「試してみる?俺と。」
正面を向きながらなにを?と問うて、キッドは隣にすわる銀髪の少年の真意をはかろうとした。
今は授業中。しかもマッドサイエンティスト、シュタイン博士の授業だ。
私語などしようものならどんな罰を受けるか知れない。
それなのにこの隣に座るソウルは。
そんなこと気にも留めないのか、頬杖を付きキッドをじっと見つめていた。





キスの味。





授業が始まる前、マカ・リズ・パティ・椿の4人で恋愛話について花を咲かせていた。
キッドが知る限り、マカや椿がこういった話に興味を示すのは珍しい。
その珍しさも手伝ってソウルとの話は半分にこの女性陣の会話に耳を傾けてしまっていたのだが。
でも決して、盗み聞きをしようと思ったわけではなくて。
至近距離できゃあきゃあと話をされれば嫌でも耳に入ってしまったのだ、と
言い訳をしたくもあるのだけど。

「ファーストキスってレモンの味だって言うけど、それって本当なのかなぁ?」
何かの雑誌を見ながらポツリとマカが呟いた。
その呟きに反応したのがリズ。
「マカ、キスしたこと無いの?」
パティはリズの言葉を復唱していた。
「…そういうリズは?」
マカに返され何故かパティが答える。
「無いわけじゃないよ!ね、おねーちゃん」
「まぁアタシらが生活してたのはスラムだし…」
パティの言うとおり無いわけではない。
「いちご味って聞いたことがありますよ?」
椿は控えめにでも小首をかしげながら会話に参加した。
「でも、ファーストキスについてはよく果物が引き合いにだされるよね。」
リズやパティの言葉に頷き、マカは椿を見やる。
「マカはファーストキスの味が気になるのか?」
パティが無邪気にマカに問いかける。
「うーん…この記事に特集されてるから。。。」
特に興味はないのだけど、でも世間一般的にこのように感じる少女(?)が多いのであれば、
そうなのだろうか、と思う。
でもキス自体が唇を合わせる行為なのだから、その直前に食べていたものの味がするのではないか、と
マカは考えたのだ。
「例えばさ、焼肉食べたとして。そのあとキスしてもそれはレモン味なのかなって」
「焼肉ってたとえが夢見る少女のチョイスじゃないな…」
リズがマカの手の中にある雑誌を覗き込む。
「気になるならソウルと試してみれば?」
リズに習ってパティも覗き込みながら、ごく自然と提案した。
異性同士の職人と武器の場合、数々の死線を共にくぐることで絆が強くなり、そのまま結婚するケースが多い。
現に離婚してしまってはいるが、マカの両親もそうだった。
だから、マカとソウル、椿とブラック☆スター、リズ・パティとキッド…は置いておくとしても、
前者の二組は今後充分に結ばれる可能性も高い。
「…やめてよ…いま想像して寒気がした。」
パティの言葉に一瞬思案した後、マカが頭を抱えた。
自然、雑誌はバサリと机に落とされた。
「ソウルじゃダメなの?」
不思議そうに椿に問われ、マカはうーんと悩みながらぽつぽつと言葉にした。
「うーん…なんだろう。男って感じがしないっていうか…。
そんなの超えた家族っていうか。なんかそういう関係にしたくない感じかなぁ…。」

彼女達が一列に並ぶ机の下の段には、それぞれのパートナーであるソウル、ブラック☆スターがいるというのに
よく本人達を間近にそんな会話ができるものだ、とキッドは少々驚いた。
「…で、キッド。お前どうなんだよ?」
「…え?」
「『え?』じゃなくて。…もしかして、聞いてなかったのかよ?」
ソウルとブラック☆スターに同時に責められて、キッドは申し訳なさそうに二人に向き直った。
「すまない…なんの話だったか?」
俺様の話を無視するとは良い度胸だ!と吼えるブラック☆スターに謝罪しようとキッドが口を開いたとき、
勢いよく扉を引いてシュタインがイスと共に入ってきた。
そして冒頭のやりとり。



