うまく隠してきたつもりだった。 他の多くの異性パートナーがそうであるように、 同棲から結婚の道を辿って、まるく収まるものだと。 だっておかしいだろう。 相手は同性で、死神で。 その上人が神に焦がれるなんて、まるで何かの神話みたいだ。 そして、大抵神に焦がれた人間には罰がくだる。 もしかしたら、これがそうなのだろうか。 動揺オールマイティ 「わりぃけど…しばらく泊めてくんない?」 任務の事後処理も終わって、さっき別れたばかりの相手との対面。 玄関に現れたキッドは、これから着替えようとしていたのか、シャワーを浴びようとしていたのか。 どちらかは分からないがいつもきっちりと掛けられたシャツのボタンが上から二つ外され、 白い肌が露出している。 同性だから別に照れることも慌てることもないのに、何故かソウルは視線を逸らしてしまう。 普段お目にかかることのない鎖骨に噛み付きたくなる。 マカから拒絶され、始めて気づく。 ソウルの欲が向く先はどこまでもキッドで、その気を紛らわすためにマカが必要だったのだ、と。 これではマカに拒絶されても仕方がない。 むしろ、良く今までマカは我慢してソウルに付き合ってくれたものだ。 「どうした。マカと喧嘩でもしたのか?」 眠たそうに、けれどどこか胡乱な目つきでソウルを見つめる深い琥珀色。 「喧嘩っつーか…振られた。」 「下らん嘘をつくな、戯けめ。」 「いやいや。マジも大マジ。ついさっき振られた。」 「……それにしては、随分軽いな。」 死武専を卒業してから死神としての貫禄を出す、と変な理由で伸ばし始めた髪の毛は 襟足だけキッドの肩甲骨まで到達している。 普段はゆるく結われているが、今ではそれも解かれ、はだけたシャツに相俟ってなまめかしい。 本人は『死神』と言い張っているが、黒装束に細めの白いリボンで結われた長い髪束は、神というより吸血鬼に近い。 玄関の扉にもたれてソウルを見上げるその姿さえ、色っぽい。 「やってらんねーって。これくらいじゃねーと。 マカと何年付き合って振られたと思ってる?」 ソウルの言葉にキッドが目を見開く。 その表情からあきらかに動揺しているのが分かる。 「…10年近く、か。」 律儀に答えるキッドにソウルが苦笑で答える。 それを見て、キッドの組まれていた腕が自然と落ち、半身をずらしてソウルを屋敷内へと促した。 「泊めてくれんの?」 「友達を見捨てるほど俺はクズ神ではないぞ。」 「サンキュー。マジ、助かる。」 ソウルがキッドに対してどんな感情を抱いているかなど知りもせず、無防備に背後を見せるキッド。 随分と久しぶりに訪れた死刑台屋敷。 ソウルがキッドへの邪な想いに気づいてから、意識的に足を遠ざけていた。 今は手を伸ばせばキッドに触れられる。 マカという抑止力を失った今、暴走する想いを留める事が難しい。 「姉妹は帰ってねーの?」 「あぁ。さっき定刻連絡が入って、あと2週間はかかる見通しらしい。」 「…へぇ。大変なんだな。」 「今回は、アメリカ地区の悪人の魂一掃作戦を組んだからな。」 ソウルをリビングに通し、キッドはキッチンへと引っ込んでしまう。 この三日の間、キッドはほとんど休んでいない。 本来ならすぐにでも寝たいだろうに、お茶を入れてくれるつもりらしい。 ほどなくして、盆に茶器を載せてキッドが現れた。 リビングのソファに適当に座っていたソウルの前にソーサーを出し、カップを載せて、スライスされたレモンの乗った小皿が出てきた。 キッドの華奢な指がポットを持ち上げ、香り高い紅茶を注ぐ。 良い香りに、ソウルの体の緊張も解される。 そして最後にサンドウィッチが出てきた。 ソウルはレモンティーが好きなわけではないのだが、 何故か紅茶はレモンをかじりながら、という変なクセがある。 