イロノナイセカイ ソウルが怪我をした。 マカをかばってクロナから受けた傷。 本人は大丈夫だと言っているが、その傷を見るたび表情を曇らせるマカを見て、 キッド自身も苦い思いをしていた。 訳のわからない、腹の底に沈むような重い澱のような感情。 ソウルがマカをかばったのは、武器ならば当然の行動。 分かってはいるが、それを考えたとき、 胃が締め付けられるような、胃痛や胸焼けに似た何かがキッドの中からせり上がって来た。 世界は灰色に見えた。 『武器』が『職人』を守るのは当然の事。 『武器』は99個の悪人の魂と、1個の魔女の魂を喰って死神の武器、デスサイズになる。 ソウルもマカと共にデスサイズになることを望んでいる。 すなわち、将来キッドの武器になることを望んでいるのだ。 死武専で学び卒業するということはそういうこと。 職人は死神が使う武器を作り、育てるために、 武器は世界の秩序たる死神が世界を守るための武器になるために。 職人は死神が手にする武器を作ることが最高の名誉となるし、 武器は死神が手に取る武器であることが最高の名誉なのだ。 それを思い、キッドは胸を痛める。 現在死武専に籍を置き仲間と共に課題をこなしている身のキッド。 『自分の武器は自分で育てる』と父である現死神にも伝えてあるが、 キッドのこの想いはマカやソウル、他の職人や武器たちの想いを無駄にするものではなかろうか、 と思ったりもするのだ。 みんな、死神やキッドのために優れた職人や武器を目指している。 中にはブラック☆スターのように自らを高めるために行動しているものも居るが…。 保健室の前まで来て、キッドはその扉を開くことをためらった。 先ほど廊下でメデューサ先生とすれ違い、ソウルが目を覚ましていることは確認済みだ。 そして現在面会は誰も来ていないらしいことも。 ソウルと二人きりで、面と向かって何を話したら良いか分からない。 けれど、死神としてキッドはソウルに謝罪しなければならないと思っていた。 デスサイズを目指して頑張っているソウル。 けれど今、キッドはリズとパティを育てている。 とても美しい、シンメトリーの武器。 キッドはそれを手放すつもりはないし、この二人以外の武器を持つ気もないのだ。 マカをかばって怪我をしたソウル。 トンプソン姉妹以外の武器を使うつもりもないのに、 なぜだかその事実に胸が焼かれる。 扉の前でためらっていると、中から声が聞こえた。 「何時までそこにいるつもりだよ?入れば?」 室内から促され、キッドは意を決したように扉を開けた。 薬品の匂いのする部屋。 その中央に置かれた白いベッドの上にソウルが横になっている。 今はパジャマを着ているため傷口は見えない。 キッドが聞き及んでいる限り、肩から腹に掛けて斜めに斬られた、らしい。 「あの…ソウル…。傷は、痛むのか?」 「いや、もう大丈夫。…どうしてお前がそんな顔するんだよ。」 苦笑して、おそるおそる近づいてきたキッドの頭をくしゃりと撫でる。 いつもCOOLを売りにしているソウルが見せない、優しい笑顔。 きっと泣きそうな顔をしてしまったのだろう。キッドはバツが悪そうにソウルの手から逃れた。 怪我人に気を遣わせてしまうとは…不覚。と若干鬱に入り込みそうであったが何とか耐えた。 今はそんな場合ではないだろう。 そして沈黙が落ちる。 何かを言おうとして、口を開き、けれど言葉にできずに息を吐き出す、という事を繰り返し キッドは手のひらを握り締めた。 「…どうした?キッド。らしくない。」 ギリっと握り締めた手を、ソウルの手にそっと包まれる。 キッドは顔を上げて、まっすぐにソウルを見た。 「ソウル、お前は何故デスサイズになりたい?」 マカがそう望むからか?続けた言葉は震えていた。 否定して欲しいと思いながら、8割りはソウルが頷くことを予想している。 マカが望むからではなく、ソウル自身が望んでデスサイズになることを目指していて欲しい。 リズとパティを生涯手放す気はないくせに、都合の良い考えだ、とキッドは思った。 真剣なキッドの表情と問いに、ソウルは一瞬きょとんとした顔をしたが、すぐにまた穏やかな笑顔を浮かべた。 他の仲間と居るときには見せない、彼本来の笑顔なのかもしれない。 「キッド…?急にどうした?」 「…マカを助けるために死に至るような怪我をして…。 命を投げ出してまでデスサイズになることには価値のある事なのか?」 そもそも、魔女の魂を狩るのに命を落とす職人と武器も居るのに。 「キッド…武器にとって、デスサイズになることは最高の名誉ってことは知ってるよな。 でもオレは正直名誉なんてどうでもいい。 お前だから…。お前の信念と秩序を守るために、オレはお前の武器になりたい。 お前を守るためにデスサイズになる。」 「…ソウル…」 ソウルの言葉にキッドが黄金色の瞳を見開いた。 けれど、一瞬輝いた瞳もすぐに曇る。 その理由に思い至って、ソウルは苦笑した。 「そんな顔すんなよ。お前がリズとパティ以外を使うつもりはないって分かってるつもりだ。 けど、デスサイズは…デスサイズスはたくさんあった方がいいだろ? オレを使う使わないはお前の自由だ。 デスサイズになってお前のそばに居て、お前の世界を守りたいっていうのはオレの意志だ。 オレの意志は、たとえ死神のお前でも覆せない。これはオレの自由だからな。」 包んでいたキッドの手を撫でて、ソウルはその手の甲にそっと口付けた。 その行動に赤面するキッド。 キッドの心に掛かっていた靄、その正体がはっきり分かった。 嫉妬していたのだ。マカに。 ソウルが命を投げ出してまでマカを守ったから。 二人の強い絆を、見せられた気がしたから。 ソウルは、ソウル自身のためではなく、マカを一流の職人たらしめるために デスサイズになりたいのではないか、と思っていたから。 職人と武器の絆は強い。それはキッドとトンプソン姉妹にも言えることなのに。 頬をそめながら、キッドはソウルを見つめた。 「ならば…」 ソウルの銀髪に空いている手を差し入れ、その髪を梳きながら呟いた。 「オレのためにデスサイズになると言うのであれば、 もうこれ以上怪我をするな。死ぬことも赦さない。」 「仰せのままに…。我が主。」 キッドの言葉に満足気にソウルが微笑む。 そして、もう一度キッドの白い手の甲に誓いの口付けを。 白い手の甲につけられる、薔薇色の証。 色づけられる、死神の世界。 |
ソウルが怪我したとき、キッドくんもいろんな意味で胸を痛めたであろうという 妄想のもとに書いてみました。 キッドは武器職人に任せず自分で武器を育てているけど、 それって武器職人や武器にとっては面白くない事だと思うの。多分。 次代の死神様が自分で自分の武器創ってるんだもの…。 始めは多分『名誉』っていうか、武器が目指す究極のものが『デスサイズ』だから ソウルも目指していたと思うんですよ。 でもソレがキッドに出会って目的がかわったっていうか、 ほら、キッドは完璧なくせに庇護欲誘うから!! 根っからの猫ちゃんですから! |