授業も終わりランチタイムになると、ブラック☆スターは一目散に食堂に走って行き、
その後をのんびりと女性陣が追った。
遅れて席を立ったキッドの腕を引き、ソウルが尋ねた。
「で?どうする?」
「…どうする、とは?」
疑問符を浮かべながら返したキッドにソウルはニヤニヤと笑いながら返した。
「気になるんだろ?キスの味。」
「…はぁ…?」
「さっき、ずっとマカたちの話聞いてたじゃん。」
あぁ、そういえばそんな話をしていたな、程度の認識しかなかったが。
ソウルの人の悪そうな笑顔にキッドは思い切り顔をしかめた。
「性質の悪い冗談はヤメロ。」
「冗談なんかじゃないさ。それとも俺相手じゃ嫌?」
キッドは一つ小さなため息をついた。
ソウルの話はいろいろと根本がずれている気がする。
キスとは男女間で行う愛情表現の一つだとキッドは教わった。
つまりソウルの『試してみるか』『俺と』という言葉はキッドの中でこの大前提を既に覆してしまっているのだ。
「ソウル、いくら世間知らずな俺だってお前が間違っている、ということくらいは分かるぞ。」
いまだソウルに取られたままの腕をやんわりと取り戻して、掴まれた袖の皺を軽くのばした。
「間違いって?」
「まず俺たちは男同士だ。」
キッドの言葉にソウルは一瞬きょとんとしたが、その後表情が和らいで、その先を促した。
「オーケー。で?他には?」
「…好きあってもいないのに、キスはしないだろ?」
そんなソウルの顔にいささか引っかかるものが合ったが、キッドは続けて言った。
「キッドは俺が嫌いなんだ?」
挑戦的なソウルの言葉にキッドは固まってしまった。
「そんなはずはない。」
キッドにしてみれば初めて出来た学友だ。
トンプソン姉妹と出会うまではキッドはずっと一人だった。
周りをデスサイズスに囲まれ、決して寂しい訳ではなかったが、それでも同年代の友達が出来たのは死武専に入ってから。
マカやソウル、ブラックス☆スター、椿といった仲間が出来た事はキッドにとって大変嬉しいことだった。
「じゃあ、好き?」
「…あぁ…」
ソウルに問われ、素直に頷く。
「…じゃ、俺たち好きあってることになるよな?」
「え…?あぁ…そう…かな…?」
あれ、なんだかおかしいぞと考えている間にソウルはさらに質問してきた。
「キスって男女じゃないと出来ないって、本当に思ってるか?」
「…いや…」
唇に、ではないが父である死神に『おやすみ』や『いってらっしゃい』、『おはよう』のキスはしている。
だから、広義で"異性としかキスしてはいけない"とは思ってはいない。
それに好き同士なら、別に性別は関係ないのではないか…と考えてしまうのは、
人間ではなく神という一種超越した存在だからだろうか。
「じゃあ、さっきキッドが言った言葉は、キスを拒む理由にはならないよな。」
「…ちょっと待ってくれソウル。なんだかおかしくないか?」
軽く額に手を当て、キッドはこれまでの会話の流れを整理する。

好きか嫌いか、と問われればソウルの事は好きなんだと思う。
けれどキスをするしない、となればそれは"好き"の中でもライクやラブの種類分けが必要になるのではないだろうか。
ライクは確定にしても、ラブなのかどうかは正直分からない。
と、いうか考えたことがない。
そして、キスは異性としかしないというわけではないが、
世間一般的に唇を重ね合わせるキスは異性とするものではないのだろうか。

