ノクターン 3





「おっす!うぃっす!ちゃーっす!!おつかれさん♪どうだったー?魔女狩り♪」
翌日、死武専まで戻ってきたソウルとキッドは、
軽くシャワーを浴びて埃と疲れを流した後、食堂で食事をとってから
死神の部屋に赴いた。
そして、鼻唄でも歌い出しそうなほど弾んだ様子の死神に、対するキッドとソウルは若干引き気味だ。
「騙しましたね、父上。」
「なんのことー?」
あくまですっとぼける死神にキッドはため息をついた。
そしてこの父を追及することをやめた。
今回は厳しく問い詰めなければならない程、重要な問題でもない。
もとはと言えば、キッドの神経質な性質が悪いのだから。
「では父上、今回の魔女の魂です。」
右手の平をかざし、死神の前に魂を差し出す。
「あっれー?ソウルくん、食べなかったの?」
差し出された魂を前に、死神がソウルに視線を投げる。
「マカと狩った魂じゃなきゃ意味が無いんで。」
「そかそか。マカちゃんも一流の鎌職人目指してるもんね♪キッドくんじゃ役不足だった?」
本人を前に平気で酷いことを聞く。
キッドは気にした風もなく死神の側に寄り添っている。
「いえ…。正直、普通の職人じゃキッドに太刀打ちできないと思ってます。
流石死神っていうか。
オレだって早くデスサイズになって死神様の武器になりたい。
でも、死神と一緒に戦ってデスサイズになるのと、職人と一緒に戦ってデスサイズになるのでは
意味が違うと思うんです…。
なんて言っていいか…上手くいえないけど…。」
しどろもどろ、長い階段の上にいる死神とキッドに向かって言葉を紡ぐ。
なんと言えばこの気持ちがキッドに伝わるのか。
ソウル自身も言いあぐねていた。

リズとパティがずるい、と思っているわけではない。
きっとキッドは"職人"として魂の波長を二人にあわせているはずだ。
死神として波長を合わせているわけでは無いと思っている。
もし"死神"として常日ごろ戦っているのだとしたら、デスサイズにもなっていない二人の魂の消耗は激しく、
すでに使い物にならない状態になっているに違いないから。

けれど、今回の課題は違う。
キッドは"死神"としてソウルを使った。
その魂の消耗たるやマカと共にクロナと戦ったときの比ではなかった。
ブラックルームで暴走するマカを抑えるのも大変だった。
魔女と勘違いしてブレアと戦った時もしんどかったが、今回とは比べられない。
あのときよりソウルも随分基礎体力も上がったし、武器としての性能も上がっているはずだ。
それなのに体中から力が抜けていくようなあの感じ。
魂が霧散してしまいそうなあの感覚は今まで味わったことがなかった。

「死神のキッドの力でオレの力が底上げされていたようなもんだから…。
それで魔女を倒したとしてもオレの力じゃない。
キッドが"職人"としてオレを使ったなら、その魂を喰ったかも知れないけど…。」
「つまり、どゆこと?」
のほほんと聞き返してくる死神は本当に意地が悪い。
ここまで言って、さらに言わせたいのか。
死神自ら手塩に掛けて育てている息子のキッドがものすごく優れている、と。
まだまだ、キッドの武器になるには修行が足りない、と。
はるか壇上の死神を見据え、ソウルは分からないように息をついた。
その横に立つキッドに負けを認めることは悔しいが、死神には逆らえない。
「…つまり…まだまだオレの修行不足って事です。
デスサイズになるにはもっとマカと強くならないと…。」
死神の気配がふと緩んだ。
「まぁ、キッドは次の死神だからねぇ。
中途半端な教育はしてないよ。少々我儘に育っちゃったけどねぇ」
満足気に、隣に立つキッドを見やり、大きな手でキッドの頭をぐりぐり撫でる。
「父上!また子供扱いしてっ」
ソウルの前で頭を撫でられたのが恥ずかしいのか嬉しいのか。
キッドは頬を染めながら大きな手を退けようとしている。

