体を這い回る手は気持ち悪く、全身が拒絶しているはずなのに拒むことができない。
己の力の無さに、キッドは悔しくて下唇を噛む。
敵に良いように弄ばれ、嬲られ、蹂躙され。
父・死神に知れたらどう思われるだろうか。
叱責、嘲笑、憐憫…どれも考えたくなくて、キッドは力なく頭を振る。

延々と続く責め苦のような快楽と、植えつけられる行為への愉悦。
激しい怒りと屈辱に晒され、それでも唯一の救いは、この状況を作り出したこの特殊な部屋。

死神の力を奪われるこの部屋では、キッドはただの子供でしかない。
だから、過ぎる快楽で気を失う事もできる。
霞む意識の中で、キッドは目の前の男に、胸中呪いの言葉を吐き出した。











「ここから俺を出してもらおうか。」
「それは、出来かねますね。」

本に吸われた、と思ったら視界がぐにゃり、と歪み、気がついたら狭い部屋のような場所に居た。
周囲には何も無い。
ただ、ガラスで仕切られた四角い箱のような部屋。
まるで実験動物にでもなった気分だ。

今、目の前には「エイボン」と呼ばれた褐色の肌を持つ男が立っている。

「貴様が、エイボンなのか?」

何度も「出せ」「出来ない」の問答を繰り返し、キッドも少し疲れた。
変わりに、他の質問を振ってみる。
もしかしたら現状を把握する情報が引き出せるかも知れない。

「その質問の回答は、残念ながら、"ノー"です。」
「では、貴様は誰だ?」

男は被っていたハンチング帽をつまみ上げ、そのまま胸へと手を当てる。
腰は軽くまげて、優雅にキッドに挨拶をした。

「これは失礼。あなたは私のコレクションとは言え、"死神様"でしたね。
わたしの名前はノア、と言います。」

名乗る事が遅れた非礼をお許し下さい、と慇懃無礼に続けるノアに、キッドは顔を顰めた。
エイボンでないことも、
コレクション呼ばわりされたことも、全てが気に障った。

「わたしが名乗ったところで、あなたも名乗ってはいただけませんか?」
「…デス・ザ・キッド…」

顰めた顔のまま名乗ったにも関わらず、ノアは上機嫌でガラスに歩み寄った。

「キッド…。いかがですか、その部屋は?」
「最悪だ。」
「あなたのために作った、特別室ですよ?」
「ただのガラスの箱じゃないか。」
「…ただのガラスの箱だと思いますか?わたしの最高のコレクション、"死神"を収めるのに?」

ガラスに寄り、その透明な面にノアが息を吹きかける。
吐息で曇るガラスに、キッドはさらに顔を顰め、ノアに近づく。
それまでは部屋の中央に立っていたが、ふつふつとこみ上げる怒りに我慢が出来なくなっていた。
出来ればこの男から、"エイボン"や"魔道具"について、有益な情報を得たい、と思っていたが、止めだ。
あれだけ苦戦したモスキートを一瞬で倒した男だが、不毛な問答のあいだに幾分回復した体である今ならば、
ここから脱出する事くらいは出来るかも知れない。

「さっきから、コレクションだのなんだのと、俺を何だと思っている?」

集中して魂を膨れ上がらせる。
BREWによって多少開花した死神の力で、ノアごとガラスを吹き飛ばすつもりで、キッドはガラスに手をついた。
目の前の、意地悪そうに笑う男の顔が、さらにキッドの神経を逆撫でする。

「笑うな。虫酸が走るわっ!」

怒りに任せて力を放出したはずが、ノアを吹き飛ばすどころかガラスにはヒビ一つ入らない。

(…おかしい…?魂の波動も微弱だ…)

キッドの疑問に答えるかのように、ノアが呟いた。
ガラス越しに、キッドの手と自らの手を合わせ、まるで隔てられた恋人でも見るかのように視線を絡め。
キッドはそんなノアに身震いした。

「キッド、この部屋はあなたのための特別な部屋。この部屋の中では、死神の力は使えません。
もちろん職人としての力も奪われます。もっとも、今現在武器を持っていないあなたに、意味は無いでしょうけど。」

