陽射しがあたたかくなって来たある日、キッドを窓辺に座らせた。





デッサン #1





濃い茶色の木の窓枠は、春の光を存分に浴びて、
まるで樹齢何百年をも思わせる、重厚な印象を見るものに与える。
その窓辺に同じく木の椅子を持って来て、キッドを座らせた。

光の白、木枠の黒、彼お気に入りの漆黒のスーツは、
光を浴びている部分だけ色が飛んで白く見える。
漆黒の髪も同様に、暗く影になっている部分だけが黒い。
鉛色に光るブローチや服の金具には、白い光の輪が出来ていた。

白と黒。
善と悪。
生と死。

相反するものを内包する彼に相応しい色合いだと思った。
そして、その白と黒の色の中で、黄金の瞳がひたり、とソウルを見つめている。

琥珀のように落ち着いていて、けれど蜂蜜のように光沢を放つその瞳。
透き通るような瞳は、虹彩のその奥にまで吸い込まれてしまいそうだった。

「どうした、描かないのか?」

キッドが面白そうに微笑う。

「…描くぜ、これからな。」

少し離れた場所に座って、スケッチブックを開いたソウルは、
鉛筆を縦に持って、片目を瞑り、バランスを見るように座るキッドに翳した。

「芸術家だな。」
「…芸術家気取りなだけさ。」

キッドの言葉を軽く受け流して、ソウルはスケッチブックに鉛筆を走らせ始めた。
暫く、シャッシャッという紙を滑る鉛筆の音だけが響いた。

陽射しはふかふかに柔らかく、一定のリズムを保つ鉛筆の音。
いつしかキッドは舟をこぎ始めていた。



思い立って、"絵を描きたい"と、見かけたキッドに声を掛けた。
とりあえず家に招くため、マカとソウルのアパートに連れて来て、
暫く、マカも含めて雑談した後、買い物に行くというマカが席を立ち、ソウルも中座した。
スケッチブックと鉛筆を持って、キッドが待つ部屋に戻り、今に至る。

没頭して鉛筆を走らせるソウルとは違い、ただ座っているだけのキッドは退屈だろうし、
眠気に襲われても不思議では無かったが、こっくりこっくり眠気と戦っている姿は、ソウルの心に温かい何かをもたらした。

「そういえば、お前の一族は音楽家だったな。」
「…あぁ。…ま、オレは落ちこぼれだったけどな。」
「戦闘中にお前が弾く曲、オレは好きだが。」
「へぇ。お前、ジャズ好きなのか?」

詳しいことは良く分からない。と続けて、キッドは眠たそうな視線を窓の外へ投げてしまった。
しかし、ガラスに反射する陽の光が眩しかったのだろう。
陽を受けない角度へキッドが顔を傾けてしまうと、その表情が描けなくなってしまう。
少々なら動いてもらって構わないが、今丁度、瞳に鉛筆を入れ始めたソウルは、苦笑しつつ
「今は動くなよ」と伝えた。
それを聞き、仕方なく、キッドは景色を見ることを諦め、かわりに軽く瞑目した。

「しかし、芸術家には変わらんだろう。急に"絵を描く"など…」
「…芸術家っていうか…別にそんなんじゃねーケド。」
「現代美術史に残る傑作を期待してるぞ。」

瞳を閉じたまま、ソウルを茶化しているのだろう。キッドの声は楽しそうだ。
ソウルも楽し気に「俺のはアートだ」と返す。
そのやり取りの後、気付けばキッドは眠りに落ちていた。



スケッチブックの荒い紙面に、鉛筆の鉛色が削られていく。

キッドの頬の輪郭、きっちりと整えられた服装、存外、長い睫毛。
柔らかく艶やかな髪の毛を描き、バランスを見るためキッドに視線をやる。
陽射しを受けて気持ち良さそうに眠るキッド。

「…おいおい…神経質なお前が、こんなトコでこんな状態で居眠りかよ…」

小さく零すが、ソウルは苦笑するだけで起こすつもりは無い。
ガラス窓に頭をくっつけ、椅子の上で多少窮屈そうだが、それでもくぅくぅと眠るキッド。
幸い、陽射しがあるお陰で、室内は暖かい。
だからキッドも眠りに誘われたのだろう。

ソウルは絵に手を入れながら、そっと紙面上のキッドの頬に触れた。
実際に触れることなど、出来ないから。

友達だとか、仲間だとか。
そうやって壁を作っていないつもりでも、目には見えない、越えられない壁が、ここにはある。
例えば、今のソウルとキッドの距離のように。
近くにいるのに、触れることは叶わない。
どんなに願ったとしても、彼は死神で武器を使役する側。
ソウルは武器で、使役される側。
他の職人や武器と同じようにはいかない。

紙面上の、ソウルが描いたキッドの頬に触れ、睫毛に触れ、髪に触れる。
全て紙面上でのことなのに、実際に触れるよりも禁忌を犯している気分になるのは何故だろう。

神経質なくらい左右対称が好きな奴だ。
きっとソウルが内に秘める想いを肯定はしないだろう。
特別を作る事を恐れているように感じる。
そう思うから、ソウルも友達以上に深く、キッドを知ろうとはしない。

本当は知りたいし、もっと側に居たい。
ソウルの願いはただそれだけだったが、近くにいると、きっと互いのためにならない。
―――そんな気がした。

ソウルは小さく微笑むと、未完成なその絵の続きを仕上げることを止めて、
スケッチブックの次のページを開いた。



「ピカソ張りの、とっときのアート作品を見せてやる。」



未完成のデッサンは、ソウルだけのもの。







ポ/ルノグ/ラフィ/ティに同名の歌がありますが、歌詞は忘れてしまいました…。
でも恋人未満のソウル→キッドで。
あたたかい日が増えてきました。これからだんだん春に向かっていくと思います。
春の日差しが射す窓辺、それが好きだったりします。