部屋中に響き渡る第九。
五月蝿くて止めたいのに、体は鉛のように重たく動かない。
腹の奥は熱く重たく、身体中の神経がピリピリと何かを感じていた。

(誰かあの音を止めてくれ…耳障りだ…)

ふっと目覚めると、見慣れない、けれど見覚えのある天井。
少しずつ記憶と意識がリンクされていく。
記憶が蘇る度に、キッドの魂は恐怖に震えた。











「お目覚めですか、キッド?」
「……っ………ぁ……」
「どうです?懐かしいでしょう?リフォームしたんですよ、この部屋。」

視界に入る褐色の男が近づいてきた。
両手を広げて、誇らしげに部屋を見せつけようとする仕草が無性に苛立つ。
ギシリ、とベッドのスプリングが鳴って、近づいてきた男の体重を受け止めた事を、キッドに知らせる。

「あなたと過ごした日々を、少しでも思い出して欲しくて。」
「……ノア……」
「言ったでしょう?私は強欲なのです。私を、過去を、忘れることなど…赦しませんよ。
一片たりとも忘れさせません。わたしのものです。」
「……ぁ………っあ……」

頬に触れる褐色の指が、どこか懐かしく、そしてキッドに絶望を与える。
忘れていた過去が鮮明に蘇る。

この男によって植え付けられた、快楽と愉悦、恐怖と痛みがこみ上げる。
そして、更にズクリと腹に熱が溜まる。
拘束されている訳では無いが、どうしたわけか指一本、動かすことさえ侭成らない。
室内に低く響く音が空気を震わせるたび、キッドの体が高まっていく。

「おや…まだどこにも触れていないのに…どうしたんです?この体は。」
「……っ…俺に…触れるなっ!」
「では、自分でしますか?」
「…っしな…ぃ…」

緩く天を仰ぐ自身を弾かれ、キッドの息が詰まる。
こんな屈辱的な行為、甘んじて受ける訳がない。
だが、体だけはこの忌まわしい行為を覚えこんでいるらしく、
キッド自身の意思とは無関係に体は高揚する。

吐息が熱いことも、もう分かっていた。
最後の意地で、じくじくと自身を蝕む熱を拒むのだが、ノアにも拒絶は形ばかりだと分かっているのだろう。
逃げられないと分かっているのか、焦るでもなくゆっくりと覆いかぶさってきた。

「我慢は良くないですよ、キッド。久しぶりですからね、サービスです。」

わたしも、早くあなたを抱きたい。
続けて耳元で囁かれ、キッドの背をゾクリと何かが駆けて行った。



ノアの指が触れただけで、先端から蜜が零れ落ちた。
それだけでもう死んでしまいたいのに、体はもっとと強請るように腰が浮いた。
二、三度、上下に揺すられれば、甘ったるい吐息が漏れる。

頭では逃れなければ、と思うのに、体はやけに欲に従順で吐き気がする。
過去、力を封じられる部屋に居たせいでこうした暴力を余儀なくされたが、今は違う。
拘束のない自由な体は、這い回る手を振り払おうと思えば出来るはずなのに、体が言うことを聞かない。
解放を求めてノアに腰を擦り付ける己が情けなく、さらにキッドを絶望に叩き落す。

せめて声だけでも押さえ込もうと動きの鈍い手で口元を押えるが、ノアの手により難なく阻止された。

「聞かせてください、声。」
「だれが……っ……ぅ!」
「素直になれば、優しくしてあげます。」

ノアの言葉に首を横に振り、何とか自我を保とうとするが、
意思とは違い、体はどんどん快楽に流されてゆく。

「どれだけ否定しても、どれだけ拒絶しても、抗いきれませんよ、キッド。」
「だま…れ……」
「いい加減、素直になりなさい。」
「……断る…っ……ぁあ!」

抗い続ける事が難しいことなど、どこかでは分かっていたのに。
苛立ち始めたノアの手荒い愛撫に、簡単に白濁が散る。
それを満足そうに眺めながら、褐色の指先がキッドの白い肌に散る白い快楽の証を掬い上げた。
舌先で舐めあげて、更に笑みを深くする。

「キッド、あまり素直でないなら、わたしはマカに相手をしてもらっても良いですが。」
「…っ?!」

強い快楽と、達してしまったショックで呆然としていたキッドの意識は、
ノアの一言で引き戻された。

「彼女もわたしのコレクションの一つに、と望んでいましたし。
キッドが頑なに拒むなら、マカに相手をしてもらっても私は構わない。」

どうです?と指を舐めながら選択肢のない質問をする。
思わず噛み締めた唇は切れて、鉄の味がした。

「貴様…マカに手を出したら殺す、と…前にも言ったはずだ。」
「では、あなたが素直になる?」

くすくすと嗤いながら顔を寄せてくるノアを押しのけるキッドの腕に、力は入らない。
ババ・ヤガーで捕らえられた時に、キッドの運命は決まったのかも知れなかった。
捕らえられてしまったのは、ノアとキッドの間に大きな力の差があったから。
ノアのように強い敵が居ると分かっていたはずだが、
どこか、自身は死神であり、他者より性能的に多少は優れているという、慢心があったのだろう。
だから捕まってしまった。
あの時はモスキートと戦った直後で満身創痍、とても戦える状況ではなかったが、
ノアから逃れる手立てが、何かしらあったのかも知れないのだから。