(この…腐れ死神め…)
ソウルは心の中で毒を吐く。
要は、死神はキッドのためと言いながら、結局はキッドとソウルの格の違いを見せつけ、
あまつさえそれをソウル自身の口から言わせて、
まだまだキッドに懸想するには早い、と釘を刺すためだけに今回の指令を二人に与えたのだ。

「キッドはまだまだ未熟で子供だけど、次の死神になるわけだからさ、
ソウルくんも頑張って立派なキッドの武器になってあげて頂戴♪」
「…頑張ります…」
「んじゃ、おつかれさーん。今日は解散ね」
そう告げられ、キッドは階段を降りてソウルの元に駆け寄った。
「ソウル、これからマカのところに行かないか?」
無邪気な笑顔で言われ、ソウルは頷いた。



保健室で、いまだ動けないマカの隣にたってキッドは嬉しそうに話をしている。
例の屋敷で見たタペストリーの素晴しいシンメトリーについての熱弁だ。
女の魂が実は魔女の魂だったとか、ソウルと一緒に倒した、とかそういった類の話は一切出なかった。
ただただそのシンメトリーの素晴しさを語るのに既に20分は経過しただろうか。
いい加減飽きてきたマカは、何とか会話の合間を見つけて口を挟んだ。
「で、ソウルとキッドは上手く魂の波長を合わせることができたの?
ブラック☆スターとソウルじゃ全然ダメだったけど。」
「うむ。オレはやはりシンメトリーな武器が良い。
マカは素晴しい職人だが、ソウルはダメだな。やはりリズとパティが良い。」
うんうんと腕組みしてキッドはマカに告げた。
「…やっぱり、上手く共鳴できなかったの?」
不安気に、けれどどこかほっとしたようにマカがソウルに問う。
ソウルとしては複雑な心境でその問いに肯定を返すべきか否定を返すべきか迷っていた。

キッドなりに、マカに気を遣ったのだと思う。
このところ、ブラック☆スターもだがマカも焦って強くなろうとしている節がある。
強敵がつぎつぎと現れ、死武専の教員に死者も出ているわけだから、
焦る気持ちも分かるのだが、その焦りが命取りとなる場合だってある。
現にブラック☆スターは自信消失のため魂が弱ってるらしい。
パートナーとしてはマカに心配は掛けさせたくは無い。
けれど片想いをしているキッドに、マカとの仲を変に誤解されたくはない。

そんな一瞬の迷いの間にキッドがマカに微笑みかける。
「まぁ良いではないか。そんな事よりもその獅子のだな…」
と再び会話をシンメトリーに持っていってしまった。
なんとなくほっとして、ソウルはマカとキッドのやり取りを見つめた。
それから暫くして、キッドはリズが心配だと保健室を後にした。
ソウルも一緒に部屋を出たが、キッドは不思議そうにソウルを見つめた。
「…なんだよ?」
「いや、マカについていなくて良いのか?」
キッドにしてみれば至って普通の質問だったに違いない。
「お前さ、オレとマカの仲を変に思ってないか?」
「…変…?とは?」
小首をかしげてソウルを見る。
本当に思い至っていないようだ。もしくは、ソウルとマカが出来ているという認識が定着しすぎているか。
そのどちらかだと思うのだが。
「言っておくが、オレとマカはそんなんじゃねーぞ。」
純粋なパートナーだ、と。続けてお前もそうだろ?と聞きかえす。
「マカはステキな女性なのに、ソウルはなんとも思わないのか?」
きょとんと聞き返すキッド。
本当にこの天然な死神のお坊ちゃまは何もわかって無いらしい。
屋敷でソウルがキッドを抱きしめたことはすっ飛んでいるか、なんとも思っていないのか。
もし後者だとしたら、本当に死神の教育方針を疑ってしまう。
どう愛情表現したら、この目の前の相手に正しく伝わるのだろうか。

がしがしと頭をかいて、ソウルはキッドの手を引いて歩き出した。
「ソウル?」
課外授業の間に見せた凛とした姿、覇気溢れる魂の波長はどこへやら。
今のキッドは至って普通のそこいらにいる少年と同じだ。
そういったギャップもひっくるめて好きなのだけど。