瞬時にそこまで考えてキッドがソウルに告げようと思ったとき、
ソウルに先制された。
「もう一回聞くけど。俺とキスするの嫌?」
「…好き嫌いの問題ではなく…」
「じゃあ何が問題?」
逆に問われてキッドも首をかしげる。
確かに、何が問題だというのだろう。
モラル?常識?世間体?
うむむ、と考え込んだキッドにソウルがその頭を撫でる。
「小難しい事考えなくても良いんじゃねぇの?俺はキッドとキスしたい。」
撫でていた手を、キッドの外耳、頬、顎へと辿らせ、顎に指をかけて俯いた顔を上向かせた。
ソウルとキッドの視線が絡まる。
キッドの黄金色の瞳は困惑したようにソウルを映し出していた。
「ダメ?」
鼻先が触れそうなほど顔を寄せて小声で問う。
困惑がふと和らぐと、キッドは苦笑をこぼした。
「キスの味を試したいのは、俺じゃなくお前じゃないのか?」
「アタリ。」
でも、キッド限定。そう続けて、ソウルは空いている腕をキッドの腰に回し引き寄せる。
吐息が触れる位置まで顔を近づけるとキッドが怯えたようにちょっとだけ顔を背けた。
「…嫌…?」
再度問いかけて、ソウルはキッドの顎にかけていた指に少し力を込めた。
二人の距離はこれ以上無いほど近く、この心臓の音までソウルに聞こえるのではないか、とキッドは心配になる。
ひどく緊張している。喉がカラカラに乾いていた。
「…嫌…ではないが…その…」
視線を泳がせていると、ソウルの腕に力が篭り、二人の間の距離はなくなった。
キッドの言葉はソウルの唇に吸い込まれる。

唇にはけっして柔らかくはないが温かな感触。
ソウルが触れている腰、顎、唇からじわじわと熱が広がっていくようだった。
軽く触れられていただけの唇が、ぐっと押されてその狭間から舌が挿しこまれる。
その時、鋭いソウルの犬歯がキッドの唇に触れた。
鋭い痛みは無かったが、過敏になっている唇にビリリと刺激が走った。
初めての感覚に怯えて奥にひっこむキッドの舌を優しく絡めとり、ソウルは自らの舌で緊張を解すように優しく撫でる。
充分にキッドの唇も咥内も味わって、ソウルは名残惜しそうにキッドから離れた。
ちゅっと軽い水音がして、離れたキッドの唇をさらに舐める。

「感想は?」
ソウルに問われ、キッドの頬は赤く染まる。
「よく…分からない…」
じゃ、もう一回する?と悪戯っぽく上目がちに聞かれ、キッドは慌てて首を横に振った。
「…レモンの味では、なかった…」
キッドの答えにソウルは笑った。
「キッド、今度キスするときは、目、つぶれよ?」
頬を撫でられながらソウルに言われキッドは何故?と問い返した。
「それが、マナー。」
変なマナーがあるものだ、と思いながらも、キッドは了承した。
ソウルの腕が離れ、ゼロ距離から開放されると同時にキッドはへたり込むようにイスに座ってしまった。
今まで支えられていたから気づかなかったが、キッドは腰が抜けてしまっているようだ。
「腰抜けるほど良かった?」
悪戯っぽく笑うソウルを軽く殴りながらキッドは真っ赤になってしまった。
「戯け!」

おかしい。なぜこんなことになってしまったんだ…とキッドは考えをめぐらせる。
そして、重大な事に気づく。
今ソウルは『今度キスするときは目をつぶれ』と言わなかったか?
『今度キスするとき』…ということは、今回限りでは終わらない、という事で。

「あの、ソウル…!」
事の重大さに気づいたキッドが、座っている場合ではない、と勢い良く立ち上がったところで
再びソウルに唇を奪われた。今度は軽く、掠めるように。
「…っ?!…なっ…なっ…?!」
一瞬の事にビックリし、そしてその次に唇がわななく。
「ほら、目ぇつぶれって。」
キッドの鼻頭をちょんと指先でつつき、楽しそうに告げるソウル。
「キッドは俺の事好きで、俺もキッドが好きだし。キスする仲になるには充分すぎる理由だよな?」
何かを言おうと口をぱくぱくした後、空を仰ぎ深くため息をついた。
キッドはまんまと彼の術中にはまってしまった事を知る。







キスの味はどんなもんか?という思春期特有の疑問に乗せて。
いや、現代でもキスの味が話題になるかは分かりませんが…。
キッドは興味ないけど、迫られると断れなさそう。
こういう言いくるめられ系は好きです。