歪み





うらうらとうららかな春。
庭園の庭に、赤い繊毛を敷いて、茶席の準備がされていく。

春の訪れを告げる、梅に鶯。
白梅に綺麗な緑の小鳥が、羽根を休めていた。
春の暖かな空気に鶯の鳴き声が良く合う。

母に毒を盛られ、動けなかったとは言え、小田原の戦に遅参した咎で、
今政宗の身は大阪に置かれていた。
客分扱いという名目ではあるが、事実上の軟禁。
奥州に戻ることも叶わず、未だ毒で後遺症の残る体では、思うように動くことも出来ない。
何とか小田原に着いただけでも、自らを褒めてやりたいくらいだ。

けれど、秀吉や他の武将はそうは見てくれない。
先日、前田利家が政宗のもとへやって来て、小田原遅参の仔細を聞いていった。
聞くというよりむしろ、"詰問"に近かったが、政宗は臆せず答えた。
あとは、せめて外の空気を吸いたくて、千利休に茶の指導を受けたい、と申し出た。
この申し出は、政宗にとって、秀吉に謁見するための姦計の一つでもあったが。

『お前は、何故ここに留め置かれているか、解かっているのか?!
自分の立場をわきまえろ!』
『わきまえては居るが。如何せん、屋敷の外に出ることも叶わず、暇なのでな。
ここには、茶に通じた千利休殿が居るのじゃろう?ならば、丁度良い。
他にやる事もなし、高名な利休殿から茶の手ほどきを受けたい。』

部屋に閉じ込められて居るだけでは体も心も鈍る。
いざと言うとき、勘も、体も、鈍っていては困るのだ。

飄々とした政宗の態度に利家は呆れていたが、逆にその不遜な態度が良かったのだろうか。
数日後、望みを叶えてくれた。
それが、今日この場だ。
陽射しが暖かく、久しぶりに室外に出ることを許され、政宗は外の空気を肺に吸い込んだ。

(やはり、外は良い。)

風が、政宗の頬を、髪を撫でる。
春の冷たくも暖かい風に撫でられ、政宗は目を細めた。
奥州と、ここ大阪の空気の匂いは違う。
けれど思いを馳せれば遠く、澄んだ奥州の風が吹いているように感じられた。

「…ほぉ。利休殿から茶の手ほどきを受けたい、と聞いたときは驚いたが。
今の表情にはさらに驚かされるな。」

突然、背後から声を掛けられた。
弾かれるように振り返れば、そこには石田三成が立っていた。

政宗は、三成が好きではない。
何かと奥州を…否、政宗を敵視しているように思えるからだ。
それは多分、政宗が政宗らしく振舞い、それがたとえ秀吉に対して失礼に当たる行動だとしても、
秀吉がそれを『流石伊達者よ』と赦してしまうからだろうが。
なんだかんだと、秀吉は政宗の人と成りを気に入ってくれている、と政宗は思っている。
それが、この石田三成という男は、気に入らないのだろう。

政宗は、軽く眉を顰め、言葉を交わさずその場を後にしようとした。

「おい、話す言葉も知らぬのか?
兼続が言っていた、"山犬"という渾名、まさしくその通りのようだな。」

安い挑発だ、と思う。
政宗は軽く溜息を落とすと、再度ゆっくりと振り返った。
本来であれば、付き合う義理も無いが、今この場では、安い挑発に乗ることが得策だろう。

「わしに、何か用事か?」
「お前、なぜいつもそのような態度を取る?」
「…貴様に言われたくはない。」

不機嫌を露わに、政宗は上方から見下ろしてくる三成を睨みつけた。
この身長差も、高圧的な物言いも、気に入らない。
その上、久しぶりの外気に、風の匂い、せっかくの良い気分が台無しだ。

「先ほどのように、いつも自然に笑んでいれば良いものを。
なぜそのように虚勢を張り、敵を作るような真似をする。」
「…お前とて、同じような事をしておるではないか。」

三成の言葉に答え、政宗は眉を顰めた。
もうこれ以上三成に付き合う義理は無いだろう。
一応の社交辞令的なやり取りは済んだ筈だ。
そう判断して、その場を立ち去ろうとするが、しかし振り返ったその体、その腕は、三成に取られた。
そして、そのまま手近な部屋に、乱暴に押し込められた。
畳みに倒れこむ政宗。

「…っ!何をするっ!!」
「政宗、お前は少し、素直になったほうが良いようだな。」

突然の暴挙、突然の暴言に、政宗は怒りで目の前が真っ赤になる。
いくら今が軟禁状態にあるとは言え、三成ごときが己に触れて良いはずが無い。
生まれながらの大名である政宗は、瞬間的に頭が沸騰する。

「…小姓上がりが…!貴様ごときに言われる覚えもないわ!」

乱暴に部屋に押し込められ、政宗は畳の上に投げ出された体を即座に起こそうとした。
が、それは三成に覆いかぶされて失敗に終わる。

「そのような口も聞けないようにしてやろう。」
「…下衆が…!口で敵わねば、こうして暴力に出るか。秀吉の小姓は野蛮じゃな。」
「利に尾を振るお前ほどではない。褒め言葉として受け取っておこう。」

