通り雨





そうして時を過ごし、食事の膳も下げられてしまうと、布団が敷かれた。
男同士なのだから気にすることはないはずなのに、意識してしまうのは、
目の前に居るのが触れがたく、なかなか話をする機会もない、想いを寄せる政宗だからなのだろう。

「今日は久方ぶりに楽しくと気を過ごすことが出来た。
相部屋といい、重ね重ね礼を言う。」

布団の上に正座した政宗が、幸村に頭を下げる。

「そんな!面を上げてください、政宗殿!
わたしのほうこそ、とても楽しいひと時を過ごすことが出来ました。
突然雨が降ったときは、少々恨めしくも思いましたが。
このような奇遇があるのであれば、雨に感謝したい気持ちにございます。」
「…なんじゃ、その、口説き文句のような言葉は。」
「えっ?いや、あの…」
「ははは。冗談じゃ。何を真に受けておる。」

楽しそうに笑う政宗の瞳は、やはりどこか蕩けるように甘い。
酒のせいだろうか。
幾度目になるかわからない高鳴る鼓動と、政宗を抱きしめたい衝動をなんとか堪え、
幸村は部屋の行灯の火を吹き消した。

「おやすみなさい、政宗殿。」
「おやすみ。」

ごそごそと布団にもぐる音がして、自らが納まる位置を探しているのだろう音がする。
その音にも、幸村は耳をそばだててしまう。

(緊張しているのか…わたしは…)

政宗に全神経を集中している己を笑い、幸村も布団にもぐった。
昼間の移動の疲れのせいか、しばらくすると、とろとろと睡魔がやってくる。
そうして、完全に眠りに落ちるか、落ちないか、というとき、
温もってきた布団の端が持ち上げられ、ひやりとした外気が入り込んできた。

「もっと詰めぃ。」
「ま…ま…さむね…どの…?」
「なんじゃ、幸村。早よぅ詰めぬか。」
「えっ…でも…」
「わしは寒い。お前が温めよ。」
「っ??!!!」

政宗の衝撃的な言葉に、叫びそうになることを、辛うじて堪える。
もう既に夜も更けて時刻も遅い。
決して厚くはない壁に襖。声が漏れることは必至だ。
他の宿泊客に迷惑を掛けてはいけない。

と、他事を考えている間に、政宗の体がするり、と幸村の布団の中に滑り込んできた。

「まっ…政宗殿!」
「なんじゃ、うるさい。」

眉を顰め、幸村の胸に擦り寄る政宗。
寒いと訴えていた通り、体はひんやりと冷たかった。
冷えた頬が胸に当たる感覚が妙に現実離れしていて、幸村の意識はどこかふわふわと混濁する。

ぴたりと寄せられる体。
布団と、二人の間を埋めるように政宗は暖を求める。
普段は高潔で、近寄り難い雰囲気のある政宗だが、
今のこの無防備なまでの状況はどうしたことか。

風呂上りの、良い香りがする。
そして、普段彼が好んで焚き染める香が鼻腔をくすぐった。
香や茶、華など、雅な嗜みについて、幸村は造詣が深くは無い。
けれど誰か…稲かねね辺りが、政宗は伽羅を好んでいる、と話していたことを思い出す。
甘いけれど、どこか凛とした香りが、彼らしい。

そんな香りと状況に、くらくらと眩暈を覚えながら、
どうしたものか、とおろおろしている幸村をそのままに、政宗はうとうとと、舟を漕ぎ始めた。

「政宗殿…?なぜ…?」

どうして、"何故"と問うてしまったか判らなかったが、
少なくともこうして熱を分け合う程、仲が良いわけではない。
そも、男女でならまだしも、男同士で一つの布団に入るものだろうか。
たとえそれが、寒さから逃れるためだとしても。

(それとも、こういったことも、大名の嗜みの一つなのだろうか。)

大名の常識を知らぬ幸村は、どうしたものか、全く解からない。
布団の中で、直立不動の体勢で、すがり付いてくる政宗を受け止める。

「わしは、寒いと眠れぬ。
だから、お前が温めよ。この役目、誇りに…思え……ょ…」

眠気ゆえか、語尾が妙に柔らかい。
かなり傲慢な物言いだが、その声の柔らかさゆえに、甘えられているとしか思えなかった。

(気分屋の猫が、寒さをしのぐために少しでも温いものに縋るようだ…)

幸村は苦笑し、そっと政宗の背に腕を回した。
狭い布団の中、男が二人寄り添う姿は、傍から見ればかなり奇妙な光景だろう。
けれどそれを咎める人間は、今、側に居ない。

「…政宗殿…」

ちょうど、幸村の鼻の下に政宗の耳が当たる。
それほどに近い距離。
胸に秘めたままにしようと思っていた気持ちが、首をもたげてくる。
大空を翔る竜が、今腕の中に居る、と思うと更にその気持ちは高まる。
ある意味据え膳のこの状況。竜自らが、己の腕に納まってきたのだ。
しかも熱を求めて擦り寄ってきている。
少しくらい、この恩恵に預かっても罰は当たるまい。

