隻眼に、それでも眩しく映る、お前の姿。
もしも両目が見えていたならば、眩しすぎて、
遠くに姿を認めることすら出来なかったかも知れぬ。

嗚呼、神も仏も信じはしないが、お前だけは信じたい。
愚直なまでに真っ直ぐで真摯な生き方が、言葉が。
儂は好きなのじゃ。





いとしきみ





「政宗殿!」

屈託なく笑う、真っ赤な甲冑を身に着けた男が、隻眼の青年の姿を認め、近づいてゆく。
大きく声を出し、軽く右手を上げて隻眼の青年・伊達政宗の向かって左から近づくのは、
真田家の次男坊・真田幸村だ。

「そのように叫ばずとも聞こえておるわ。なんじゃ。」
(まったく、山犬と呼ばれておる儂じゃが、よほどお主の方が犬のようじゃ。)

政宗は、耳と尻尾でも生えていそうなほど、嬉々として近づいてくる幸村を出迎えた。
明日は戦。その準備のため自陣にて武器の手入れをしていた政宗は、
愛用の倭刀をそっと鞘に収めた。

「すみません。お邪魔でしたか?」

邪魔かと聞いておきながら、まったく引く気のない様子で、
目の前の幸村は懐から包みを取り出した。

「くのいちが、城下に出て買ってきてくれたのです。
政宗殿、甘いものがお好きでしょう?」

にこりと笑って包みを開く。
現れたのは、確かに美味しそうな串団子。
甘いものが嫌いではない政宗は、無意識に顔が綻ぶ。
が、はっと気づいてすぐに幸村を睨みあげた。

「馬鹿め。団子だけでは喉に詰まるではないか。」

否、その前に明日は決戦の日なのだ。
のんびり団子なんぞ食べている状態ではないはず。

「あはは、それもそうですね。
それでは、そろそろ上田城に引き上げませんか?お茶を淹れますよ。」
「…お主ら真田の家の者は、戦まえはいつもそうなのか?」

外には徳川が陣を布き、城下に出るなどそれこそ命をとられても文句は言えないだろうに。
その上団子の土産つき。
奥州で激戦を勝ち続けてきた政宗には、少々理解しかねるところがある。
呆れた政宗に、幸村は少しだけ困ったように答えた。

「城下には、明日に備えた用事がありましたゆえ。」

そういえば、幸村の父である真田信幸が、策があるといっていた。
おそらくその準備なのだろう。
政宗は軽く頷き、背後を見やる。

「おぉ。こっちはもう任せておきな。真田の次男坊と親交を深めて来い。」
「…孫市…」

政宗の嫌そうな顔に物ともせず、孫市は首をすくめて手を翻した。

敬愛する父を、謀反人と共に撃たねばならず、苦渋の選択を迫られた直後。
浮かぬ日々を過ごしていた政宗を気遣い、この上田城の戦に参加させた孫市としては、
政宗の気が少しでも晴れるなら、尽力を惜しまなかった。

幸いにも、この真田幸村は、政宗に対し好意を抱いているし、なかなか気も付く。
政宗の眼帯で見えぬ右目を気遣い、彼の右側から近づくような真似はしない。
ちゃんと政宗の左側、彼が視界に納めやすいように行動している。
それが気を遣っての事なのか、ただ単に偶然なのかは分からないが。
上田に来てまだ三日ほどだが、政宗も徐々にこの純朴な青年に打ち解けているようだ。

政宗について余計な詮索もしない。
おそらくは、この眼帯に兜で、政宗が何者か、分かっているはずであろうに。
同じく知らぬ仲ではない直江兼続とは、相変わらずキャンキャンと口喧嘩をしているようであるが、
これも一種の話術。兼続も政宗を心配している。と、孫市は勝手に思っている。

「孫市殿は戻られぬのですか?」

幸村の問いに、孫市は軽く頷いた。

「半刻もしたら戻るさ。」
「ならば、儂も一緒に…」
「政宗は幸村と一緒に戻ってな。子供は風邪引くぜ。」
「なっ…孫市!儂はもう子供などではないぞ!!」

瞬間的に頭に血が上るのは、政宗の良からぬところだが、
若くして家督を継いでからというもの、智謀知略の渦巻く大人の汚い世界で国力をつけている政宗だ。
本体の彼そのままの、年相応の振る舞いに、孫市は嬉しくなる。

