鶯色の小袖に、上品な薄黄色の帯でまとめ、上座に座る政宗。
湯浴みを終えて、幸村に与えられた薄紅色の上等な着物もそうだが、
政宗は本当に色あわせが上手だ。
着物の手配や色や帯など、政宗が手ずから準備させたものだ、という確証は無いのに、
幸村には、どういう訳だか全て政宗が用意したものだ、と感じられていた。

今までの、捕虜には無い待遇も、直接政宗と話す機会を与えられる事も、
幸村が政宗にとって特別な存在だからではないか、と淡く期待もしてしまう。





 七之巻





形ばかりの捕縛。
両脇には鬼庭綱元、伊達成実が控え、政宗の側には片倉景綱が座している。
政宗は優雅に煙管を吸い、煙をくゆらせていた。
その光景は、花街に通った頃の夜を思い出させる。
楽しかったあのひと時を、取り戻せるのだろうか、幸村は一瞬そんな事を考え、そして胸中苦笑した。

(…お館様を裏切れぬ私が、藤殿と供に、など…)

とは言え、諦めきれぬのも事実。
幸村はどうしたものか、表情には出さないように考えていた。

「真田幸村、信玄公は一足先に、解放された。信玄公は、お前の処断はわしに任せると言っておった。」
「…お館様が…解放……良かった…」

政宗の言葉に、幸村はそっと胸を撫で下ろす。
信玄公が解放されたのであれば、気に掛かる心配事もまずは晴れた。

「幸村、信玄公は、煮るなり焼くなり好きせよ、と申しておったが…それで構わぬのか?」
「お館様がご無事なのでしたら、まずはそれが第一。わたしの身の事は、構いません。」
「…今ここで、腹を切れと言われても、構わぬと?」
「命乞いしてまで惜しい命でもありません。敗軍の将は、ただ、従うのみです。」

淡々と答える幸村に、政宗の眉間に軽く、皺が寄る。
幸村との問答がどこか気に障ったのかも知れない。

「簡単に捨てても良い命と申すか、幸村。」

言いながら、政宗は煙管を盆に戻し、立ち上がった。

「暫く逗留せぇ。お前の槍の腕、わしの兵にも習わせたい。客将として歓待しよう。」
「政宗様…」

嗜めるような片倉の言葉も、政宗は聞いて聞かない振りをする。

「綱元、成実!幸村を部屋へ案内せぇ。今宵はささやかながら、歓迎の宴でも開こう」

言いながら、政宗は部屋を出て行く。
いつものように、気配を殺して歩くその後ろ姿を、幸村は呆けたように見送った。

「幸村!明日手合わせしようぜ!俺も伊達軍の中じゃぁ、ちったぁ名の知れた兵だからよ!」

成実が幸村の肩をがっちり組んで、話しかける。
綱元は、形ばかりとは言え幸村を捕縛していた縄を解く。
そんな三人に片倉が歩み寄った。

「幸村殿…政宗様を、よろしくお願い致します。」
「…はぁ…」

片倉が何をお願いしているのかは分からなかったが、幸村はその場の歓待されている雰囲気に飲まれてしまっていた。
信玄の事や、くのいちの事が気にならない訳ではないが、
信玄は既に解放され、幸村の処断は政宗に任せると伝えたのだ。
それが信玄の思いなのであれば、幸村には是非も無い。
くのいちはあれで一応優秀な忍びだ。どこかで必ず生きて、そのうちひょっこり姿を現すかも知れない。
捕縛された時とは違った、楽観的な考え方が、幸村の中に芽生えていた。





ささやかと言っていたのに、幸村を歓待する宴は、とても豪勢に行われた。
成実曰く、「伊達者の集まり、まだまだ地味な方だ」らしいが、とてもそうは思えない。
幸村も一度はその名を耳にしたことがある武将が一同に会し、今回の戦に出陣した北条・伊達入り乱れての大宴会となった。
今、一時でも同盟関係にあるとは言え、両軍入り乱れての酒宴というものは、なかなか無い。

