冷え冷えとした月が、中天に差しかかる。 今宵は満月。 日中の太陽に似た、まん丸の、けれど黄金色ではなく、白銀色のそれ。 夜空は夏の湿り気を帯びて、けぶって見える。 その中で輝く月は、冷たくシャープなイメージなのに、どこか濁っていて。 そんな中で肌を合わせると、どこもかしこも湿っているようで、不快感に眉をしかめる。 体を重ねることは決して嫌ではないのに、不快指数が上がってしまうのは、どうしようもなくて。 軽く相手の体を押し返す。 「…んだよ、キッド。良いところなのに。」 不平をもらす緋色の瞳は、色欲を湛えていて、深緋色に見える。 夜の闇のせいかもしれない。 そう思いながら、キッドはソウルを見つめ返す。 「…暑いんだ…あまりくっつくな」 「無茶言うなよ。くっつかずにどうやってヤるんだよ…」 「ヤらなくて良い。」 つれなーな、と呟いて、ソウルは手近にあるリモコンに手を伸ばした。 ボタンを押して暫くすると、部屋の中の熱気が薄れてゆく。 「冷房はまだ冷えるから、ドライで我慢しろよ。」 言いながら、中途半端に肌蹴られたキッドのシャツに手を伸ばす。 どうあっても今、この場で体を重ねるつもりなのか、とキッドは無言でソウルを見やる。 嫌な訳ではないけれど、気分が乗らない時もある。 キッドから誘ってソウルが乗らない日があるように、今日はキッドがそんな気分ではなかった。 暑さは断るための口実でしかなかったのが。ソウルの指は止まらない。 シャツのボタンが全て外され、武器とは思えない、けれど節くれだった手が、 キッドの肩からシャツを抜く。 肌に触れ、滑るぬるい掌の感覚が、今日は何時に無く感に触る。 「…やめろ、ソウル。」 「ヤだね。」 ろくな抵抗もしていないから、本気で嫌がっているなどと思いもしていないのだろう。 不愉快そうに眉根を寄せるキッドを左手であやしながら、右手は胸の果実を摘む。 反射的に息を潜め、キッドはソウルの腕に手を乗せた。 「ソウル…」 幾分強く呼ぶと、ソウルはニヤリと嗤った。 「分かった分かった。」 言いながら、キッドの額に、まぶたに、頬に、とキスを繰り返す。 そして、唇に軽く触れた後、息すらも飲み込むように手荒くキスをする。 「んっ……ふ…」 10秒か20秒か。 長く、めまいがしそうなキス。 「…っぁ…はぁっ…」 「満足したか?」 解放されて深く息を吸い込むと、目の前にはゆらゆらと欲情を湛えた紅い瞳。 ただ体に触れられるだけでは満足できず、けれど素直にキスを求められないキッドに気づいたソウルが仕掛けたキス。 あれだけ嫌だと思った肌の交わりも、胸のつかえが取れたかのように受け入れられる。 「…好きにしろ…」 「はいはい。死神様のおっしゃるとおりに。」 自らの唇をぺろり、と舐めるソウルの姿は、これからの行為を妙にキッドに意識させる。 決して、初めてでないはずなのに。 こうして肌を合わせることも、キスを交わすことも。 訪れるであろう快楽の波を思い、ふるり、と軽く身を震わせるキッドを感じ取って、ソウルはキッドに問う。 「寒くなった?」 どこか、揶揄うような響きの声。 軽く舌打ちをして、今度はキッドからソウルへキスをした。 「ヤる気がないなら、俺はもう寝る。」 「ここまできて、ヤらない選択はねーよ。」 一蹴されて、身体を押され、シーツの波にその身を横たえるキッド。 ソウルの背に手を回し、軽く爪を立てた。 「立てたきゃ、立てていいぜ、爪。考える暇なんかないほど、揺さぶってやるから。」 一体なんの宣言か、と不敵に笑うソウルを見つめ、キッドも笑った。 「なぁ、知ってるか?」 