小さな宝物 死神様には感謝してる。 あの時のオレは兄貴と比較される事に辟易していたから。 この場所から拾い上げてもらえるのなら、理由は何でも良かった。 それにこの義弟はとても愛くるしい。 少々神経質の感はあるが、蜂蜜色の瞳に、闇よりも尚濃い黒い髪は、 極上の絹糸を思わせるようで、何時までも撫でてやりたくなる。 厄介なのは、オレは10も年の離れた義弟に、どうやら懸想してしまっている事。 もっと厄介なのは、その義弟というのが死神様の息子で、一種不可侵の存在である事だ。 「ソウル君、君、うちの子にならない?」 「…はぁ?!急に何言ってるんスか死神様…」 突然呼び出されたデス・ルーム。 あの日をオレは生涯忘れないと思う。 当時15歳だった死武専生のオレ。 デスサイズになる為に職人と一緒に魂集めに精を出していた。 50個目の魂を狩り終えて、職人と一緒に報告に行った帰り、オレだけ呼び止められたのだ。 「いやぁ、うちの息子がさぁ。 父上が居てくれないから、寂しいって可愛いこと言ってくれちゃってさぁ♪」 ウキウキとした様子で語る死神様に、オレは曖昧に相槌を打った。 「で、"一人じゃ寂しいから、せめて兄弟が欲しい"って言うんだよ。 ソウル君ならデスサイズ目指してるし、うちの息子の良い兄になってくれるんじゃないかと思って☆」 「…なんでオレ…」 「今年で5歳になるんだけどね、もうベリキュー☆な容姿に性格だから、 きっとソウル君も気に入ると思うよ。」 「いや、俺にも一応家族がいるんで…」 歯切れの悪い答えに、死神様は少しだけ項垂れた様子で続けた。 「そうなんだよね。ソウル君には家族がいる。でも、わたしの息子にはわたしだけ。 死神家業で構ってやれないから、一人で寂しく、しかもいじらしくお留守番してるんだ…。 何も、家族から離れろって言ってる訳じゃないんだよ。 ただちょっと養子縁組して、形だけでもいいから、キッドくんのお兄さんになってくれないかなぁ? キッドくんには、わたししか居ないんだよ。」 「キッド?」 「うちの、息子の名前。」 とりあえず、会ってみてよという死神様の言葉のままに、 オレはそのままデス・ルームに取り残された。 気づけば目の前にはテーブルと3脚の椅子。 1脚は子供用であるところを見ると、おそらくこれからキッドを連れてくるつもりなのだろう。 まぁ、本当なら、兄と比較されがちな家には居たくない、と思っていた所だったし、 養子縁組だろうがなんだろうが構わないのだが。 それにしても、10も年の違う人間がいきなり『兄だ』と言って、そのキッドが納得するのかどうか。 そんな事を考えていると、死神様の底抜けに明るい声が室内に響いた。 「おっまたせ〜。さ、キッド君。ソウル君だよ。ご挨拶は?」 鏡の中からにゅぅっと現れた死神様。 その長身の死神様のマントの後ろ、マントを握り締めてこちらの様子を伺っている小さくコロコロした存在。 おずおず、びくびくといった様子でこちらを見上げてくる、 その黄金の瞳に、まずオレは息を呑んだ。 今まで生きてきた中で、これほど綺麗な瞳を見たことが無かった。 吸い込まれてしまいそうなほど、虹彩が透き通っている。 死神様に促されてようやく死神様の背後から出てくるキッド。 もじもじしながらオレの側までやって来た。 気づけばオレは、膝間付いてキッドと視線を合わせていた。 「オレはソウル。よろしくな。」 「…そ…ぅ…る…?……あにうぇ?」 小さく呟くキッドの黒髪にぽんと手を置いた。 そして更に驚く。その髪の艶やかさに。 「おぅ。好きに呼んでくれて構わない。お前の名前は?」 優しく問えば、キッドはもじもじと消えそうな声で「です・ざ・きっど」とたどたどしく答えた。 オレはこれほどまでに愛くるしい存在に出会ったことが無かった。 「どぉソウル君?キッド君のお兄ちゃんになってくれるかなぁ?」 死神様はきっと分かっていたに違いない。 この申し出を断れる人間など居ないと思う。 正直、こんなに愛くるしい存在が義理とは言え弟になるなんて、嬉しくないわけが無い。 オレは二つ返事でOKした。 それから、5年。 オレは20歳になり、キッドは10歳になった。 あの時二つ返事で義兄になったことを後悔する事になるなんて。 *+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+* 「兄上!兄上は、デスサイズになってから "忙しい"ばかりでちっともオレに構ってくれないよね。」 キッドは唇を尖らせてオレにコーヒーを淹れてくれた。 