「まぁまぁ、政宗殿。」

苦笑して政宗と孫市の間に割って入り、幸村はさり気なく政宗の肩を抱いて、
身体の方向を上田城へ向けた。

「さ、参りましょう。」

にこり、と微笑み、幸村は孫市に一礼して政宗を馬上へと押し上げた。

「えぇい!一人で乗れるわ馬鹿め!」

どいつもこいつも儂を子供扱いしおって!と怒り心頭の政宗を軽くあやしながら、
幸村も同じ馬上に跨る。
イライラと、不機嫌な表情を隠しもしない政宗に、背後で苦笑しながら、幸村は政宗に包みを渡した。

「では政宗殿、この包みを落とさないように持っていてくださいね。」
「だから、子供扱いするなと…」

儂は奥州王ぞ、と胸中呟きながら、政宗は大人しく包みを受け取り、馬上で大人しくなった。
幸村が馬の腹を蹴り、馬を走らせたからだ。

上田城に着き、政宗を馬上からおろすと、幸村は迎えた雑兵に手綱を渡した。
軽い身体、幸村よりも頭二つ分低い痩躯は、とても武将のものとは思えない。
こんな子供を狩り出してしまった己を悔い、幸村の表情は少しだけ翳る。

「政宗殿は…なぜ、この戦に参加してくださったのですか?」
「それを聞いて何とする?単なる暇つぶしじゃ。」

ぷいっとそっぽを向き、「行くぞ」と声を掛けて、我が物顔で幸村の前を歩く。
小さく見えるその体からは、隠し切れない王の風格が漂っている。
幸村が勝手に『子供だ』と思っているが、政宗は幸村が思っている以上に精神的に大人だ。
そんな政宗の背後を歩きながら、幸村はすれ違った女中にお茶を頼んだ。

幸村の居室に着くと、当然のように上座に着く政宗。
政宗用に、部屋は準備しているのだが、気づけば幸村の部屋にたどり着いていた。
本来ならば主である幸村が上座なのであろうが、政宗は一向に気にしていない。
幸村も特に気にしないので、問題はないのだが。

「政宗殿は、今年でおいくつになられるのですか?」

茶が運ばれる間、幸村は政宗に預けていた包みを受け取り、二人の間にそっと置いた。
ちらりと政宗を盗み見れば、重そうな、特徴のある兜を取り、
顔をほころばせながら団子を見つめる政宗のあどけない表情。

重たい兜で髪の毛は頭にへたり、とくっついてしまっている。
軽く頭を振って、へばりつく髪の毛を振るう政宗の姿は、まるで猫が身体を震わせるようで、
どこか見てみて心が和む。

「十八じゃ。」
「……今…なんと?」

幸村はわが耳を疑った。

「だから、十八じゃと言うておろうが。」

怪訝そうな表情をし、政宗は同じく答えた。
少々困惑気味の幸村に、政宗は「なんじゃ」と問う。

「え…いえ…あの…」
「えぇい、はっきり申せ。うだうだとする奴は嫌いじゃ。」
「えっ、それは困ります。」

何が困るんじゃ?と小首をかしげる正宗に、あ、と幸村は失言に気づいた。
失言、というよりも、むしろ己でも気づかぬ本心が出た、といったところか。
しどろもどろ、困りつつも、まだ付き合いの浅い、それでも分かる、矜持の塊とでも言えそうな、
眼前の政宗の機嫌を損ねずどう伝えたものか、と思案しながら言葉にする。

「いえ…わたしと同じ年でしたので…少々驚きまして。」
「なに、お主も十八なのか?」

曖昧に微笑む幸村に、政宗は信じられぬ、と呟いたあと、まじまじと幸村を見つめた。

「大胆不敵、とはまさにお主のことか?」
「え?」

政宗の言葉に、幸村は目の前の小さいな、けれど大きい存在の真意を確かめようと問い返した。

「お主の甲冑、真っ赤で戦場で嫌でも目立つ。
敵もお主めがけて突進するだろう。誰もが認め、一目置く武士ゆえ。」

感心したように呟く政宗に、幸村は苦笑した。
幸村のほうこそ、政宗には一目置いている。
孫市が身分は明かせない、と言ってはいたが、眼帯に、三日月のような飾りのついた兜は、
奥州にその人ありと謳われる奥州王、独眼龍・伊達政宗だろう。
まさか、龍と称される大大名が、このような華奢な成りの子供だとは思っていなかったが。

