ソウルが姿を消して一ヶ月ほど経過し、
彼は死んだのだ、という考えが死武専にもデスサイズスにも暗黙の了解として浸透していった。
そして誰もその事実を口にはしない。
老いた狼が自らの死を誰にも見せないために群れから離れるように、
ソウルらしい最期だとみんなが思っていたから。
そんな彼に敬意を表しているのかも知れない。





雲路の果て 終章・後編





キッドは一人、執務室に居た。
机上には作成途中の悪人の魂リスト。
今日中に仕上げてマカに手渡さなければならないのに、手が付けられない。

ソウルが姿を消してから時折、発作のようにキッドの奥が疼く。
どれだけ思い出さないようにしていても体は正直だ。
ソウルが欲しいとキッドの中の欲望が暴れ出す。
始めは早く何とかしようと自分で慰めてみたのだが、
それだけでは満足できず、逆に膨れ上がる欲を宥めるのに大変だった。
以来、キッドはその嵐のような衝動が過ぎるのをただ待つだけにした。


「本当に…貴様は性質の悪い魔鎌だ…」


机上に突っ伏し、熱い呼吸を繰り返す。
持て余す熱をごまかすように思考を別の事へ切り替えたいが、
こういうとき思い出すのは決まって同じ風景。
死武専の、夕日が差し込む教室。
あの日ソウルの想いを受け入れたときからこうなることは覚悟していたはずなのに。


ソウルの想いを受け入れなければ
関係を持たなければ
彼なしではいられなくなるほどに、抱かれなければ

魂も、器も、こんなに苦しまずに済んだのだろうか。


何度自問しても、答えは分かりきっているのに。



今でも、こんなにも―――。
後悔など欠片もない。ただひたむきに、ソウルを愛している。



ようやく執務室から出てきたキッドを、マカが顔を上げて迎える。
「キッド君…」
その顔には明らかに安堵の表情。

現在マカは死武専の教師としてキッドの側にいる。
ソウルが消えてからキッドの事を気にして、陰に日向に支えてくれる大切な仲間だ。
周囲を心配させないためにも、キッドはみんなの前で気丈に振舞ってはいるが、
どうやらマカにはキッドの気持ちなど筒抜けのようだ。

「待たせてすまない。これが悪人の魂リストだ。」
十数枚に及ぶ紙束をマカに渡し、キッドは彼女を安心させるように軽く伸びをした。
「…大丈夫、なの?」
首も回して、体の硬直を解くようにほぐす。
「あぁ。問題ない。心配かけた。」
マカの方が高かった身長も、今ではキッドの方が高い。
大人になって、ツインテールから卒業しダウンスタイルの落ち着いた髪形になったマカの、
手触りの良い頭をなでる。

マカに対してだけ、キッドは素直になれた。
ようやく、心の内を吐露する。
「お前のパートナーは、本当に性質の悪いヤツだったな。」
「…キッド君…?」
マカのヘイゼルの髪をすきながら、キッドは呟いた。
「せめて、魂だけでもオレの側にと望んだのに。
ソウルはそれを赦してくれなかった。
刻むだけ刻みこんで、消えてしまったのだから、な。」

キッドの寂し気な微笑を見て、マカは背伸びしてキッドの額にやわらかなキスを落とした。
「マカ…?!」
ビックリしてマカを見つめると、深緑色の瞳が優しく微笑んでいた。
「ソウルー!悔しかったら、すぐに戻ってらっしゃい!!」
よく通る声で、宙に向かって叫ぶマカを、びっくりしたようにキッドはおろおろと見守った。
「マカ…急に一体どうしたんだ?」
「ソウルのことだから、きっとすぐに戻ってくる。」
「マカ…」
「あの独占欲の塊みたいなソウルが、キッド君に手を出されて黙ってるはずないもん。
姿形が変わってたって、きっとすぐソウルは戻ってくる。」

呆然と見つめ返してくる黄金の瞳を、マカが見つめ返す。
優しいその深緑の色合いにゆっくりとキッドの表情が緩んだ。
「知ってる?私の生まれた国には、"輪廻転生"って言葉があるの。」
「輪廻転生」
「ソウルはまたすぐキッドくんの隣に現れるよ。
姿形は変わっても、魂の本質までは変わらない。でしょ?」
彼女の優しい気持ちと言葉に、キッドは救われる思いがした。
「…マカ。ありがとう。」



その日の夜、キッドは一人ベルゼブブで海まで来ていた。
ゆっくりと飛んだつもりだったのだが、やはり風にあおられて、手にした花は少しくたびれてしまっていた。
スケートボードを蹴り上げて、花を持っていない方の手で掴む。
さらにそのまま空に投げて左手をかざすとベルゼブブはその手に吸い込まれるように収納された。

波打つ海に向かって向き直り、キッドは一つ呼吸を整えた。
「ソウル、お前が消えたなどと、考えたくもなかった。
でも、もうそれもやめよう。お前を愛してるから。
…お前も俺を想うなら、早く戻ってこい。
姿形が変わっても、必ず見つけてやるから。」

キッドは海に向かって呟き、ソウルの銀髪を思わせる花を投げ込んだ。
夜にしか咲かない月下美人。

「俺たちに、似合いの花だろう。」

誰にも知られないように夜にだけ咲く花。
二人の仲を、誰もが知っていたけれど、それでも忍ぶように二人の逢瀬は夜の間だけ。
最後、ソウルが部屋をカーテンで閉め切ったのも今では分かる気がした。
昼でも夜のように暗くして、少しでも二人の時間を永く――。

「ソウル、戻って来い。俺の元へ。」

波の音を聞きながら、キッドは空に両手を広げた。





ひかり舞う届かない海で
あふれる夜にあなたが見えるよ―――





end






ようやく完結。
なんとなく、当初予定していたものと終わりが若干ずれております。

後半はソウルほとんど出番ないし…www
いや、彼が出てくると自己主張が激しくて。
キッドとラブラブしたいって主張しまくりで困るんです…(えぇー