ただ、今目の前にある現実は、目の前の男は捕食者で、己は被捕食者…つまりは獲物という事だ。
捕食者に知恵があればあるほど、残酷にいたぶられ、嬲られて殺されるのだろう。

否、殺されたほうがマシかもしれない―――。

キッドは自嘲するように嗤う。
短く息を吐き棄てて、拒むためにノアの腕に添えられていた手を、褐色の指先に絡めた。

「わかった。お前の好きにするが良い。」
「物分りの良い人はもっと好きですよ。」

挑戦的に見上げてくるキッドが絡めてきた指を握り返し、この日ノアは初めてキッドの唇に触れた。
自身の唇で。

何度も角度を変えてキッドの唇を食み、唇を舐めて、口を開くよう促す。
何とか息を飲み込んで、キッドは促されるまま唇を開く。
他者の体温を咥内に感じ不快感がこみ上げるが、噛み付きそうになるのを必死に耐えた。
押さえつけられているわけではないが、大人の男が乗りかかってくる重みとキスの激しさに、
息苦しさから頭がクラリと揺れ、視界もブレた。

苦しさから、顔を背けてノアの唇から逃れる。
空気を吸い込むと、軽く咽た。

「…っが…っ……はぁ……あ…っ……げほっ…」
「おやおや、酸欠ですか?キスの仕方からもう一度、教えないとダメでしょうか。」

悪辣な笑みを刻み、唇を舐めながらノアが上半身を起こす。

「わたし好みに啼くようになるまで、何度でも調教しますから、大丈夫ですよ。」
「…なにが、"大丈夫"だ…!いちいち変態じみた発言を…するなっ…」

ノアの手を払い、キッドも半身を起こしてノアの胸倉を掴みあげた。

「啼くとか調教とか…ふざけるなっ!!俺は…モルモットではない!」

強く、瞳に力を込めて。これが自身にできる最大の抵抗なのだ。
すでに、前回の捕縛で実験動物にされている。
この室内に響く音楽に、体内を犯される感覚は誤魔化しようがない。
渦巻く悦楽への欲望は耐え難い屈辱だ。
心が拒んでも体は受け入れている。
悔しいが、ノアの実験は成功してしまっているから。

だからせめて、もうこれ以上は思い通りにさせたくないのに―――。

更にぎりっと歯を食いしばり、唇を噛み締め、キッドは俯いた。
こんな奴に、弱いところなど見られたくない。
涙など、見せたくない。それだけは譲れなかった。

「貴方が貴方の意思でわたしの元に留まるなら、
貴方に最大限の敬意を表しましょう。もちろん、マカ=アルバーンにも手は出しません。」
「…信じられるか、貴様など…強奪者なのだろう…?」
「信じてもらえないのも仕方ないですね…。
わたし自身、未だに信じがたいことですし。」
「…何が言いたい?」

項垂れたままのキッドの髪を優しく好いて、ノアは殊更優しい声音で囁いた。

「どうしたことか、あなた以外に興味が持てなくなってしまいまして。
だから正確に言うと、もうわたしはコレクターではないのですよ。」
「…そんな言葉に…絆されないぞ、俺は…」

震える声が恐怖を表していたが、キッドもノアも、気づかない振りをした。

「貴方がここに居てくれれば十分だと、これからいくらでも証明してさしあげる。」

キッドの頭上にキスを降らせ、ノアは見えないように満足そうに笑んだ。





馬鹿で愚かな死神。
あの時、言葉通り、この子の望みどおりに殺さなかったせいで、
あなたはもっとも酷な道を強いた。キッドにとって。







本当は、裏に突っ込むくらいの勢いで書き始めたのですが。
なんだかキッドたんが弱い子に、ノアさんが良い人(?)になっている。。。
薄々気付いていたんですが…スランプ……orz
あ、あの、もともとそんなん言えるようなセンスがないって言うのは、
突っ込んではいけないんです。

予定では、次の回でソウルが王子様よろしく、キッドを助けに行く感じだったんですけど。
なんか、キッドたんが嫌がりそうな感じになってしまった。
このままノアキドで終わってしまうのか?!

…っていうか、根本的に、表においても大丈夫だったよ…ね?