死武専の屋上。
今は太陽が眠たそうに地平線に沈もうとしている。
そこにキッドを連れ出し、ソウルは両手を掴んで正面を向かせた。
「いいか、キッド。オレはマカの事は仲間として好きだけど、特別な意味はないからな。」
「そうなのか?」
キッドの雰囲気的に、別にソウルが誰を好きだろうがどういう関係になろうが、
関係ないといった風情だ。
それが悔しく、ソウルは力任せに引き寄せてキッドをその両腕に囲った。
「…ソウル?」
ほとんど身長差が無い二人だが、こうして密着してみると少しだけソウルの方が身長が高い。
この状況に、どうしてよいか分からずキッドがおろおろとし始める。
「オレが好きなのは、お前だよキッド。」
耳元で囁くように言葉を流し込む。
想いの全てをこめて。
「え?」
ビックリしたようにキッドの肩が跳ね、どうしたものかと考えているようだ。
「お前が、好きだ。」
今度は区切るように、自ら再確認するように告げる。
「…その…すまない…。そういう風に考えたことがなくて…」
しどろもどろ答えるキッドに、ソウルは分からないようにため息をついた。
「いい。謝んな。多分逆の立場だったらオレだってビビる。」
「…ソウル…少し、時間をくれないか。」
考えたことがないから、考えたいとキッドは言う。
「何?それって望みがあるって事?」
問われてキッドは分からない、と返した。
「ただ、今この場で断るには随分と気持ちが曖昧なのでな。」
抱きしめられたまま、キッドはその腕を上げて、ソウルの背に触れた。
決して抱き返す訳ではないが、ソウルの背を撫でる。
「友達以上ではあるわけだ?」
ソウルが笑ったのか、キッドの首筋にソウルの吐息がふっと掛かる。
その感じにゾクリと背に何かが走るが、キッドはそれを無視した。
「わからない。でも、嫌いではない。」
「曖昧な答え。」
「だから、時間が欲しいと言っている。」
やっぱりキッドは感情が表に表れやすい。
口調から少しむっとしているのが分かる。
「わかったよ。じゃあ考えてちょーだい。俺も、俺なりにアプローチする事にするさ。」
両腕からキッドを解放して、その顔を覗き込んだ。
常に白い肌が若干赤らんで見えるのは、夕日を受けているからか、それ以外の何かが原因か。
「うむ。そうしてくれるとありがたい。」
今までちっとも気づかなかった、と愚痴るキッドにソウルはため息をついた。
「結構、意思表示してきたつもりだったんだケド…。」
必要も無いのに手を取ったり、抱きしめたり。
COOLじゃないと思いながら、色恋沙汰に疎い死神様の息子に、最大限伝わるように。
確かに、直接想いを告げたのは今回が初めてだけど。

「手始めに、どうやってキッドを丸め込もうか。」
本気とも冗談とも取れない口調でキッドを覗き込むと、至って真面目にキッドは答えた。
「ソウルが弾くピアノが聞きたい。」
「…はぁ?」
急に突拍子もなく言われた。
「さっき。魂の共鳴をしたときピアノの旋律が聞こえた。
美しかった。あれは、ソウルが弾いていたのだろう?」
「まぁ…そうだけど…」
あの時は全部持っていかれそうになるのをこらえるのに必死であまりよく覚えてはいないが。
確かに弾いた気がする。
よりにもよって、戦闘には不向きな夜想曲<ノクターン>だ。

「あの優しい旋律がもう一度聞きたい。弾いてくれないか?ソウル。」
この二日ばかり、これで一体何回目か。
キッドの極上の笑顔とおねだり。
その上、想い人のためにピアノを弾くという弾き手にとっても好ましい状況。
このタッグにソウルが抗えるはずもなく。



「仰せのままに、死神様。」





今宵、愛しいあなたのために優しい夜の旋律を。



end




ノクターン終了。
結局何が書きたかったのか…orz
とりあえず、戦闘シーンと魔鎌くんが書けたので良しとしたいです。
死神様って独占欲強いと思うんですよね…。
うちの子に手を出すには100年早い!的なオーラが漂っていると思います。
だって息子の初登校にやってきちゃうくらいだから!
『キッドはかわいいから絶対学校でヘンな輩に目をつけられちゃう!
ここは一つ父親権力でまずは蹴散らしておくか!』みたいな。