われの





愛する者の魂を回収するのは、とても厭な仕事だ。
普通の人間の魂ならば、こんなにも心が痛むことはない。
けれど、今目の前ではシーツの海に身を横たえる愛息子が浅い呼吸を繰り返し、
いつ消えるとも知れない魂の炎を燃やし尽くそうとしている。

愛する息子が愛した人間は、今この場に居ない。
「明日、また来るから…」
そう言って去っていった人間。
キッドは、もう来るな、と言っていた筈だったのに。
そう思うと、死神の胸中は昏い、濁った想いで塗りつぶされていく。

ベッドには、彼が愛して止まないシンメトリーの武器姉妹が、目を腫らして付き添っていた。
痩せて細った身体。生気が失われつつある瞳。
それでもなお、綺麗な黄金の瞳が、気配に気づいて死神へ向けられた。

「ごめんなさい、父上。」

申し訳なさそうに掠れた声で呟くキッド。
死神は泣きたくなる。
そして、人間ごときに奪われようとしている神の魂が、不憫に思えて一層辛くなった。

愛する息子の魂が、人間に奪われる。
そんな事、あって良いはずが無かった。

「…どうして謝るの、キッドくん?」
「父上を遺して、逝ってしまうから…」
「わたしだけじゃないんだよ、君は、リズちゃんやパティちゃんもおいて逝こうとしてる。」
「…ごめん…」

キッドは、両手を固く握りしめている姉妹に向かっても謝罪した。

「キッド…」
「キッドくん…」

姉妹の瞳からは涙が流れ落ちる。
やっと逢えた、理想のパートナーなのに。
その想いはキッドもリズ、パティも同じ。

キッドの性分は愛しいと思う。
いつもいつも、度が過ぎるとは思っていたが、まさかここまでとは。

「どうしてお前はいつもそうなんだよ!」
「その性格何とかしないと…許さないんだか…ら…」

シーツの海に溺れそうに見える愛息子と涙に暮れる姉妹。
死神は、その光景に意を決した。
己が唯一愛した、無二の魂。
その魂をむざむざ手放すつもりはない。
死を司る神が、目の前の死を捻じ曲げようとしている。
けれど、そんな事はどうでも良かった。
このまま放置しておけば、キッドは一日も持たないかもしれない。

「キッド…わたしを赦してくれる?
これから、わたしが行おうとしている事を。」
「…ちちう…ぇ…?」

消え逝きそうな魂と、不安げな黄金。
仮面越しに、黄金と対を成す白銀の瞳が閃いた。
その、恐ろしいほど真剣な死神の気配に、キッドはただ黙って頷いた。

「…ありがとう…。
わたしは、何よりも、誰よりも、君を愛しているよ。
君が消そうとしている魂を、なんとしてもわたしの側に留め置こうとしているくらいに。」
「死神様…一体何を…?」

死神の只ならぬ気配に気づいたのか、リズが不安げに死神を見上げた。

「リズちゃんとパティちゃんは、暫く外に出ていてくれるかな?」

優しい、けれど有無を言わせない口調に、リズは恐怖を感じた。
そして、未だキッドの側に蹲るパティを急かして、キッドの部屋を出る。
その表情から、『不安』や『恐怖』が消えることは無かったが、
本能的な部分で何かを感じ取ったのだろう。
一度だけ振り返り、ベッドの上のキッドと死神を見比べ、無言でパティの背中を押し、扉を閉めた。

「キッド…。君はいつかわたしを恨むかも知れない。
わたしを怒るかもしれない。でも、わたしは後悔しないよ。
このまま、君を逝かせることの方が、何千倍も後悔すると思うから。」

死神は、ベッドからキッドの身体を抱き上げた。
随分と軽い。
キッドが決めたことだから、と意地を張っていた己を悔いた。

仮面に手を当てて、真実の姿に戻る。
仮面を、グローブを、闇色のマントを消す。
きらめく白銀の瞳が、キッドを見つめた。

「愛してる。キッド…。」

言葉にする事がわざとらしく、恐ろしく陳腐に聞こえるほどに。

うっすらと開かれた黄金の双眸が、ふわりと微笑んだ気がした。
死神は抱き寄せたキッドの身体をさらに抱き寄せ、ゆっくりと唇を重ねた。
軽く、触れるように口付けた後、キッドの身体を労わるようにゆっくりと、温もりを堪能するように。

そして。

キッドの身体を優しく撫でていた右手で、キッドの左胸を貫いた。
ただの、肉の塊になったキッド。
その塊はシーツの海に沈む。
死神の腕に貫かれたはずの身体には外傷がなく、出血も無い。

その手の中にある、抜き出した魂は、ゆらゆらと陽炎のように薄く儚い。
死神は大切に、愛おしそうに、その魂を抱きしめて鏡にその身を滑り込ませた。





白い、華奢な作りのテーブルの上には、ガラスのケース。
先端が円形になっていて、全体に薔薇の花の細工が施された、繊細な美しさを誇るケース。
その中に、揺らめく黄金色のキッドの魂。
死神はキッドに相応しいケースだと思った。

「キッドくん…。
何百年、何千年かかるか分からないけど。
君の魂が回復するまで、わたしだけはずっと側に居るよ。」

死神はガラスのケースを指先で撫でる。
呟きは甘く、魂を見つめる瞳は深く優しい。

「この世界に、わたしだけしか居なくなってしまっても。
そうだ、君の魂が回復するころ、新しい魂の容器<イレモノ>も準備しなくちゃね。」

死神の呟きに呼応するように、魂が揺らめいた。

「次は、親子じゃなくて、恋人にしてしまおうかな…。
むざむざ他の輩に君の魂をくれてやれないように。」

恋人同士だったら、君はわたしをなんて呼ぶんだろう。
楽しみだな、と呟いて、死神はガラスケースの置かれたテーブルから席を立った。

「じゃあ、デスルームに行って来るよキッドくん。
これから先、何百年も何千年も一緒だから、十数時間くらい大丈夫だよね?」

茶化すように呟き、ガラスケースに口付けを落とせば、再び揺らめく魂。

「愛しているよ、キッド。」

死神が、死すら捻じ曲げるほどに。
囚われているのは、キッドの魂か、死神の魂か。








ヤンデレ死神様ご光臨!
どうにも死キドはダーク節が効いてしまいます。

こちらは、log庫の『愛という名の劇物を飲み干すとき』の続きでございます。
死神様視点でも是非書きたい、と思ったのですが、
流石に妄想で垂れ流すには長すぎました。

キッドが愛したのはソウルだけれども、父・死神の願いを無碍にはできない、
そんな親子事情。
死神様がどんどん病んでいく。。。