陽射しの中からの風景は、全てが色褪せて見えるのに、
何故かソウルだけが、色鮮やかに浮かび上がった。





デッサン #2





温かな陽射しの中から眺める、マカとソウルのアパートの一室。
死刑台屋敷とは違い、きっちりかっちりと片付いてはいない。
けれど、キッドはこの空間が好きだった。

ソウルが集めているというレコードが、散らかっているようで、そうでない感じとか、
マカが育てている観葉植物の、自然な枝振りとか。
本棚に収納されている本の背表紙の背の高さが違うこと、色が揃っていないこと。
きっと普段のキッドなら、並べなおしたくてウズウズしただろう。
けれど今は、何故かそんな気分にならなかった。

「モデルをしてくれ」と言われて椅子に座っているせいではないだろう。
おそらく、キッドの視界の中心にソウルがいるからだ。

僅かな光を受けて、発光しているような銀髪、時折こちらを見つめる紅玉のような瞳。
今は深く血のように濃い紅だが、明るいところで見る彼の瞳はとても綺麗だ。
シャツやその中に来ているTシャツ、デニムまでもカラフルで、けれど左右対称ではない姿に、
キッドはどこかイラっとするのだけど、それが嫌ではなかった。

時折こちらを見つめる瞳。
翳される鉛筆。

紙の上を滑る鉛筆の音は、軽やかで淀みがない。
突然絵が描きたいと言われた時は、一体なんなんだと思ったが、
『創りたい』と思った時が全てな芸術家ならではなのだろう。
音楽家だろうと画家だろうと、芸術家として括られる事に変わりが無いせいか、と思い、
ただ座っている暇つぶしを兼ねて、ふとそんな事を訊ねた。

モデルという役割が非常に退屈というせいもあった。
ずっと同じ格好で居なければならない、という訳ではなくて、ただ椅子に座っているだけ。
身じろいでも良かったし、いくらか体勢を変えても良かった。

けれど、今の角度ではガラスに陽の光が反射して眩しい。
外の景色も良く見えない。
陽射しを避けようと顔を少し動かしたら、「今は動くなよ」と苦笑交じりに言われ、
体勢を元に戻したが、何か言われたのもその一回だけで、あとは少々動いても問題ないようだった。

そうなると、キッドは退屈で、自然と張り詰めていた息を吐ききって、リラックスしてしまう。
ウトウトしていると、ソウルの呟きが聞こえた。
何を言っているかまでは分からなかったが、きっと何か小言を言っていたんだろう。

分かってはいたが、今はこの空気も雰囲気も暖かい空間で、暫し、まどろんでいたかった。
ソウルから流れてくる波長はどこまでも優しくて、暖かくて、キッドに安心感を与えるものだったから。

他の友達や仲間とは違う。
何故かキッドの中で、ソウルだけが特別だった。
キッドは始め、特別な原因は、ソウルが受けた黒血のせいだろうと思っていた。
彼の中に在る良く分からない黒い部分が、他の者とは異質な感じを与えるのだと。
だが、今ではそれに違和感を感じている。
少なくとも、黒血は禍々しいものであるはずで、こんなに安心できる波長ではないから。

黒血に因るものだろうという、ソウルであってソウルでない部分は確かに感じるが、
ソウルでない部分は、キッドに感じられるものでも本当に些細で、それよりももっと大きく温かい波長を、感じていた。
キッドは、眠りの中でその温かい波長を掴むと、逆に波長によって引き寄せられた。



ぐっと強く引き寄せられる感覚の後、前後不覚の状態で気付くと、黒と赤が基調の部屋の中に居た。
部屋の中央にはグランドピアノ。
黒く艶やかに光るグランドピアノの傍らには、年期の入ったアンティークのテーブルが置いてあり、
さらにその上には、こちらも年期の入った蓄音機が置いてある。
部屋の四方は幾重にも垂れた、ビロード地のシンクのカーテン。
それぞれ、金糸で出来た房がついており、シックな中に派手な印象を受ける部屋。
その部屋に立ち、キッドは反射的に、ここがソウルの中の、ソウルでない部分だと感じ取った。
温かいと思った波長を掴んだつもりが、ソウルの黒血の方へ迷い込んでしまったようだ。

チェス盤を思わせる床の上には、黒い、細いタイで飾った小鬼が立っていた。

「よぉこそ、オイラの狂気の中へ。デス・ザ・キッド、歓迎するぜぇ。」

大きく裂けた口が、その小柄な体に似合わず低い声でキッドを迎えた。

「…お前は…?」
「オイラはソウルであり、ソウルじゃない。ソウルの一部と言っても良いが…」

小鬼はそこで一端言葉を切って、それから床を蹴ってグランドピアノの上に腰掛けた。
そこで、幾分キッドに目線を合わせて言葉を続ける。

「まぁ、そのうち、オイラがソウルになる、今は別の存在だ。」

空間に流れる音楽、これをキッドは良く知らないが、ソウルが好むジャズなんだろう。
それを聞くとはなしに聞きながら、キッドは小鬼に問う。

「なぜ、俺を呼んだ?」
「呼ぶ?違うぜ、キッド。お前が、自分でここに来たんだよ。」

ほら、と小鬼はカーテンの奥、ただの壁を指差した。

「良く覗いてみろ。ここからはソウルの視界で良く見える。」

キッドは、多少いぶかしんだものの、小鬼に導かれるままグランドピアノの側に寄り、ただの壁を見る。
ただの壁だろうに、と思っていたが、キッドが側に近づくと、不思議と壁はスケッチブックとそこに滑る鉛筆を映し出していた。
なるほど、小鬼の言うとおり、これはソウルの視界らしい。

