依頼 その壱 「そなたが、"恋文屋"か?」 長身の男。笠をかぶって顔を見えなくしているけれど、この方を知っている。 …と、言うか、この方のために、この副業を始めたと言って良い。 「正確には、"恋文屋"の"取次ぎ役"でございます。お侍様。」 秘密厳守が鉄則のこの商売、こちらも頭巾をかぶって、目だけで応対する。 服は地味な忍び服。 これが一番良いって分かってはいるんだけど、この何ともいえない形、好きじゃない。 「そなたが、"恋文屋"の"取次ぎ役"であるなら、一つ、仕事を頼まれて貰いたい。」 「前金二両、後金二両、成功報酬は一両上乗せですが、よろしいですか?」 「…成功報酬とは?」 「…恋が実ったとき。」 寂れたぼろぼろのお寺に、ひっそりと座るアタシの言葉に、幸村さまに沈黙が落ちる。 あぁ、きっと今頃目を見開いてる。 それが分かってしまうのは、付き合いが長いせいと、アタシが幸村さまを好きなせい。 「…そうか。恋が実ることは万に一つもないが…この文を届けてもらいたい。」 差し出された文を、両手で受け取った。 アタシの恋が実ることも無い。この手紙を運び続ける限り。 本当は、"恋"とは違うのかも知れないけど、でも幸村さまを想うこの気持ちを、恋だと思っていたい。 少なくとも、もう少しの間…は。 「…お届け先は、どちらで?」 普段より低めの声で問うと、幸村さまは袖から二両取り出しながら、また沈黙。 今度はアタシを見極めるような、そんな感じだと思う。 きっと今幸村さまの気持ちはいろんな思いが渦巻いているんだと思うけど… 本当にこの者は信用できるのか?"わたしはこの文を送ってどうしようと言うのだ? とかってところ…かな。 「奥州、伊達政宗殿へ。」 「…伊達政宗殿。奥州の雄、大大名の、独眼竜・政宗様ですね?」 届け先に間違いがあってはいけない。 そのための念押しの確認に、幸村さまは「間違いない」と一言返した。 まだ、文を出すことを迷ってるのかも知れないけど。 「お返事はどうされますか?受け取ってきますか?」 「…いや……」 「では、七日ほど…」 「待て、お返事は、政宗殿にお任せしたい。」 「…と、言うと?」 再び沈黙。 頭巾から見せている目だけで、笠の中に隠れている幸村さまの目を見ようと試みる。 逆光だし、無理だとは思ったけど、それでもなんとなく…雰囲気は伝わる。 「この文を読んでいただき、三日以内にお返事がいただけるようだったら、受け取ってきて欲しい。 しかし、政宗殿が何も言わなかったら…そのまま戻ってきて構わない。」 「…わかりました。現地での滞在が、最大三日発生する可能性があるので、十日後、寅の刻、この場所で。」 「わかった。」 幸村さまの手が差し伸ばされて、アタシの手の平に二両を落とす。 金属のぶつかる甲高い音が、やけに不愉快に響いた。 連絡用の鷹を飛ばすと、すぐに返事があった。 風魔小太郎から。 よりにもよって、小太郎かって思ったけど、仕方ない。 恋文屋はあくまで副業。主の命令を受けてない忍びが遂行するのが原則。 幸村さまの文を届けるために始めたことだけど、 幸村さまの文だからと言って、アタシが届けられるってことはあんまり無い。 最初から分かってるし、信頼できる人たちを集めた…つもり。(小太郎はあんまし自信ないケド) すぐ近くに居るっていう小太郎と落ち合う場所に文を持っていく。 「ふっ…遂に、主の文を受け取ったか。しかし、それを届けるのが我と言うのは、皮肉だな。」 「べっつに!最初ッから分かってたことだもん!それよりちゃぁんと!届けてよね!幸村さまの文」 預かった文を、小太郎に渡す。 月明りの下、その青い肌は自身で発光しているかのように、不思議な光を反射していた。 何時見てもキレイだなって思う。 ま、目立っちゃいけない忍びにあるまじき風貌だけど。 でも小太郎には肌の色も髪の色も、とっても似合ってる。 「届け先は?」 「奥州。