでないことは確かだ。 「…マカ…は…知っているのか。」 「それ聞いて、どうすんの?」 「別に、どうもしないし、ならない。」 「知ってるよ。マカは。」 その言葉に、キッドの表情が曇った。 「貴様、最低な男だな。マカもマカだ。何故このような男に惚れるんだ。」 「美人に言われると、相当堪えるな"最低"って言葉は。」 「ふざけるのもいい加減にしろ、ソウル。」 言葉は静かなものだが、相当怒っているのだろう。 放たれた殺気でカップにヒビが入った。 半分ほど残っている紅茶がじわりと染み出してくる。 さり気なくソウルはソーサーごとカップを引き取って流し台に置く。 後でキッドがゴミに出すだろう。 「…ソウル、お前どうしたいんだ? こんなややこしい関係、俺は御免だ。何故、胸に秘めておかんのだ。」 不機嫌で厭そうな声と態度。 おそらくソウルがキッドの立場でもそう思うだろう。 でも、我慢ができなかった。 マカの香りがするキッド。 彼女からの、挑戦状のような気もしたし、何より、キッドから違う人間の気配を感じたくない。 それはソウル自身のワガママである事も重々承知だった。 あの時はただ、無意識に。 キッドの腕を引いてその体を両腕に抱いた。 首筋に顔を埋めれば、キッド本来の香りがして安心した。 そこから先は考えていなかったのに。 確かに不味い選択をした。 想いを告げずに黙っていれば、少なくとも変わらずに友達ではいられた。 沈黙のソウルに、キッドは宣言した。 「俺は、お前とどうこうなろうと思っていない。 友人以下でもなければ、友人以上になることもない。 マカとお前の関係に口を挟むつもりもないが、俺を巻き込まないでくれ。」 (―――これは、かなり手強い…というか、籠絡するのは無理、か?) |
キッドとソウル。 マカからの挑戦状にまんまと乗せられてキッドにK.Oされるソウル。 ある意味マカのTKO勝ち。 『暴走リレーション』にはボツになった裏バージョンもあったりなかったりします。 そのうち、アップしてみようかどうしようか…考え中であります。 このシリーズ(?)もコレで終わりか、次で終わりでございます。 マカを差し置いてソウキドになりうるか?! |