「…ほぅ、なかなか、良く描けているじゃないか。」

ソウルの視界から見たスケッチブックには、多少歪んでいるものの、キッドが描かれていた。
目、髪、服と少しずつ鉛筆を入れては、キッドを見て、また描き込む。
その繰り返しが暫し続いた。

己を他人の視界から見る、という奇妙な感覚に面映くなるが、
見事に描き上げられていく自身の姿に、ただただ感心していた。
ソウルの視界でその工程を見るキッドは、次の瞬間、ドキリと固まる。
ソウルの指が、スケッチブック上のキッドの頬に触れたせいだ。

その後も、ソウルの指は頬、睫毛、髪の毛と優しくなぞっていく。
その光景に、キッドはゾクリと身震いした。

「どうした、キッド?お前が知りたがってた答えが、ココにあるのに。」

何をしり込みしてやがる、と小鬼が楽しそうに言う。

「…俺が…知りたがってた…答え?」
「あぁ、そうだ。知りたがってただろ?だからココへ来たのさ。」

壁から小鬼へ視線を向けると、小鬼はひどく楽しそうに口を歪めていた。
大きく裂けた口を尚、にぃっと歪ませて、心底"楽しい"という表情をしている。

「言わなくても、分かってんだろ?それとも、オイラが言ってやろうか?」

小さな手、不自然に伸びた爪が、顎を掻いたあと、キッドへ向けられた。
この場の雰囲気にそぐわないのに、小鬼はこの部屋の中でやけにマッチしている。
今、壁に背を向けたキッドには見えないが、ソウルは絵を仕上げる事を止めて、
スケッチブックの新しいページに再び鉛筆を走らせていた。

静かに流れる音楽は、キッドの頭の中で大きくなって、脳を揺さぶるほどに響き始める。

「知りたいから、ココに来たんだろ?"どうしてこんなに優しい波長でいるのか"って。」
「…!!」
「今、見た通りさ。」

小鬼が楽しそうに、ピアノの鍵盤を叩く。
ポーン、ポーンと、高く低くピアノの音がして、それが、部屋に流れる音楽にそぐわない。
その不協和音にキッドは眉を顰めた。



「…ド……キ…ッド!………キッド!」
「…!?」

強く揺さぶられて、キッドは瞳を覚ました。
白かった陽の光が赤くなっていることから、
すでに夕暮れの時間だという事を咄嗟に悟り、キッドは深く息を吐いた。

「…そろそろ起きねーと。今マカが晩飯作ってるから、食べて行けよ。」
「……すまない……寝てたのか。」
「かなり、熟睡。」

ソウルは掴んでいたキッドの腕を放し、「ほら」とスケッチブックをキッドに放った。
反射的に受け取り、キッドはスケッチブックを開く。
現代的というのか、"アート"というのか。
かなりデフォルメされたキッドの姿が描かれている。
先ほど"ソウルの視界"で見た、精密なキッドのデッサンではない。

「…抽象画…か?」
「まぁ、アートだよ。」

その一点張りだな、と続けて、キッドはソウルに問う。

「…描いたのはこの一枚だけか?」
「…そうだけど?」

不思議そうにキッドを見るソウルを見つめ返し、そしてすぐに視線を逸らして、スケッチブックを閉じた。
「そうか」と呟いて、そのままソウルに返した。

「俺には良く分からないが、色合いと言い、構図と言い、良いんじゃないのか?
まぁ、シンメトリーが一番好ましいが…」
「ファラオの棺桶にでもなるつもりかよ。」

飲み物を取ってくる、と苦笑しながらキッチンに入るソウルを、キッドはただ見送った。

あれは夢だったのか現実だったのか。
あの部屋での事は、今となってはひどくおぼろげだった。
ただ、最後の小鬼の言葉が強く、頭に残っていた。



『忘れんなよ、キッド。オイラはいつかソウルになる。
オイラ(狂気)がソウルになったら…オイラは間違いなく、こんなナマッチョロイ方法でなく、お前を手に入れるぜ。』







キッド視点。
同じ作品の○○視点、とか実は書くのが苦手だったりします。
でも一つのSSの中で、伏線張ってそれを収拾する能力がないため、
○○視点で同じ作品を別角度から書くしかできない…orz
キッドがどう思っているか、とか実は書かなくても表現したいのですが。
如何せん力不足…orz…すみません。