独眼竜・伊達政宗」 「…ほぉ…あのわらしか…。うぬの主も、良い趣味をしているな。」 小太郎の赤い目が、面白そうに細められる。 それと同時に口元までも緩んで、ちょっとだけ揶揄われてる気分になる。 アタシは自棄気味に小太郎の肩を叩いた。 「そう!政宗サンだよ!アンタは顔が割れてるんだから、 ちゃんと頭巾なり覆面なり、してよね?」 普通にしてたって目立つんだから、ってついでに付け足してやった。 面白そうにまだ笑ってる小太郎が憎らしい。 「ふふっ…分かっている。くのいちは分かり易くて可愛いな。」 「うっさい!もう早く行ってよっ!! 政宗サンからお返事もらえそうなら、三日の内に貰ってきて。 書かないって言われたら、すぐに帰ってきて良いから。十日後にここでね!」 小太郎はまだ小さく笑っていたけれど、構わずアタシは背を向けた。 しばらくすると、頭を撫でられて、その瞬間には小太郎の気配が消えてた。 何時にも増して素晴しい去り方だこと! 十日後の寅の刻。 約束の時間より少し早く、幸村さまは現れた。 相変らず笠をかぶったままだったけれど。 「いらっしゃい、お侍様。」 「…あぁ…」 ちょっと元気がないっていうか、声がそわそわしてるって言うか。 幸村さま、文を預けてからずっと心ここにあらずって状態だったしねぇ。 アタシは預かってた手紙を幸村さまに渡す。 「っ!!」 まず、手紙がある事に驚いているみたい。 …至って正常な反応だよね。 アタシだって驚いてる。"あの"政宗サンがお返事書くんだもん。 そりゃ驚くっての。 「中身を確認していただけますか?」 「…っ…なぜ……?」 うーん。ま、そう来るとは思ったけど。 アタシは丁寧な口調で説明した。 「中身を確認していただかない事には、 お侍様が依頼してくださったご本人に届いたのかどうか、成功しているかどうかも分かりませんでしょう?」 「…それも…そうか…」 幸村さまは受け取った手紙をひっくり返して、また驚いてる。 「蝋が!」 「…文ですから…蝋で封しても良いのでは?」 「…それもそう…だな……あっ!わたしの文はっ」 えぇ、そうですね、封してありませんでした。 でもご安心ください。決して中身は見ませんっての。 「ご安心ください。誓って中身は拝見しておりません。」 「そうか…では。」 封をゆっくりと開けて、幸村さまは文を読み始めた。 笠をかぶっている状態だから、その様子は良く分からないけど…。 「…これは…成功と言えるのだろうか?」 「と、言いますと?」 「わたしの事を良く知らぬから、話はまず知りあってから、とある。 その後に幾つかわたしに対する質問が綴られている。」 へぇ、そう来ましたか、流石ですねぇ奥州の覇者は。 「それでは、成功とは言えませんねぇ。」 「そうか…やはり、そうか…」 幸村さまの声がすっごくガッカリしてる。 声だけでこんなに分かっちゃって大丈夫なのかな…って主の心配してる場合じゃないか。 「どうなさいます?お返事は。」 「返事?」 「…お侍様に対する質問があるのでしょう?それにはお答えになられないので?」 別に、答えたくないなら答えなくて良い。 それに質問の内容によっては、それは敵に情報を与えるという事にもなるんだから。 「それもそうか!お返事は是非出さねば…。しかし、わたしにも時間が欲しい。 取次ぎ役殿、数日後にまたここで落ち合えぬだろうか。」 突然の申し出に、アタシは一瞬固まったけれど、想定の範囲内。 それにコレは商売。用意してあった答えを告げるだけ。 「…わかりました。三日後、"取次ぎ役"をここで待たせておきます。」 「"取次ぎ役"はそなたではないのか?」 「複数人おりますれば。」 「…そうか…かたじけない。よろしくたのむ。」 そう言って、幸村さまは大切そうに手紙を懐にしまいこんでいた。 後金の二両を受け取りながら、 「少しは政宗サンと関係が持てて、良かったね」って思うんだけど、 やっぱりちょっと…寂しい…かな。 |