「寒さも、良いものかも知れない…」
「……何を…人の耳元でごちゃごちゃと…五月蝿くて眠れぬではないか。」

すっかり、眠っているものと思っていた政宗から言葉があり、
幸村はドキリと胸を鳴らせた。

「政宗殿!起きて…?!」
「だから…耳元で五月蝿い、と言っている。」

幸村の胸に埋めていた鼻先を上げれば、ほんのわずかな距離に、政宗の顔があった。
吐息が触れ合う。
鼻先が、掠る。

半ば誘われるように、幸村は目の前のふっくらした唇に吸い付いていた。

ぽってりした唇は思った以上にしっとり吸い付いてくる。
こちらが吸っているはずなのに、逆に喰われてしまいそうな錯覚すら覚えた。
意識せず、水音が室内に響く。
ゆっくりと唇を放せば、眠気も飛んだのか、不敵に笑む、猫のような目で見つめられた。

「…流石に、据え膳を喰らう気概はあるようじゃな…」
「…試しておられたのか?」
「ここまでお膳立てして、手を出さぬは武士の恥よ。」
「悪いお人だ。」

幸村はもう一度、政宗の唇を吸う。
今度は味わうように、ゆっくりと。
唇を舐めれば、素直に唇が開かれ、そのまま舌を差し入れる。
すると、絡められる、政宗の熱い舌。

「……っふ……」

呼吸をするためか、政宗の鼻から甘い吐息が漏れた。
それが合図だったように、幸村はゆっくり離れた。

「何時から、気づいておられたのですか?」
「上田の城で。忍城攻めで。三成の、屋敷で。
お前はずっとわしを見ておったな。あの視線は、かなり不躾じゃ。」
「…お恥ずかしい限りです。」

そんなに前から!と驚き萎縮する幸村の胸に、政宗は顔を擦り付けた。

「気にするな。始めは何事かと思ったが。
お前に見つめられること、嫌いではない。」
「…お嫌では、ないのですか?」
「始めは、無遠慮な視線がかなり腹立たしかったが…。
判り過ぎるほど判りやすい態度や言葉、真摯なまでの想いは、むしろ心地良い。」
「政宗殿…」
「信じることが判らぬわしに。
愛を知らぬわしに。お前が、それを教えた。」

幸村の指が、遠慮がちに政宗の髪に差し入れられた。
気持ち良さそうに細められる、目。

「目は口ほどに物を言う、とはまさにお主のことじゃ。」
「政宗殿…わたしは、貴方を好いております。お慕い、申し上げております。」
「ふふ…やっと言ったな、馬鹿め。待たせすぎじゃ。」

政宗が微笑う。
これほどまでに幸せな時間を、幸村は知らない。

「わしがここまでせねば、言わぬつもりだったか?」
「…もともと、身分違いの上に、同性でしたから。」

照れたように続ける幸村に、政宗の指がその頬を撫でる。
慈しむようような、優しい触れ方に、触れられた先からじんわりとした温もりと、
くすぐったさ、そして何よりも、じれったさがこみ上げてくる。

「あなたが好きで、好きで好きで、どうしようもなく。とても…歯がゆかった!」
「竜を手に入れる対価、お前に払い切れるか、幸村?」

不敵に笑む政宗に、幸村はビクリ、と肩を揺らした。
奥州を統べる大名たる政宗が欲しがる対価とは一体何か、思わず身構えてしまう。

「…恐ろしいことをおっしゃる。その対価とは、なんでしょう?」
「ただ一つ。わしに信じさせ続けよ。お前の想いを。」
「それはどういう…?」
「わしの知らぬところで死ぬな。
さすれば、この政宗の身も、心も、一片残らず幸村、お前にくれてやろう。」

頬を撫でていた指先が、幸村の唇を撫でた。
もう反論は赦さない、と言わんばかりに。
そうして、政宗の方から口付けられてしまえば、幸村は肯定の返事しか出来なかった。







あいも変わらず幸村、政宗が好きすぎる。
というか、雲が政宗を好きすぎる。
どうしたらあの可愛さ、力強さ、麗しさ、表現できますか…orz

でも、きっと政宗って、ジャ○アンですよね。
「一片残らずくらてやる」なんて言わないと思う。。。
「馬鹿め!わしは、わしだけのものじゃ!誰にもやらぬ」
とか普通に言いそうですが。。。そして、そんな政宗も好みですが。