こんな状態など望んでいなかった。
穏やかで温かな日常が続けば良いと思っていただけなのに。
キッドはふと右手を見つめる。
今この手は何を掴んでいるのだろう。
父に託されて座すこの『死神』という職に、何を見出しているだろう。





黙示 side Kid





ただ、見ているだけで良かった。
それだけで心が温かくなり、心に勇気が、希望が湧いてくる。
死神である自分が"職人"ではあるが"人間"の彼女からそういった気持ちを貰うなど考えてもみなかった。

始めは特に気にならなかった。
けれど戦闘を繰り返すうちに、鮮烈に脳裏に焼きついていく、その姿。
ツインテールというシンメトリーな容貌も好きではあったが、
何よりもキッドの気を強く惹き付けるのは、天性の勇気と真っ直ぐな生き方。
たとえ迷っても、挫けても、自らの道は自らで切り拓き突き進む。
そんな生き方に惹かれた。

いつか隣に立ちたいと願いながら、それは自らの役目でない事も理解していたし、
キッドが見つめるその松葉色の瞳の先には別の人物が映っていることも承知していた。
側に居て、いつでも彼女を助けることが出来きればそれで良い。
それだけの力も、能力も自分にはあるのだから。
キッドはそう納得した上で、彼女、マカ=アルバーンを好いていた。

武器姉妹も大切に思う傍ら、マカはキッドにとって友達・仲間以上に大切な人物だった。
死神の寿命は永い。
その永さから考えれば、マカや他の仲間達と居られる時間はほんの刹那。
それでもどんな時間よりも今この一瞬が大切なのだ、とキッドは思う。





デス・シティーにも秋が訪れた。
『お手製なんだ』と笑うマカを眩しく感じながら、キッドは出されたスイートポテトをつまむ。
さつまいも本来の甘みが感じられる、優しい味だった。

仲間も増え、いつも集まっていたマカとソウルのアパートは手狭になったために、
最近のたまり場と言えばもっぱら死刑台屋敷だ。
集まる際にはみな手ぶらではなく何かしら手土産を持参してくるのだが、
今日のマカとソウルの手土産がこのスイートポテトだ。

キッドは人数分のコーヒーと茶菓子を出しながら、夕飯の算段をしていた。
仲間が増えることは喜ばしいことだ。
が、問題なのはその食事量で、キッド一人では手が回らなくなり、今では椿とマカが手伝ってくれている。
トンプソン姉妹はキッチンを破壊する輩となるため、
居間で接客担当だ。

「最近、賑やかになったね。」

椿の笑顔に、キッドも同じく笑顔で答えた。

「あぁ、そうだな…。
このままずっとこうしていられたら良いと思う。」

魔女の事も阿修羅の事もひと段落し、鍛錬は欠かさずとも、今はとても平和だ。
相変わらず悪人の魂との小競り合いは続いているが、
生死に関わるような大きな戦いも、狂気に飲まれるような状態でも無くなった。
父・死神から正式に死神の職を継いで、今ではキッドが死神様となっている。
今では一時の烈しい魔女との戦闘が嘘のように、穏やかな日々を送っていた。

気が抜けている、と言われればそうなのかも知れないが、
みな十代の子供だ。こっちの方が日常だと、キッドは思いたかった。

穏やかに微笑みながら、それでも手だけは夕飯の準備のために休めない。

「今年の冬は、みんなで年越ししたいね。」

マカの言葉に椿もキッドも頷く。
3人で手際よく準備した夕飯は、トンプソン姉妹と、寛いでいたソウル、オックスやハーバーといった面々が運んで行った。

「マカ、椿、キッチンはもう良いから先にみんなと食べていてくれ。
オレは地下に降りて飲み物を取ってくる。」
「あ、そんなのソウルにさせたら良いよ!キッドくんこそみんなと先に食べてて。」

言いながら、マカはソウルを呼び出し、地下のワインセラーへ飲み物を取ってくるように指示を出していた。
その指示の仕方もさることながら、ソウルを従えるとはさすがマカだな、と感心しつつ、
キッドは苦笑してリビングに戻った。
背後からは、『なんでオレなんだよ…』『働かざるもの喰うべからず!ってね!』と
二人の楽しげな声が聞こえてくる。

きっと、こうして時は穏やかに過ぎてゆくのだろう、とキッドは思った。
人間の営みを傍観しながら、死神として、付かず離れず、距離を保ちながら。
それは少し寂しい気もするのだが、父も、おそらく祖父もそうしてずっと見守って来たはずだ。