上座には当然、北条の大将・北条氏康と、伊達の大将・伊達政宗が座っている。
幸村に与えられた席は、政宗の側、上座の方だ。
つい先ほどまで捕虜として捕らえられていた幸村を、大将の近くに座らせるものだろうか、と
幸村の方が、政宗の身を案じてしまう。

幸村は、もちろん政宗に害を加える気は無いが、他の武将であったら、一体何をするのか分からない。
そんな気持ちを知ってか知らずか、政宗は杯を傾け、氏康と何事か耳打ちし、笑いあっている。
二人の様子を少々、むっとしながら眺めていると、政宗の側に控えていた片倉が、幸村に酒を勧めに来た。

「幸村殿、楽しんでいただけていますか?」
「…片倉殿…はぁ…まぁ。」
「あまり、ご納得いただけていないようですが?」

苦笑しながら尋ねてくる片倉に、幸村は困ったように頭を掻きながら答えた。

「捕虜として捕まっていた自分から言うのもなんですが…
随分と政宗殿と距離が近いような気がして。一応、敵将だったのですから、もう少し遠ざけた方が良いような…」
「…おかしな事をおっしゃる。」
「そうでしょうか?」

幸村は、片倉から注がれる酒を受けながら、問い返した。

「政宗様に懸想しておられる貴方から、遠ざけて欲しいという言葉を聞こうとは思いませんでした。」
「…け…懸想?!」

驚き、手に持っていた杯を落としそうになるが、何とか堪える。
片倉の言葉に驚きつつも、心のどこかでは幸村自身、そういう結論を出していた。
ただ、認めたくなかっただけで。

「それに、一応、わたしも『鬼の片倉』『龍の右目』と渾名されております通り、
並みの武将以上に政宗様をお守りしておりますので…いかな幸村殿とて、政宗様を害すことは出来ませんよ。」

笑顔でさらりと、返されて、幸村も言葉に詰まる。
確かにその渾名は聞いたことがある。
北の勇・伊達家には、伊達三傑と呼ばれる猛将がいると。
知略・武力に長けたいずれ劣らぬ武将だと。

しかし、いくら伊達三傑が側に控えているとは言っても、
幸村もこのくらいの距離を詰め、政宗を人質に取るくらいの手腕は持ち合わせているつもりだった。
何もいえないまま、杯の中の酒を飲むと、片倉が悪戯を仕掛けるような軽さで、幸村に持ちかけてきた。

「あまりご納得いただけていないようですね。でしたら、試してみますか?」
「え?」
「政宗様に刃を向けてみますか?」

今ここで、と問われ、幸村は更に言葉に詰まる。

「……幸村殿には、出来ないことでしょう?
政宗様を害するなどと、欠片も思っておられない。だから、政宗様も側に置いたのですよ。」

片倉の言葉に、幸村はそっと政宗を盗み見た。
花街に通っていた頃には見せた事がなかった笑み。
楽しそうに氏康と談笑する姿は、見ていて胸が苦しくなるものだった。
ここで幸村は、一度政宗とゆっくり話がしたいと、強く思った。

捕縛された日、二人きりで話をした。
けれどそれはほんの少しの限られた時間で、政宗の真意を何も聞けてはいない。
信玄を害そうと、花街に乗り込んだ事までは本当だとしても、
何故信玄ではなく、幸村を客として迎えたのか。
どういうつもりで「待っている」と言っていたのか。
まだ何も分からない。

このままではとんだ間男のまま、幸村は政宗の側にいなければならない。
あの花街での藤との時間を思い出すと、辛い。
一時の戯言であったと政宗の口から聞くことが出来れば、もしかしたら諦める事ができるかもしれないが、
何もかも中途半端なこの状態では、幸村も納得できなかった。



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今まで普通に書いてきていますが…
本当だったら、伊達三傑も政宗も、東北訛りがあるはずなんですよね…
ま、それを言っちゃあおしめーよ!的な。
名古屋弁で言うなら、それを言っちゃあしみゃーだわぁ!みたいな。

やっぱり、実家にいると、雲も名古屋弁で喋っているようです。