随分昔に一度だけ告げただけなのに、キッドはソウルに紅茶を出すときは必ずスライスレモンを出してくれる。 そして、サンドウィッチ。 夕食も食べずに別れて、その後小1時間もしないうちに訪れたものだから、 胃に何も入れてないと予測しての事だろう。 ビンゴなだけに、この気遣いがとても嬉しい。 深夜の時間帯にしかも突然訪れたのに、 ここまで細やかな気遣いをすることは、女性でもなかなか真似できないだろうに、とソウルはいつも感じ入る。 一通りお茶の準備をすると、キッドは小さくあくびをかみ締めてソウルに告げた。 「悪いが、俺はそろそろ限界だ。 先に休ませてもらうが…2階の奥の部屋以外は好きに使ってくれてかまわない。」 「2階の奥?何で?」 「リズとパティの部屋だ。」 「なるほどね。」 出されたサンドウィッチをつまみながら、ソウルは頷く。 ジャーマンポテトサンドにサーモンクリームチーズサンド、ローストビーフサンド、と 軽食とは言っても挟まっている物は随分と豪華だ。 ソウルが訪ねる前にはキッドも食べたかもしれない。 多分、ソウルとマカが言い合いをしている頃、キッドが自らの空腹を満たすため準備していたんだろう。 ますます頭が下がる。 紅茶を飲んで口の中のものを嚥下し、ソウルはキッドを見つめた。 それに気づき、キッドは厭そうな顔をする。 「なんだ、じっと見て。気持ち悪い。 お前も埃っぽいだろう。ちゃんとシャワーを使ってから寝ろよ。着替えもタオルも準備しておく。」 「マジありがてぇ…。 2階の奥以外は好きに使って良いんだよな?」 もう一回、あくびをかみ殺してキッドは"あぁ"と答えたようだが、ふにゃふにゃと言葉にならなかった。 「しばらく居てもいいのか?」 「どうせ、他に行くトコロもないんだろう?」 「ん。恩に着るぜ。」 「別に、いい。 振られたとか、馬鹿な事言ってないでさっさとマカに謝って仲直りするんだな。」 おやすみ、と告げて、キッドはひらひらと手を振ってリビングから出て行く。 ドアに手をかけた後、思いついたようにソウルを振り返り、眠たそうな目のまま茶器を指差した。 「カップだけキッチンに下げて水につけておいてくれ。」 「…了解。」 茶渋が取れなくなると困るのだろう。 ソウルは苦笑してリビングの椅子に座りなおした。 出されたサンドウィッチに紅茶を綺麗に平らげて、手を合わせる。 「ごちそうさまでした。」 誰が聞いてるわけでもないが、ソウルは頭も下げると、盆に茶器や皿を載せてキッチンに下げた。 キッドに言われたとおり茶器は水につけておく。 洗って伏せておいても良いのだが、キッドのお気に召さなかったとき大変だ。 席を立ったついでに浴室に向かう。 中にはバスタオルに真っ白のパジャマ。 確かに、キッドが言うとおり体は埃っぽい。 ありがたく湯を使わせてもらう。 熱いシャワーに打たれながらソウルはこれからどうしようか、と頭を抱える。 椿やブラック☆スターの家に押しかけても良かったがつい最近結婚したばかりの二人だ。 いくら長い付き合いとは言え、流石に新婚家庭に押しかけるのは気が引けた。 マカに振られたばかりでその原因の一端であるキッドの屋敷に転がり込むのはどうかと思ったが、他に行くアテもない。 この広い屋敷で、武器姉妹が戻ってくるまで2週間はキッドと二人きり。 これがチャンスなのかそれとも破滅の道なのか。 ソウルの脳裏にはマカと別れたと聞いて動揺するキッドの表情と、珍しくしどけない姿が。 |
『哀愁ピエロ』に続き、マカごめん。 キッドのところに転がり込むソウル。 でもこれでソウキドで上手くいっちゃったら、本当にマカかわいそうですよね… どうしよう…どうしよう… とりあえず、大人キッドは長髪設定 きっと襟足だけゆるーくウェーブかかってると思います。 だって短いとはねてたから! どなたか長髪キッドたん描いてください。m(_ _)m |