あの時出会った瞳も髪もそのままに、愛くるしさだけが日々増していくようなキッド。 正直押し倒したい。 でもまだ10歳だし、流石に犯罪だろうと思いとどまるオレ。 何より、もしもキッドに手を出したことが死神様にバレれば、きっと魂まで粉砕される。 久しぶりに死刑台屋敷で、キッドが淹れてくれたコーヒーを飲む。 何時の間にこんなに旨く淹れられるようになったのか。 元来の性分か性格か、キッドは極端な完璧主義者に育ってしまっていた。 何をやらせても完璧にこなすが、少しばかり左右対照を好み過ぎる気がする。 まぁオレがずぼらな分、丁度いいのかも知れない。 「…兄上、聞いてるかい?」 キッドが焼いたという、きっちり真円を描くクッキーを頬張りながら、考えに耽っていた。 「たまにはオレの鍛錬にも付き合ってほしい。」 リビングは広く、座るソファはたくさんあるのに、 わざわざキッドは対面でなくオレの隣に座る。 小さくてまだまだ柔らかい子供の体は、体温が高くて側にあると心地良い。 「なんだよキッド。オレに叩きのめされたいの?」 ニヤリと笑ってからかえば、面白い程乗ってくるキッド。 「もうオレも十分強くなった。そう簡単にはやられない!」 死神とは言え、まだ10歳、正直まだまだ負けるつもりはない。 でも隣でこちらを見上げてくるキッドは正直かわいくて、負けてあげてもいい気がする。 まぁワザと負ければ負けたでのちのちスネて手が付けられなくなるが。 今日のキッドはいつもの服装と変わらず、 白の半袖のシャツに、黒のカプリパンツだ。 パンツは死神様の仮面を模した留め金のサスペンダーでつられている。 真っ白いソックスと綺麗に磨かれた黒い革靴。 ソファに腰掛けると少しだけ足が床に届かずに靴は宙に浮いている。 それがキッドの不満を表すように少し揺れていた。 コーヒーを飲む俺のシャツの袖を掴むキッド。 オレとしては、本当に久しぶりに貰った休みだ。有意義に過ごしたい。 キッドを抱き枕に昼寝をしたり、ダラダラしたいのも山々。 けれど、キッドを喜ばせたい自分もいて、どう答えたものか、少し悩む。 「オレは、できれば鍛錬以外が良いけどな。」 艶やかな黒髪を撫でて、額から指を差し入れる。 指通りの滑らかな髪はあっという間にオレの指から零れ落ちた。 くすぐったそうに、まるで猫のように目を細めるキッド。 「じゃあ、ピアノを弾いてくれ!」 されるがままのキッドはオレの巧くもないピアノを好きだと言ってくれる。 オレの隣に座って連弾することもある。 覚えの良いキッドはすぐにピアノを覚えてしまって、 一人の時にたまに弾いたりするのだそうだ。 技巧だけならオレを越えているかも知れない。 それでも、キッドはオレのピアノを好いてくれる。 兄と比較されるのが嫌で、兄から逃げ出した俺の音。 でも何故かキッドとなら、キッドの隣でならピアノを弾くのも嫌じゃない。 が、今はどうもオレが昼寝の気分。 「んー…オレは昼寝が良いな…」 隣にあるキッドの体を抱きしめて、そのままソファに倒れこむ。 「あっ!兄上!!」 しっかりと抱き込んだキッドの体は柔らかくて温かい。 オレはすぐに睡魔に襲われる。 腕の中、シャツ越しに感じるキッドの息遣い。 これがひどく心地良くて。 キッドを別の意味で抱きたくなる衝動に駆られる前に、オレは睡魔に身を任せることにした。 「仕方ないなぁ兄上は…。疲れてたんだね…」 小さな子供の手がオレの頬を撫でた。 労わるような優しい声音。オレが何よりも好きな音。 瞼を閉じて、既に寝息のような呼吸を繰り返すオレに、キッドは小さく呟いた。 「兄上と一緒に居られれば、なんでも良いんだ。 大好きだよ兄上。本当はずっと側にいてほしいよ…。」 頬に触れる手と、抱き込んだ体の柔らかさ。 そして、何よりも甘い声の囁きは、まどろむオレの耳にしっかりと届いた。 とりあえず、小一時間ほど眠って、起きたらキッドの望むことに付き合おう。 …continue? |
ソウル20歳、キッド10歳。義兄弟モノでございます。 スマイル★さまからいただいたリクエスト。 兄妹も捨てがたかったのですが…。その代わり年の差で! (※特に代わりでないところがポイント) 当初、飛ばしすぎて裏になりそうな勢いだったのですが、 踏ん張って起動修正しました。 きっと大人ソウルはモテると思う。 17、8歳くらいからガンガン告白されまくって、でも全部断ってキッド溺愛だと思う。 光源氏・紫の上計画発動!みたいな。 もしかしたら、続くかも…知れません。 |