たとえばこんな始まり方。1





切欠は何だったのか。
多分、本当に些細な事だったように思う。
ただ溜まっていた我慢や不満、そこにほんの少しの火種。
小さな火種は燻ぶっていた鬱憤を炎上させるには充分で。
だから今に至るんだ、とソウルは心のどこかで言い訳じみたことを考えていた。



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「今日はさー、マカと椿が泊まりにくるから。
キッドは悪いけどソウルんとこ行っててくれない?」
明日の夕方までで良いから!とトンプソン姉妹に処刑台屋敷を追い出され、
キッドはしぶしぶマカとソウルのアパートへ足を向けた。

冬だというのにこの日はうらうらと暖かく、散歩も兼ねて多少回り道をしながら歩いた。
充分に散歩を堪能すると、丁度マカとソウルのアパートに着いた。
玄関の扉の前で、家主を呼び出そうとチャイムに手を伸ばすと中から家主の声が聞こえてくる。

「いいソウル!冷蔵庫の中のマシュマロだけは食べないでね!」
「誰もくわねーよ。。。つーか、そんなに心配なら持って行きゃいーだろが。」
「うっさいな。リズとパティには他に準備してあるんだから良いの!」
ぎゃあぎゃあと言い争っている(?)内容は実にくだらないものだが、
痴話ゲンカ(?)というのはこういうものだろう。キッドは妙に納得して、伸ばしていた手をコートのポケットに戻した。
10秒もしないうちにマカが出てくる。
「じゃ、行ってくるからよろしくね!…ってぉわ!キッド!!」
「やぁマカ。」
キッドの胸にぶつかりそうな勢いで出てきたマカだったが、寸でのところで踏みとどまる運動神経は流石だ。
玄関先でマカと軽い挨拶を交わし、今日は追い出してしまってゴメンね、と申し訳なさそうにするマカに微笑んで
キッドは構わないと答えた。
マカとキッドをふわりと暖かな空気が包んだような気がした。
「リズとパティも楽しみに待ってる。気をつけていけよ。」
「うん、ありがと。じゃあ行ってくるね!」
手を上げて階下に下りてゆくマカを見送って、逆にキッドは開け放たれたままの玄関に入る。
「お邪魔します。」
律儀に挨拶をして上がると、ソウルが迎えに出てきていた。

「お前も追い出されて大変だよな。」
ソウルの苦笑に、そうでもない、と答えてキッドは着ていたコートを脱いだ。
室内は適度に暖かく、外を歩いてきたキッドには少し暑いくらいだ。
それもじきに慣れて適温になるのだろうが。

「何か飲むか?」
立ったついで、と言って二人分の茶器を準備するソウル。
「あぁ。もらおう。」
「お前んちみたく、あんま上等なモンは置いてないけどな。
コーヒー、牛乳、ココア…くらいか?」
戸棚をがさがさとチェックしながらソウルはやかんを火にかけた。
「では、ココアをもらおう。」
「ミルクは?」
「任せる。」
了解、と返事が返ってくる間に、キッドは手近にあったハンガーにコートを掛けた。
処刑台屋敷とこのアパートの交流はそれなりにあって、お互い勝手知ったるなんとやら、という状態になっている。
ふと、今度はブラック☆スターの住居に遊びに行ってみたい、という欲求が湧き上がって
そしてそれは実に良い案だ、とキッドの中で結論付けられた。
一度『畳み』という文化に触れてみたかったし、
キッドはマカやブラック☆スター、椿から聞く日本の文化が割と好きだったりする。
一人考えながら、このアパートに初めて遊びに来た時からキッドの指定席になりつつある
ソファの一角に腰を下ろした。
ふむふむ、と頷いているとマグカップを両手に持ったソウルが戻ってきた。
「ほら」
「あぁ、ありがとう。」
「熱いから気をつけろよ。」
片方のマグカップを渡されながら言われ、注意深く受け取る。
こう見えて、存外キッドは猫舌・猫手(?)で熱いものを持ったり、飲食するのが苦手だ。
そのくせ熱いものが好きなんだから、ソウルはなんとなくもったいない気がするのだけど。
普通の人なら冷ましながら食べられる熱さでも、キッドには煮え湯のように熱いらしいのだ。
だから、かなり冷まさないとキッドが口にできる温度にならない。
それはソウルからしてみれば『冷めてきた』部類に入ってしまうのだけれど。
熱いものは熱いうちにが信条のソウルも、
キッド本人が熱くて仕方ないと頑張って冷ましているので、ただそれを見守るだけにする。

冬の日。
うらうらと暖かな陽射しにあたためられた部屋。
ソウルが淹れてくれたのは少し甘めのミルクココアで。
それだけでキッドは満ち足りた気分になり、この陽気に眠りに誘われる。

キッドにとってようやく適温になったミルクココアを一口嚥下し、ほぅ、と息を吐く。
あたたかい液体が体の中から温めてくれるのを感じながら、やはり体の芯は冷えていたのか、と
キッドは両手でマグカップを包み込みながら思った。
いくら陽射しが暖かいとは言え、外を1時間以上も散歩すれば冷えるのも無理はない。

