『ダメ』と分かって引き下がるのが俺の人生だった。 今までずっと。 逃げ道を作って、そこに逃げ込む。 それが常套手段。 そんな自分がいやでイヤで嫌で厭で。 変えたかった。 変わりたかった。 だから、もう、逃げるのは止めだ。 追いかけて追いかけて追いかけぬいて。 もう逃げない。 不等号ジャッジメント 「もう…いい加減にしてくれ…」 げんなりしているのが分かる。 それはもう、見て分かるほどに。 広いダイニングルーム、長くて大きいテーブル、イスは10脚ほど。 左右対称にきっちり並んでいる様は圧巻だが、居候して一週間も過ぎれば流石に慣れた。 さらさらと流れる闇色の髪は、頭頂部辺りに3つの白い半円ができている。 普段は細い白のリボンで結われている髪も、今日はまだ結われていない。 黄金の双眸は今閉じられているが、開けばきっと呆れていることだろう。 眉間に深い皺が寄っている。 食卓のイスに腰掛け、テーブルに肘を着いて額を支えている。 その姿すら絵になるようだ。 「俺を巻き込むな、とあれほど言っただろうがー!」 と、突然、イスに座っていた状態からキッドが立ち上がり、見事なアッパーカットを繰り出した。 その完璧なアッパーカットを見事に食らったソウルは、 目の前にチカチカと星が飛ぶのが見えた。 のけ反ったものの、何とか踏みとどまってソウルは気力で体勢を立て直した。 「キッド…流石に突然殴るのは…ナシだろ…」 顎を押さえ、目尻に溜まった涙を拭う。 「黙れ!俺を巻き込むんじゃないって言っただろう! なのに何故!なぜ貴様はっ…!!」 イライラと苛立っているのが見て分かる。 それもそうだろう。 キッドにキッパリと断られてからの一週間、会えば愛を囁き、無視されればメールを送り、 とにかく押して押して押しまくっている。 こんな無様な事、以前の自分には考えられないことだ。 それだけ、本気だということ。 始めは取り合わなかったキッドがこうも苛立っているのは、おそらくそれが伝わったから。 もうなりふり構っていられない。 近々リズ・パティが戻ってくる。おそらく、マカも。 リズ・パティが死刑台屋敷に戻ってきて邪魔が入る前に、何とかキッドの心を掴みたい。 ほんのひとかけらでも。キッドの心が欲しかった。 「キッド、流石にもう気づいてるよな、俺が本気だって。 伊達や酔狂でこんなこと言ってるんじゃない。」 テーブルに手をついて、ずい、とキッドに顔を寄せる。 さっき殴られたことはもう頭になかった。 「いや、嫌がらせだろう。 俺が嫌がることをして、お前は楽しんでるだけだ。」 「いやいや、嫌がらせじゃねーし。 なんで素直に俺の愛を受け止められねーの?捻くれもん。」 「ひねくれ…っ?!」 ソウルの言葉にキッドが瞠目する。 「貴様…一方的に愛してるだのなんだの、押し付ける上に、 受け入れられなければ今度は"捻くれ者"扱いか!」 イライラと、テーブルを掻く指すらも愛しいと言ったら、 目の前のこの芸術品のような死神は、 今度はどんな表情を見せてくれるだろう。 そんな歪んだ考えすらできるようになってしまった自分を、 どこか他人事のように見つめながら、ソウルは口を歪めた。 「死神のお前に、愛を囁く日が来るなんて、俺だって思っちゃなかったけど。」 つい、と指をキッドの白い頬に沿わせる。 顎まで滑らせてから、少しだけ力を入れて二人の距離の半分だけ引き寄せた。 残りの半分は自ら近づけて、その頬へと口付けを。 「お前だって、"愛してる"って言われて厭な気はしないだろ?」 突然の行為に、大人しかったキッドが今度こそ暴れる。 舞い上がる死神様の殺気。 「そこへ直れ、ソウル。今すぐに俺が冥府へ送ってやる。」 瞳が据わっている。 黄金の双眸の水底に、ゆらゆらと揺れる本気の殺意。 その瞳に射殺されそうだが、それはそれで良いような気がしてしまう自分も末期だ。 「今この場にリズとパティが居ない事が幸運に思えるな、 存分にいたぶってから殺してやる。」 「冗談に聞こえない、もしかして本気で言ってるか?」 