たとえばこんなはじまりかた 6





強烈な視線を感じる。
これはよく知った、ソウルの熱を孕んだ視線で。
きちんと話合うまで視線を合わせてはいけない、と思うのに、
この視線に耐え切れずに顔を上げてしまう。

けれど、いつかは話をつけなければならない。
体だけを繋ぐ関係など、無意味だとキッドは思う。
自分の気持ちに気づいてしまったから、体以上に心が欲しい。
気持ちが伴わない行為など排泄行為と変わらない。

ゆるゆると顔を上げると、退屈そうに肘をついたソウルと目が合う。
その口角が卑屈そうに、けれどどこか楽しそうに上がっていくのが分かり、キッドの心中は複雑だ。
席を立ち、扉に向かってゆっくりと移動するソウルの背中が、
ついて来いと言っているようで、軽く溜息をつきながらキッドは程なくして席を立った。

「おいキッド、顔色悪いけど、大丈夫か?」
「…問題ない。」

席を立つ際、リズに声を掛けられた。
どこか聡い彼女には、もしかしたらキッドの悩みやソウルとの関係など、
すでに見透かされているかも知れないが。
今は知らぬ存ぜぬを通さねばならない。
こんな無様な自分の姿など、周囲に自慢できるほど素晴しい、シンメトリーの魔武器に知られるわけにはいかない。
否、知られたくない。
ソウルから与えられる快楽に酔い痴れ、よがり、嬌声を上げるさまなど、想像されたくないのだ。

ふらふらと覚束無い足取りのキッドを、心配そうに見つめるトンプソン姉妹の2対の視線を感じながら、キッドは教室を出た。

廊下の角には案の定、腕を組み壁に背を預けて佇むソウルがいた。
気配も、足音も消したはずなのに、ソウルはキッドに気づいて顔を上げた。

「今日は、どこがいい?」

ソウルの言葉に嘆息する。
今日ばかりは、いつものように『どこでも良い』と答える訳にはいかなかった。
話をつけて、この不毛な関係に何かしらの決着をつけなければ、精神的に参ってしまう。

「では…お泊り室へ…」

ポツリ、と呟いたキッドにソウルの表情と気配が変わった。
その場の空気が凍りついた、とでも言うべきか。
薄々ソウルも気づいていたのかも知れないが。
もしかしたら、本当に今日が最後になるかも知れない。
肉体関係も、友人としても、全ての関係が精算されて、ただの無関係に。
そう予感しながら、キッドはソウルの隣に立った。
上背はあまり変わらない。若干、キッドの方が低いが、それも数cmの事。
真正面にソウルの緋色を見つめ少しだけ俯いて、返事を返さないソウルを先行して歩き出した。

いつものようにどこぞの教室に連れ込まれて、もし誰かが入ってきたら話どころではなくなる。
保健室も同様に、いつ誰が入ってくるか分からない。
誰にも邪魔されず、話が付けられる場所…キッドにはお泊り室しか思いつかなかった。

お泊り室の中でも一番奥の部屋を選んで入る。
ソウルを中へ入れてから、キッドは室内から鍵を掛けた。
とにもかくにも、これで話ができる、そう思っていたが。

「鍵まで掛けて、今日はいつになく積極的だな、キッド?」

すぐ背後にぴたりと身を寄せて、耳朶を噛むように囁くソウルの低い掠れた声に、
キッドの肩が慄いた。

「…話が、したい…」
「なんの?」

分かっているだろうに、と胸中で悪態をつき、キッドは軽く呼吸を整えた。
ひどく、喉が渇いたような錯覚を覚える。
言葉が喉に張り付くようだ。

「…なぜ…俺を、抱く…?」

言葉にして、空気が振動するのを感じて、我ながらすごい内容だ、とキッドは思った。
背後にぴたりと寄り添うソウルの表情は見えない。
けれど、緊張しているのが分かった。