リビングで和気藹々と盛り上がる面々、背後でのマカとソウルのやり取り。
キッドは心が温かくなるその光景を胸に刻みながら、どこか寂しさも感じていた。



マカとソウルが地下に降りてから暫く経ち、流石に戻りが遅いのではないかとキッドが気づいたのは、
料理の半分ほどが既に男性陣の腹の中に納まってからだった。

「マカとソウルは遅いな。」
「そうね…見てきましょうか?」

椿の応えに、キッドは軽く首を振り、「オレが行って来る」と席を立つ。
おそらく、ブラック☆スターの暴走やパティの暴走を止められるのは椿だけだ。
キッドはさして急ぐでもなく地下のワインセラーへと降りていった。
自分達はまだ未成年だが、そういえばアルコール度数も低い取っておきのワインがあったはずだ、と
キッドは呼びに行くついでにそのワインも開けようと考えながら、
暗い階段を降りて行く。
すると、マカとソウルの声が聞こえてきた。

「あー…ま、その…なんだ。お前の気持ちは嬉しいけど…」
「"けど"なに?ソウル、さっきからアンタそればっかりだよ。」

幾分イラついたようなマカの声と、困ったようなソウルの声。
声を掛けづらい雰囲気に、どうしたものかとキッドは階段で立ち尽くしてしまった。

「アタシはソウルが好きだよ。
武器としても、最高のパートナーだと思ってる。」

理解していたとは言え、マカから直接語られる言葉に、正直キッドの胸中は複雑な思いが交錯する。
やはりという気持ちと、それでも自分はマカが好きなのだ、という思いと。
当然、ソウルもマカと同じ気持ちでいるものだと思っていたのだが、
どうやら話の流れから察するに違うようだ。

「オレも、お前の事は最高のパートナーだと思ってるさ。
でも、恋愛感情は、オレには無い。」
「…ほかに、好きな人がいるの?」
「本当は薄々気づいてるんじゃねーの?マカ。」

キッドの気配に全く気づかない二人は、少し喧嘩腰で話あっている。
益々キッドはどうしたものか困ってしまった。
階段を上って、二人が戻ってくるのを待つか、しかし戻る途中、下手をして物音など立てた日には
盗み聞きしたと思われてしまう。
そんな逡巡がマカの信じられない言葉を聞くことに繋がった。

「気づいてる。
ソウルが好きなのは、キッド君だってことくらい。」

この言葉に、キッドの頭は真っ白になった。



「じゃあ、お前の気持ちにこたえられないことくらい、わかるだろ。」
「それでも伝えたかった。ちゃんとアタシの気持ちは知ってほしかった。」
「お前…キッドがお前の事憎からず思ってるの知ってるだろ…」
「それも知ってる。でもどうしようも無いじゃない…。アタシが好きなのはソウル。」
「…オレが好きなのはキッドだ。」

苦笑し、溜息をつくような二人。

「お互いに、これ以上のパートナーは居ないって思ってるのにね。」
「あぁ…そうだな…。」

右手を腰に当て、ソウルは左手で後ろ頭をガリガリと掻きむしった。
マカは壁に背を預けて、空に溜息を吐いた。

「こんなに、好きなのにねぇ…」

向いてる先が違うなんて、と呟く。
その切ない声を、キッドは多分生涯忘れることないと思った。
それほどまでにマカの声は辛く、切なくキッドの耳に響いた。


彼女を助けることが出来ると思っていた。
そのための能力も、力もあると。
だが今、それがただの思い上がりであったと、キッドは身をもって知った。





マカを助け、幸せに出来るのはソウルしか居ない。
けれど、ソウルには別に幸せにしたい対象が居て、それが何故かキッドで。
キッドはマカを幸せにしたいと願うのに、
その願いはキッドが存在する事によって叶う事が無い。



これ以上の歯がゆい思いがあるだろうか。



キッドはなんとか気づかれずにもと来た階段をのぼり、
キッチンと地下を繋ぐ扉を静かに閉じた。
そしてその扉の背に身をもたせかけ、ずるずるとその場に蹲る。

「…こんな状況、誰が想像できる…?
魔女や阿修羅を相手にしている方が、遥かにマシだ…。」

呟いた言葉にはかすかに涙が混じった。







黙示のキッド視点。
キッドくんは死神なので、心のどこかでは、傍観者というか。
みんなとは見方が少しだけ違うような気がしています。
いやもうなんと言いますかね、勝手な思い込みと激しい妄想ばっかりですよ。