おそるおそる、キッドから距離を取ってその顔を見ると。 それはもう、とてもとても綺麗な笑顔で。 さらさらと流れる手触りの良い闇色、蕩けそうな金色。 頬に差す薔薇色は、ソウルの心をも蕩けさせるのに充分だった。 「安心しろ、死神流体術は今も変わらず使える。 むしろ、貴様が下らんことを言い始めてから毎日鍛錬しているくらいだ。 殺傷能力は上がっているはずだ。」 自信満々のキッドから慌てて離れるソウル。 「いや、死神流体術はエロいからそれはそれで見ものだけど、 食らうとなると話は別。」 「エロ…っ!!……貴様……さっきから侮辱し放題だな! リズとパティが戻ったら死刑執行モードで、全力で殺してやるから覚悟していろ。」 怒り心頭、まさにそんな様相でその場から立ち去ろうとするキッドに慌てて駆け寄り、 ソウルはその両腕に細い体を抱きしめた。 「どうしたら良いんだよ。 俺はお前が好きだって、愛してるって言ってるのに… お前の態度は硬化するばっかじゃねーか…。 マジで、無理なのか?お前頭っから否定してるだけで、本気で俺の事考えてる?」 腕に、キッドの吐息が掛かる。 おそらく溜息を吐いたのだろう。 「いいか、ソウル。 俺の中で"マカ(かなり)大なりソウル"という不等式は永遠に変わることはない。 俺がマカと付き合うことはあっても、貴様とどうこうなろうとは思っていない、と 頭の悪いお前にも分かるように、もう一度言っておこう。」 凄絶な笑み。 たとえ、その笑みが侮蔑のものだったとしても愛しい。 艶然と弧を描く唇に、吸い寄せられるようにキスをしてしまったことは、 ソウルにとって不可抗力だったと言いたいところだ。 「死なす!貴様は絶対に、赦さん!!」 顔を真っ赤に、ソウルの腕を振りほどき、光速でその背後に回る。 本気の死神様に一魔武器が敵うはずもなく。 呆気なく肩を極められた。 ひんやりと頬に食卓の無機質な冷たさが伝わり、その後じんわりと痛みが頬を打つ。 肩を取られると同時に頬を食卓に打ち付けられたのだから、当然だろう。 「あー…わりぃ。つい…」 「"つい"で済むか、この戯けが!!」 ぎちぎちと肩が痛み涙が浮かぶが、ギリギリで力が抜かれている。 そこはキッドの愛を感じる瞬間だ。 背や腕に触れる、キッドの少し低めの体温が気持ち良い。 本当は、逆にこの体を組み敷いて思う様乱れさせたいものだが。 その本音はまだ告げずにおく。 「キッド、愛してる。」 まだ言うか、とキッドの耳までもが真っ赤に染まり、 けれど腕の力が緩んで肩は開放され。 キッドは不等式が永遠に変わることはない、と言ってはいるが。 それが絶対ではない事を、ソウルは分かっている。 自分が、逃げるだけの人生から脱却しようとしているように、変わるものだ。人は。 キッドに愛を囁いて、本人には分からないように、真綿にくるむように慈しむ。 キッドが、人間にしてきたように。 そもそもこの世の秩序たる死神様であるところのキッドだ。 なんだかんだ言いながら、マカとソウルの間に不等号が成立しない事など、 本人が一番解かっているはずなのだ。 ただ、ソウルに諦めさせるが故の方便と言うべきか。 それに、神の不文律など、愛することの前になんら障害にはならない…はず。 腕を取り返したソウルはもう一度、キッドに囁く。 「愛してる。」 「…お前が言うと、陳腐なセリフに聞こえる。二度と言うな。」 じゃあ、どうやってお前に愛を伝えようかな、と苦笑交じりで呟き、 不機嫌そうに頬を染める死神様の、その髪の毛に口付けを。 そして、そのままキッドの右手を取り、掌と、手首にも口付けて、そのキスに願いをこめる。 (いつか、俺のものになってくれ。) |
どっちつかず最高! とりあえず、スライディング土下座。 マカを立てるとソウキドにならず。 ソウキドにするとマカが切なすぎて…。 結局ここから先はソウルvsキッドの延長戦という事で。 若干ソウルが押せ押せでキッドが押され気味ですが…。 しかもなんかギャグ風味っぽく。 今までのシリアステイスト台無し、みたいな… それ、スライディング土下座! |