「で、お主の驚きの訳は、儂の体躯が小さき故、
まだまだ子供じゃと思っておった、そう言ったところか?」

ズバリと言い当てられ、幸村は二の句が告げられない。
流石、奥州王。有象無象ひしめく大人の政治の世界で揉まれて来たわけでは無いようだ。
ただ槍を取るだけの幸村とは格が違う。
だからこそ、彼が本当の姿を取り戻せる時間を、作ってあげたいと思うのだが。
上田城に来て短時間でそう思わせる政宗の魅力も、彼が国を治める上で役立っているのだろう。

「お主は、政には向かぬな。」
「え?」
「ふん。全部顔に出ておるわ。分かり易い奴め。」

口調は悪いが、その表情から、幸村を本気で嘲っているようには見えない。

「そういう愚直な奴、儂は嫌いではないぞ。」

にこり、と素の政宗が微笑う。
その無垢な表情に、幸村は鼓動が跳ね上がるのを感じた。

「どうした?お主、熱でもあるのか?」

もともと、良く喋るほうではないが、急に黙りこくり、
顔を真っ赤に俯いてしまった幸村に気づき、政宗が覗き込むように伺う。

「いえ、あの…さっきから…政宗殿が私の鼓動を乱すようなことばかりおっしゃられるので…」
「なんじゃ、それは。」

呆れたように、益々笑う政宗に、幸村はそっと手を伸ばした。
幸村自身でも分かる、顔に熱が集まる感覚。
目の前の政宗を全力で守りたい、と愛おしく思う気持ち。
伸びてくる手を不思議そうに見つめながら、政宗は無意識に呟いた。

「幸村…?」
「…っ…!!」

不意に名を呼ばれ、幸村は堪えきれず更に赤面する。
伸ばした手を引き戻し、自らの口元にあて、俯いて視線を伏せる。

「政宗殿…反則です…」
「なにがじゃ?意味が分からぬ。」

年相応の笑顔、呼ばれる己の名の甘さ。
幸村の鼓動が早鐘のように早くなる。

(嗚呼、わたしは、この方が好きなのだ。)

身分違い、明日とも知れぬ戦国乱世のこの命。
全てを乗り越え、それでも政宗が欲しいと思う。
周囲から、朴念仁だと良く言われる幸村にも、今はっきりと理解することが出来た。

見計らったかのようにちょうど良く、茶が運ばれてきた。
幸村は女中から茶を受け取り、政宗に勧めた。
熱い茶に、何度も息を吹きかけ熱を飛ばし、美味しそうに茶を啜る。

「政宗殿、どうぞ。」

包みを渡し、政宗に団子を渡す。
嬉しそうに団子に手を伸ばす政宗は、年相応に見えた。
幸村はその光景を見つめ、幸せを感じずには居られない。

明日は決戦。命を落とすかもれしれない。
それでも政宗とのこのひと時は、幸村の心に深く深く刻みこまれた。



(まったく、分かり易い奴じゃの、真田幸村。
こんな次男坊ではさぞかし昌幸も苦労するじゃろう。)

政宗は、団子の味を噛締めながら、目の前の幸村の反応を見て顔を綻ばせた。

人を信じられぬ政宗が、腹心以外に信じることが出来るとすれば。
それはこの真田幸村なのかもしれなかった。








無双初書きでございます。

上田城の戦い直前、といったところでしょうか。
幸村シナリオと政宗シナリオの上田城をクリアしたのですが、
なんというかもう!政宗がみんなに愛されすぎていて!!(貴腐人フィルター全開)
雲の中で、珍しいことに幸村がリバOKです。
ただし、宗は右側限定ですがww

そんなこんなで初書きはサナダテ。おそらく二人の出会いの場が上田城。