寒さゆえに硬直していた心身が解れるのを感じられるくらいに余裕が出来てくると、
ふとソウルの視線に気づいた。
じっと、観察されるように見つめられていたのだろうか、視線を上げるとソウルの目とぶつかり、
なんとなく気まずくなったキッドは、会話の糸口を探そうと先ほどのマカとソウルのやり取りについて聞いてみた。
「ああいった言い合いは日常茶飯事なのか?」
特に興味があるわけでもなかったのだが、他に話題が見つからなかったから仕方ない。
「ん?あー…まぁ。いつもあんな感じだなぁ。」
ソウルもマグカップの中の液体を啜る。
どうやら彼のカップの中身はコーヒーのようだった。
「楽しそうだな、痴話ゲンカというやつか?」
キッドは冗談っぽく、うちはそんな言い合いはしないから羨ましいと付け加えて、
また一口ココアを飲む。
「…そんなんじゃねーよ。」
ぶっきらぼうに答えるソウルを見て、照れ隠しだろうか?と勝手に解釈する。
多分、この辺りから良くなかったのだろう。
ソウルの機嫌が急降下したように思えた。

「部外者が口を出すことではないとは思うが…。
女性はもうすこし優しく扱ってやらないと。いつか逃げられるぞ?」
キッドとしてはソウルの機嫌回復と、純粋な親切心から出た言葉なのだけれど。
どうやらソウルにはそれがお気に召さなかったらしい。
「…おまえさぁ…マカとオレの事どういう風に見てる?」
幾分トーンの下がった声にキッドは疑問符を飛ばしつつ正直に答えた。
「パートナー同士だが…?」
「ぜってーそれだけじゃないだろ。」
「まぁ…マカはかわいいと思うし、(シンメトリーだし)お前と似合いだと思っているが?」
きょとんと首をかしげて、どこか可笑しいか?と問うキッドにソウルはガシガシと頭を掻いた。
持っていたマグカップは目の前のローテーブルに手荒く置く。
「オレはマカの事パートナー以上に思ってねーから。
勝手に思い込んでマカとくっつけようとするのはヤメろ。」
キッドとしてはマカとソウル、二人の問題だし、決してくっつけようなどと思っていたわけではない。
ただ、ソウルの態度が女性に対するものとしてはいかがなものか、と思っただけで。
「…そうだったにしても、マカは女性なんだからもう少し丁寧に扱え。」
ソウルの言葉にムッとしてしまったため、キッドも若干語尾がキツくなってしまう。
喧嘩がしたいわけではないし、そのつもりも毛頭ないのだが。
相手の言葉にどうも棘を感じてしまいなんとなくキッドの気分も厭なものに変わってゆく。
「マカマカうるせーな。そんなにマカが大事かよ?!お前の方がマカを好きなんじゃねーの?」
「…なっ…?!」
ソウルの言葉に今度こそキッドは絶句する。
何がどうなればそこに行き着くのか。
ソウルの言葉に二の句が告げられずに居るキッドをどう見たのか、さらに続ける。
「オレの気持ちはお構いナシで二言目にはマカを大事にしろだとか優しく扱え、とか。お前何様のつもりだよ!」
明らかにソウルがイラついているのが分かるが、その理由がキッドには皆目見当つかない。
只ならぬソウルの様子に、とりあえず謝った方が良いのか?と思案するが、
謝るにしても何に対して謝れば良いのか分からない。
そもそも、突然怒り出したのはソウルの方で、キッドに落ち度はない。…はずだ。
ぐるぐると目まぐるしく考えていると、不穏な空気を纏ったままのソウルがキッドとの間を詰めていた。

「人の気も知らないで、鈍感にも程があるよな、キッド?」
隣のソファからソウルが中腰でキッドの座るソファに移動してくる。
本能的にキッドも少し腰を浮かせて後ずさったが、背がすぐにソファの布に触れるのを感じて、
背筋をつめたいものが走ってゆく。
「コレ、邪魔だな。」
両手で握り締めていたマグカップを取り上げられ、ローテーブルに置かれた。
ソウルは笑っているように見えたが、目はちっとも笑っていなかった。
「ソウル…その…すまなかった。少し、落ち着いて話をしないか?」
とにかく、落ち着け。とソファの背に手をつくソウルの腕に触れ、
ソファとソウルの腕で囲われてしまう前に何とか現状を打開しようと試みたのだが。
「謝ってるけど、本当はオレがどうして怒ってるのか、ちゃんと解ってないよな、キッド?」
上から気圧されるように問われて、少し迷った後、正直にコクリ、と頷いた。
多分いま取り繕ったところで事態は好転しないだろう。
それならば最初から認めてしまった方が良いように思えた。
そんなキッドの様子を見て軽くため息をついた後、ソウルは真っ直ぐにキッドを見つめた。
「…もう考えなくて良い。だから、とりあえず感じろ。」
この身に刻んでやる。
呟かれたソウルの言葉と、人差し指で胸の中心をトン、と突かれる行動に、
キッドは何がなんだか理解が及ばないまま苦笑いを返すしかできなかった。



next(裏世界)




肉が先か、魂が先か。

今回は、肉体関係OH YEAH!な感じから、気持ちを繋げていこうかと。
とりあえず、若さゆえに欲情が先のソウルとそんなもんか?と感じるキッド。
そっからグルグル考え出すと不協和音、みたいな。
うまく表現できるか甚だ疑問ですが。頑張ります。