「…んでだよ…なんで…今更そんなこと……聞くんだよ…」

キッドがそうであったように、ソウルの声も酷く乾いて聞こえた。
部屋が乾燥しているように思えるほど、二人は声は乾いて響いた。
多少、ソウルの声が苛立っているように聞こえるのは、決して気のせいではないだろう。
今まで同様の質問を、ソウルからされたことがある。
その時はキッドが逃げた。そして、それに焦れて、ソウルはキッドの言葉を奪った。
ソウルの自業自得だと、言ってしまえばそれまでかも知れなかったが、キッドにも逃げるだけの理由があった。
まだ、この感情の名前を知らなかったから。
ソウルとの友情を失くしたくない、という身勝手な想いから、ソウルの真摯な、願いにも似た問いを無視した。
そして、行為によって言葉が失われるのを、逃げる口実にして。

「そう言われても、仕方ないな。
俺が、先に逃げたのだから…。だが、これ以上目を背けることも…できない。」
「じゃ、逆に聞く。何で俺に抱かれる?」

ソウルが、キッドの身体を扉と挟み込む形で、扉に両手をついた。
背後から閉じ込められる形で、心身共に追い詰められるようだ。
ソウルの問いに、答えなければならない。
答えなければならないのに、言葉が喉に引っかかって出てこない。

ソウルからの拒絶が、怖かった。
友情を拒絶されるのも、キッドが今抱いている恋慕の情を拒絶されるのも。
長い長い沈黙を、ソウルは待った。
時折、意を決したように振れるキッドの肩を見つめ、根気強く。キッドの言葉が紡がれるのを。

「俺が…お前に抱かれるのは……」
「…抱かれるのは…?」
「怖いから…だ」
「…は?」
「お前に拒絶されるのが、怖い。」
「俺が何時お前を拒絶した?」
「…お前は知らないんだ……俺の、この浅ましい気持ちなど…」

最後は声が震えているようだった。
ソウルは、扉についていた両手をそのままキッドの肩に移動させた。
キッドの身体を反転させようとして、拒絶するようにその身体に力が篭るのを感じる。
軽く舌打ちをすると、半ば強引にキッドの身体を反転させた。
そして、その顔を見ようと俯く顔を覗き込んだ。

「キッド…」

呟くように、キッドに囁く。

「お前の気持ちが浅ましいなら、俺のは何…?」

涙を湛えてゆるく潤んだ、べっこう飴のような瞳。
その目尻も、耳も、少しだけ覗く首までもが赤く染まっている。

「…知らん…」

ぷいっと、ソウルから逃れるように顔を背けてしまう。
逃れられるはずなどないのに。

「俺に、男を抱く趣味はねーよ。」
「…では、何故俺を抱く…」
「好きだから。」
「………っ…」
「好きだよ、キッド。」
「…嘘だ…」
「なんで嘘つく必要があるんだよ…」

頑ななキッドの態度に、ソウルは苦笑した。

「お前の浅ましい気持ちって?俺のより浅ましいの?」

右手を、キッドの肩から頬に寄せて、人差し指の背で撫でた。
溜まった涙を拭って、その目尻に口付ける。

「言えよ、キッド。楽になるから。」

今更だろう、と続けて。
ソウルはキッドの唇を指で撫でた。
初めて身体を重ねて以来、唇だけは触れてない。
キスしたくて堪らなかった。
けれど、なぜか唇にだけは、気持ちが通じるまで触れてはいけない気がして。
はやく言ってくれ、と急かしてしまう。

早くキスしたい。
髪に、額に、唇に。
気持ちを確かめて、通じ合わせて、触れたい。
一方的な触れ方ではなくて、気持ちを通じ合わせた触れ合いは、一体どれほどの感覚を生むのか。

じっと、ソウルの赤い瞳を見つめるキッド。
ゆっくりと口を開くと、意を決したように音が流れた。

「ソウルが…好き…だ」

今までの人生のなかで、ソウルは音楽を好んだ。
いろんな音を聞いた。
けれど、このキッドの言葉以上の音に出会ったことが無かった。
至上で至高の音。
この世でただ一人、ソウルの心を振るわせる音を出せる人が、目の前にいる。



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ようやく気持ちが通じたYO!
おめでとうソウル!本当はもう少し、いじめたかったけども…。
キッドたんがどうしても、かわいそうだったからラララ。

次で終わりマス。
そして、裏。やっぱりフィナーレ(?)は裏世界でしょう。