客分という名目上、政宗には上等な着物が与えられている。
今日も秀吉から賜った鶯色の着物を着ていたが、その襟を簡単に割られた。
白い単衣も一緒に寛げられ、政宗の白い肌が外気にさらされる。
雪国を思わせる白い白い肌。
その肌に、三成は唇を寄せて吸い上げた。

「っ!!」

驚き、身を硬くする政宗にはお構い無しに、吸い付いた肌から唇を放せば、
雪をかぶった椿のように、肌に赤い花びらが散る。
春先の肌寒さと、三成から与えられる痛痒い感覚に、政宗の身が知らず、震える。

「はっ!小姓が小姓遊びか!笑わせおるわ。」
「なんとでも言うが良い。今は小姓でも何でもない。位は、お前よりもわたしの方が高いのだからな。」

生まれながらの大名である政宗にとって、
これから三成が行おうとしている行為がどのようなものであるか、嫌というほど分かっていた。
この戦乱の世では、男色は珍しいことではない。
むしろ、女を連れ込めない陣中では、当たり前のようにこうした行為がされている。
もちろん、位の高い政宗が抱かれる側に立つことなど、無かったし、政宗自身にも興味は無かった。

「…そんなにわしが気に入らぬか、三成。」

くっ、と三成の体の下で不敵に笑む政宗に、三成は首を振る。
行動はしっかりと、明確な意思を持って政宗を暴いていくのだが、
どうしたものか、困っているような表情。

政宗の苦悩や苦痛を、少しでも取り除いてやりたいと思っているのに、
不器用な三成には、気の利いた言葉を発する事ができない。
気づけばいつも、こうしてやり方を間違えてしまう。
その歯がゆさに、三成は俯いた。

政宗が、戦に遅れてしまった理由を、三成は知っている。
奥州に放っていた斥候がそれを三成に知らせたからだ。
毒で苦しみ、床をのたうちまわる政宗の様も、母に対する悲しみの声も、知っていた。
毒を盛られ苦しみもがきながらも、"何故"と繰り返し、涙を零していたと聞き及んだ時、
その姿はありありと、三成の脳裏に思い浮かんだ。

苦しむ間、母を呪う呪詛の言葉もなく。
ただ悲しみに暮れた政宗の『母上…』と呟いたという一言が、三成の胸に引っかかっていた。

「気に入らぬなど、とんでもない。むしろ、逆だ。」
「なんじゃと?」

先ほどつけたばかりの赤い痕を、指で辿る。
政宗はそんな三成をぼんやりと見上げた。

自らを押し倒し、暴こうとする目の前の男は、小奇麗な顔をしていると思う。
政宗のような男を相手にせずとも、今の位と秀吉の後ろ盾があれば、どんな姫とて嫁に出来る男だ。
その三成が何故、己に構うのか。

気に入らぬばかりで、このような嫌がらせをしているのかと思っていた。
だが、口にするのは、それを否定する言葉。

「……放せ。」
「断る。」
「無礼討ちにされたいか?」

政宗の気迫にも、三成は動じない。
三成の方が位が高く、本来ならば、"無礼討ち"ではないが、出自が違う。
国を守るためならば、望まぬ相手に膝を屈しても我慢はできる。
だが、政宗にも譲れない矜持があった。

「貴様、一体何がしたい?!一体なんなのじゃ。
利休殿との約束に遅れる。用が無いなら、退いてもらおう。」
「…利休殿との約束は、延期だ。」
「なんじゃと?!」
「俺が、延期させた。」
「貴様っ…」

ぎりっと歯噛みし、政宗は怒りのままに腕を振り上げた。
けれど、三成の顎を捕らえるはずの拳は、あっさりと三成の腕に取られた。

「…細いな…」
「貴様に言われとうないわっ!」

怒りのまま、がむしゃらに暴れるが、この目の前の、細身な優男のどこからこのような力が出るのか。
腕も体もびくともせず、政宗には悔しさのみが募る。
そして、暴れたために肌蹴られた着物はさらに肌蹴け、惜しげもなく三成の前に晒された。

未踏の、まっさらな雪のような肌。

知らず、三成の喉が鳴る。
政宗を慰めたかった、励ましたかった。
ただそれだけだったのに。
気づけば自らの欲に忠実に、望みのままに政宗の体に手をかけていた。

「…っ!!貴様…っ本気か?!」
「冗談を言う趣味は、俺にはない。」
「くっ……」

唇を噛みしめ、忌々しそうに見上げてくる隻眼。
その鳶色の瞳は吸い込まれそうなほど澄んでいて、自らの欲全てを暴かれて、覗かれているようだ。
政宗を捉えていない方の、空いている指で、三成は政宗の頬を撫でた。



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三成と政宗。
あまりにも筆が進まなくなってしまったので、先にup。
三成との濡れ場が…orz
好きなのににゃー…。とりあえず、頑張りマス。