ガラス越しに手が触れ合っていることすら汚らわしく感じ、キッドは弾かれたように手を離した。

「この部屋の中ではね、あなたはただの子供。とても非力な存在なんですよ。」

うっとりと、愛おしそうにキッドを見つめ、ノアはガラスを通り抜けて、部屋の中へ入る。
さっきまで二人を隔てていた筈のガラスはノアの背後に。

「あぁ、気にすることはありませんよ。あなたが特別なだけです。
普通の人には、ガラスを通り抜けることは出来ませんし。この部屋はキッドのための部屋だから、キッドだけが出られない。」

息を飲むキッドに、無遠慮にノアは近づいた。
身構え、後退さるが間に合わず、ノアの指に顎を掬われる。

「ああ…やっと触れられた。」

安堵するような表情と声。
緊張のため身を硬くしたキッドを宥めるように、空いているほうの手でキッドの肩を優しく撫でた。

「心配しなくても、殺しません。せっかく手に入れたコレクションです。
わたしは標本採集を好んでいるわけではありませんからね。
生きて、動いているあなたが欲しい。
ちゃんと世話も面倒も見ますから、安心してくださいね。」
「…世話だ面倒だと…俺は貴様のペットじゃない。」

震える声で反論する事に、一体どれだけ効果があるのか。
キッドは分からない訳ではなかったが、
それでも"死神"であるという矜持がそうさせた。
自分に触れるこの腕を払いのけたくて、ノアの腕を掴むが、引き剥がすことが出来なかった。
本当に自分は死神の力を奪われたのだろうか、と不安が過ぎる。

「キッド、あなたは本当に素晴しい。間違いなく、わたしの一番のコレクションです。
容姿も中身も、全てわたしの好みだ。」

ありすぎる身長差を、無理やり顎を上向かせることで合わせられているキッドは、
忌々しそうに口を開いた。

「貴様の好みなど知らん。とにかく、俺をここから出せ。」
「……できません。今はね。」

ノアの言葉にキッドは眉を上げた。
今は、という事はゆくゆくは外に出すつもりがあるのか、ふとそんな事を考えると、ノアの顔が至近距離まで寄ってきた。

「そうです。あなたが、もっとわたし好みになったら。
この部屋が不必要になったら、出してあげますよ。」
「……貴様……」

ギリリ、と歯噛みしてキッドはノアを睨みつけた。

「その瞳…良いですね。とても反抗的で。」

でもね、と続けてノアはキッドの顎を更に引き寄せた。
肩を撫でていた手はキッドの腰に添えられ、さらに強引に二人の間の距離をつめる。
避ける間も無かった。
無理やりに唇を合わせられ、キッドは驚愕に眼を見開く。
押し返そうともがくが、がっちりと固定された体も顎も、動かすことが出来ない。

「っ……よ…」

よせ、と言おうとして開いた唇にノアの舌が滑り込む。
ビクリと体が震え、キッドは瞬間的に差し込まれた舌を噛んだ。

「っ!…」

口内に血の味が広がり、キッドは唇から解放された。
呼吸をしようとして頬にバシっと痛みが走った。
頬を張られたのだ、と気づいたのは目の前のノアが、怒りを湛えた瞳でキッドを見下ろしていたからだ。

「反抗的な子は好きですけどね、どうやら躾は厳しくしないといけないみたいですね。」

猫の子を扱うように喉元を撫でられて、肌が粟立つ。

「……躾だと…?一体どんな躾をするつもりだ?」

精一杯の虚勢を張れば、愉快そうにノアが耳元で囁いた。

「それを、聞きますか?教えて差し上げても良いですよ?」

今から、この場で。
そう続けて、ノアは既にボロボロになってるキッドの服を裂いた。







ノアキド妄想。
ノアに躾されたら良いと思います!

力を奪われても、なお気高いキッドを、
ノアは頑張って堕とそうと
表面上は平静を装いながらあれやこれや必死になれば良いと思います。