「…知らんな」 肌をあわせた後の、気だるい体をゆっくりと起こし、広いベッドのベッドヘッドに預けた。 そして、ソウルの問いには何も考えずに答えた。 否、考えることを放棄するほど、体力を消耗したと言った方が正しいか。 いっそ、気を失ってしまえれば良かったのに、そう思わずにはいられない。 こういうとき神の体は不便だ、とキッドは思う。 病にも、痛みにも強いのに、快楽には酷く弱く。 それなのに、手ひどく抱かれても、気を失う程になることはない。 意識も混濁することなく、ただただソウルを求める心と体を、感じるしかない。 あっさり会話を断ち切ろうとしたキッドに構わず、ソウルは続けた。 「キスする場所には意味があるらしくってな。」 良く聞くだろ?そう続けられて、キッドは首を振る。 知らないし、興味もない、と。 そんなキッドに苦笑しながら、その闇色の髪を梳きながら、ソウルは続けた。 「なんか、マカの本棚の整理手伝ってたとき、偶然みつけたんだけどな。」 ソウルはキッドの手を取って、その手の甲にキスを落とした。 「手の上なら、尊敬のキス。」 そして、額へ、頬へ、唇へ。 キッドを宥めたときと同じように、唇を落としていく。 「額の上なら友情のキス。頬の上なら厚意のキス。唇の上なら愛情のキス。」 ソウルの唇を受け止めながら、キッドはソウルの好きにさせた。 瞼の上、握ったままだった掌、手首へとキスを続けるソウルをただ無表情に見つめるキッド。 「瞼の上なら憧憬のキス、掌は懇願のキス、手首なら欲望のキス。」 呟くように告げたあと、ソウルはキッドに問うた。 「その他へのキスは、なんだと思う?」 「…さぁ…?」 何が言いたいのか、とキッドはいぶかしむが、ソウルはやっぱり気にせずキッドに告げた。 首筋に、噛み付くようなキスをして、花弁のような痕を残す。 こうして痕を残したところで、明日には消えてしまうのに、ソウルは好んで痕をつける。 情事を終えたばかりのキッドの身体には、今ソウルがつけた以外の痕がそれこそ花びらのように散っている。 「その他のキスは、狂気の沙汰…なんだってよ」 ソウルの赤く、唾液に濡れる舌が唇を舐める。 その様子を見つめながら、キッドは嗤った。 「お前のキスは、場所など問わず、どこもかしこも全て、狂気を含んでいるじゃないか。」 こうして、何度も肌を赦してしまう程に。 ソウルの狂気に当てられて、キッドはソウルを拒めない。 場所など問わず、キス一つで死神を陥落させるこの男に、まともなキスなどある訳がない。 全てが狂気を孕みキッドの脳を、心を、身体を、侵す。 「俺も、一つだけ知っている。」 「…何?」 「ソウル、俺が好きか?」 「好きと言えば、好きかな。でも、それ以上に愛してるかもな。」 「愛…また気障な言葉を…」 苦笑するキッドは、誓って本当か?と問う。 「死神様に嘘なんかつかないよ。お前に誓う。」 ところで、何の遊びだ?と続けるソウルに、キッドはその言葉を遮るようにキスをした。 虚を突かれたようなソウルに、続ける。 「誓いの後のキスは、その誓いの言葉を封じ込めるのだそうだ。」 「へぇ…お前にしては、随分リリカルじゃねーの?」 そう笑って。 ソウルもキッドも、どちらからとも無く唇を交わした。 狂気の沙汰 |
有名なキスの場所。 ソウキドに乗せてみました。 うーん…なんだか最近、再びソウルがつかめなくなってきています。 1巻から読み直そうかな。 でも、あれっすよね。1、2巻の頃のソウルはお笑い系のキャラだったのに。 なんかブラックルーム行くようになってから男前度アップですよね。 なんかすごいよ、ブラックルーム。 |